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5:27 PM Jun 20th
兵庫陶芸美術館を出発。三田の山の上を目指す。

twitter / Yoshinogi

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 ケーキの話で想い出したのですが、このあいだ、兵庫陶芸美術館のなかにある(が、美術館は無視してそこだけでも入ることは可能な)レストランで、ランチを食べました。そこのランチはメニューがなく、旬の野菜を中心にしたおまかせ一択コース(前菜・パスタ・デザート)1680円なのですけれど、メニューはないが、メニューの細部をいじくることはできて、パスタにアンチョビつけます? とか、ニンジンのケーキもありますけど、なんていうふうな。

『AL Museo 茜 | 丹波篠山 | 陶芸美術館に位置するイタリアンレストラン』

 全面ガラス張りで、目前に超巨大な丹波の山があり、窯元からはなに焼いてんでしょうか、延々と煙が立ちのぼっている。で、カップルで行ったりすると

「ならんで座られてはどうでしょう?」

 と恥ずかしいことを言ってくれたりします。つまり、四人がけのテーブルで、山のほうを見つめて食べたほうが美味しいと思うのです、と。

 たしかに、すごい景色なんですが。なぜに店員さんがそんなにも推してくるかといえば、出てくる料理が徹底して丹波篠山無農薬有機農法で採れた野菜だとかで。ぬお、このパスタの青梗菜とトマトの味の濃さたるやなに? みたいな感動が、やっぱり偉大な丹波山(っていうのが正確なのか知りませんが)を見つめながらだと、おお大地に感謝すべし、という気持ちになって良いものなのです(あれ絶対に規則があるのだと思うのだが、店員さんが、いかにも有機野菜で育ってますっていうスタイルすっらーなおねえさんたちばかりなのもまた、なんか躯にイイことしているような気になります。いや、事実イイんでしょうけれども)。

 ちなみに、野菜がウリの店なため、がっつりサラダとパスタ野菜だらけなのですが、パンのおかわりが自由なので、前菜からがつがつオープンサンドだ、パスタソースも塗りたくれ、パンおかわりおかわりおかわり、というたのしみかたもありで、おなかをすかせたおっきいおにいさんも大満足なのでした。またこのパンがしっかりもっちりどうなってんだこれ、やっぱり小麦の差か? という出来で、まあちょっと自分で真似しようとかそういう気にもならないくらい、徹底してシンプルで、なんというか大騒ぎするおいしさではないんだけれど、忘れがたい野菜の底チカラで、鼻の頭を殴られたような気になることうけあいの店なのです。

 で、なぜにケーキでこの店のことを想い出したかといえば、この店のデザート。アイスとか、ケーキとか、なんかババロアみたいのとか、そういうやつらの、どれにも決まって、小さなドーナツがついてくる。

Donut

 これが好き。

 完全にオマケなんですが、ドーナツ生地をさくっと切って揚げて砂糖まぶしただけ、という。そこにこそ、素材の味を生かすということの、ものすごくわかりやすい一例がある気がして、メインでたのしむべきはずの野菜のデザートよりも、うーむ、とフォークの先でつつきながら、ひとくち囓ってはまた、うーむ……なんだか、食べたおぼえのある味なのです。

 私には、ひとまわり年の離れた弟がいます。

 つまり十二歳、私が中学生のとき、母は臨月を迎えていた。病院のとなりに、ミスタードーナツがあって、病室におみやげだと、父が私にドーナツを選ばせるのですが、小学生時には肥満児だったが、そのころには背が伸びはじめて食べても食べても細長くなっていく状態だった私は、とにかくクリームだとかチョコだとか、カロリー重視でセレクトする結果、けっきょく、病室でだれも手をのばすものはなく、ただひとりで食べまくっていた……

 そのとき、つくづく思ったのです。

「これがドーナツなんだ……」

 私の記憶にある、あれがたぶん、カルチャーショックというものだった。いや、それまでもドーナツを食べたことがないわけはなく、ミスドだって、パン屋さんのドーナツだって、スーパーで売っているザラメがかかったような安っぽいのだって、食べてはいたのだけれども。今日にも生まれるかという、弟だか妹だかの入ったみょうちくりんな姿になってしまっている母を前に、中学男子らしく、学校では妊娠それはセックスの結果、という観点でしかものごとが語られず、そういったこともあり、無口になってしまう私は、ただひたすらに無心でドーナツを食べた結果、食と向き合ったのでした。

 当たり前ですが、肥満児になるというガキは、食べることで太るということをなんとも思ってはいなくて、食べるという行為のエロさにハマってしまった猿なので。四六時中、手当たり次第にスナック菓子など食いながら、しかし、実のところ、その味が好きだったり、おいしさに感動していたりは、まったくしないものなのです。当時好きだったチーズビットやアルファベットクッキーについて、四百字詰めの原稿用紙を埋めろといわれても、なにも書けなかったに違いなく、それらはただ、大袋にいっぱい小さいカケラで入っていて、ひたすらに食べるという行為に没頭できるアイテムでしかなかった……
 だからこそ、大好きだったのです。

Cheese

 そんな私に、料理好きな母は、太るにしたってできるだけ自然なものを食べさせようと考えていたのでしょう。ドーナツが、大きなタッパーに入れて台所においてあったりしたものです。いま思えば、そりゃあチーズビットよりはいいかもしれないけれど、肥満児の手がとどくところに無尽蔵なドーナツって、という感じがしないでもないですが、それはそこ、長男ですからね。若い料理好きな女が、ガツガツ食う肥満児を飼えば、嬉々としてお菓子作りにはげんだりするもので。当時、スラリとしていた父が、体重を無駄に増量していったこともあわせて考えれば、あれはなんの計算もない、食べてくれるから作る、という母の純粋な趣味の形態だったのだとも思われます。

 ともあれ、しょっちゅう作られるから、私もドーナツの作り方をおぼえてしまった。

 母のレシピは、なにか凝った外国のお菓子本をベースにしたもので、ドーナツメーカーなんかをつかって作る、ふんわりタイプではない。それは、クッキーに近いものでした。

 たぶん、これくらいのレシピ。
(年の離れた男三人兄弟を生むと、だんだん子育てに飽きてくるのか、末の弟はお菓子とか作った記憶がないらしく、もはや正確なレシピは母本人もおぼえていないので、私の記憶による分量)

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○材料

薄力粉 300g
はちみつ 大さじ1
卵 2個
ベーキングパウダー 大さじ1
牛乳 大さじ2
粉砂糖 適宜

(溶かしバター大さじ1とか、バニラエッセンが入ったりもしていたときがあるような。そのあたりお好みです。はちみつも、単純に砂糖のときもあったように思う。粉砂糖のかわりにグラニュー糖や、シナモン、ココアなんかをまぶしたりもよいですね)

○作り方

材料をまぜあわせ(粉はふるうとなおよし)、
こね、
冷蔵庫で冷やし(30分)
打ち粉(薄力粉)をふった台で麺棒でのばし、
型で抜く。
揚げて粉砂糖まぶしてできあがり。

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 ちなみに、こういう計量カップと、ウイスキーのキャップで、我が家ではドーナツの型抜きをしていました。計量カップだから、注ぎ口のところに、小さいツノができちゃうんだけど(笑)。

cup

 いまは、こういうただ砂糖の味しかしないドーナツなんて、まったく作りませんし、食べません。ホットケーキを焼くなら砂糖抜きで、野菜とソーセージ添えて食べたい大人に私はなってしまいました。甘いものを積極的に摂ることがなくなったので、だれかに出されたり、レストランでコースについてくる、というのが、限定されたスイーツ摂取になっているいま、そういう状況では、なんだか凝ったケーキが出てくることが多く、だからこそ、でしょう。

 アル・ミュゼオ茜さんは、なにげに添えただけの、小さなドーナツ。
 でも、私の記憶には、それが残ってしまった。
 あの店に行かなければ、あのドーナツがなければ、私は母と作った計量カップのツノの生えたドーナツのことを、忘れ去っていたかもしれない。

 ミスドのんとは違う、冷えたらかたくてぱさぱさした、でも大好きでほおばっていた、あのドーナツ。

 料理って、そういうもの。
 記憶が、おいしさのかなめだから、食べる側が心になにもっているかが、味の一部になる。そしておうおうにして、そういう記憶の掘り起こしは、シンプルな料理によってなされるものです。

 ところで、かの店では、コーヒーや紅茶がランチにくっついていなくて別料金。そこがまた私の気に入っているのでした。コーヒー、ふだん飲まないんですよね、でも、紅茶かコーヒーかといわれれば、コーヒーをブラックで飲む。で、いつも思うんです。

 コーヒーで、料理の味消えちゃう……
  
 脂っこさをすすいだりする、それが目的なんでしょうけれど、茜さんは有機野菜が売りだから、アレルギーないですか? と事前に訊かれたり、そういう店なので、カフェイン飲料もオプションにしているのは常連様を気遣っての措置なのだと思われますが。私、どこの店でもこれやってくれれば、毎回即答します。

 食後のコーヒーはいりません!!

 コーヒーの味消すのに、ガム噛んだりするんです。
 決して、コーヒーが嫌いなわけじゃない。
 いやむしろ好きだから、とりあえずコーヒーとか、なんか違うんです……むしろ茶室みたいなところで、作法にのっとって飲むべき嗜好品ではないかと。厳格な喫茶店とか、そういうのも違う。全裸で、手動のミルでごりごり豆擦って、素焼きの茶碗に布で絞って入れる、みたいな、コーヒー茶道、どこかでやってませんかねえ。どんどん高級品になっていく、タバコなんかも、薄暗い部屋でぷかぷかやる葉巻バーみたいのではなく、もっと剥き出しの命と命がせめぎあう、そういう「道」として確立していくべきだと思うのですが。

 いや、蛇足でした。
 ふつうにパスタ美味しいので、ぜひ。
 陶芸美術館は、焼き物展示場ではないので、物語があってたのしいです。土焼いて麦焼いて喰って寝てまぐわって、ヒトなんてそういうものであるべきです。ガラスのように薄っぺらい高級陶磁器で薄いコーヒーを飲みてんこ盛りの砂糖漬けフルーツにきゃっきゃというようなのは、過剰です。なんにせよ、シンプルな料理を、涙して食らう。それにまさる求道はないなと、野菜はがりがり食うべきだな、スイーツはさくっと作った簡素なドーナツがいいなと、小洒落た有機野菜レストランで無駄に考えていた、私は、やっぱり考えすぎなのです。

 ああ、もう、語るほどに蛇足なので、やめます(笑)。

(ところで、このブログ投稿しましたよのツイートを英語で書きながら、ドーナツの英語綴りは、donutなのかdoughnutなのかで悩んだあげく、どうやら近ごろのオシャレ系行列のできるドーナツ店なんかの看板はdoughnutで、私が、これがドーナツかと開眼したミスドでさえdonutなので、懐かしさを含むと綴りが短くなるのだろうという結論に達し、だったらうちの母のドーナツなんかはDNTでいいやと思ったのでそう書きました。深い意味などありません。想い出の味DNT、略すとなにか意味があるような気になるのは不思議です)


otokonoco

 マンガなのか実用書なのか、はたまた書店によっては女性向け成人指定コーナーにあったりもするという、読む側の立ち位置が難解な、

『ひとりでできるもん ~オトコのコのためのアナニー入門~』

 の第二弾、

『ふたりでできるもん ~オトコのコのための相互アナニー入門~』

otokonoco

 が出たということで。
 いよいよタイトルからして難解な、そのジャンルを、ここでちょっと考察してみる。
 あまり深く掘り下げると、個人的な性的嗜好の話などもしなくてはならなくなるため、あくまでちょっとだけ、おぼえがき程度に(笑)。

 それにしても「アナニー」。
 造語である。
 薄々お気づきだとは思うが「アナルオナニー」である。
 それ自体はありふれた行為だが、それがあえて「男の娘(おとこのこ)」と呼ばれる、真性女子でもなければ、ゲイでもない、むしろ本来の定義としては女装癖があるというだけの男子に向けて語られているというところが、難解。

 一般的な理解としては、女装癖のある人というのは、女装した姿の自分を見てうっとりしてさらに熱が入ってくれば鏡に映った自分でオナニーもできるという状態にまでなる、といったところで、わたしの思いこみかも知れないが、そこでなされる自慰行為というのは、ペニスをつかったものだと思っていた。そこでアナニーとなると、どうもわたしのなかの男の娘の区分からズレてしまう。

 という時点で、わたしにはたぶん男の娘の素養がないのだろう、ということに気づかざるをえない。そもそも、鑑賞物として彼らを視ているから、女の子の格好で、アナニーで売るなら、本当に女の娘でいいじゃないか、と思ってしまうのだった。違うのである。これはアダルトビデオの設定ではないのだ。現実の男の娘に向けた、彼らの罪悪感を取りのぞくための指南書なのである。女性向けコーナーに置くなんて失礼にもほどがある。自慰行為は罪ではない。

 が、しかし、この二冊目。
 「相互アナニー」。
 第1章の、

「お尻えっちは普通のこと」

 というのはさておき、そこに並んでいる見出しは、

1-A 「アナルプレイ≠変態行為」 
1-B 「オトコ同士えっち≠同性愛」
1-C 「踏ん切りがつかない人のために」

 ……難解もきわまってくる。
 けっきょく、この本は後半、相手を見つけてのアナルセックスにまで話がおよんでいるのだが、宗教的解釈では行為自体がソドミー(自然に反する性行為)と呼ばれるものも、解釈の仕方次第だと言い続けるところなど、教義で避妊を禁じられているからそっちをメインプレイにする、という発想に近いものがあり、アナニーという言葉を造ってしまったのも含め、奥深さを見る。だって、踏ん切りがついて、それが好きなら、同性愛と呼んだっていいじゃない。女性ともやれるってんなら、バイ、両刀つかいってことで肩書きにさえなるのに。

 と、思ってしまうわたしは、だからこの本の読者層ではないということなのだ。
 ここで語られるのは、あくまで指どころかナニをつっこまれたって「だれかとたのしむ自慰行為」だと自分自身に言いきかせるための作法の話。この考え方は男の娘にかぎらず、いわゆるむかしからよく言われる「手と口でやってもらっただけ」「相手はプロ」だからそれは浮気じゃない、という定義方法と同じものなわけだけれど、それにしたっていくら開きなおった男でも、

「アナルだからセックスじゃない、オレはヤってない」

 というのは。
 言いきることにまず勇気がいるのはあきらかです。

 わたしのなかでは、性的対象と「手をつないだ」だけで、それはもう充分に前戯だし、そこに色っぽく交わされた視線などがあれば、接触さえなくてもヒトは濡れたり勃ったりできるので、他者の意識が介在した時点で決して自慰とは呼べない気がするのですけれど。

 相互自慰。

 このFreedom日本では、それをそんなふうに呼ばなくたって、だれも責めないのに、みずから罪を生みだしているような気もする。
 愛とはなんであるかを問うてもいる。
 愛がなければ粘膜と粘膜がこすりあわされたって、肩を叩くのと変わらない。
 突き抜けて天真爛漫ですべてを許容できる人物に、セクシーさは宿らない。
 愛を愛として隔離するために、あえて罪は必要なものなのか。
 
 『げんしけん』で、ヲタクの彼氏を持った彼女は、コミケからいっしょに帰ったあと、決して彼の部屋を覗いてはいけないという教訓が述べられていました。それに対して、さえないヲタクの兄を持つ妹が理解できずに憤慨するシーンがある。

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「だってそれマジ浮気されてるみてーじゃん……?」


木尾士目『げんしけん』
第16話「brothers and sisters」

otokonoco

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 一方。

「ホモの嫌いな女子なんかいません!!!!」

 っていうのも、げんしけんの名言。

(アニメ化では笑いで誤魔化されていたが『げんしけん』はBL書きとして苦悩する荻上千佳(おぎうえちか)の存在こそがかなめ。他人を自分の偏ったフィルターを通した目で見ても良いものか、ましてそれを創作だとか表現だとか呼ぶのは逃げなのではないか……女性誌でも、腐女子の腐女子たる心構えというのは自虐的な笑いをまぶして描かれることが多いなか、まっこうから悩み抜くさまを描いているこの作品、未読のかたがおられたら、女性にこそ、おすすめしたい)

 恋人の本棚にあるボーイズラブもエロゲも許容できるが、実写エロDVDはダメだっていうラインのヒトは多い。ということを考えると、けっきょく創作物か否かというところが重要なのであって、いやアダルトビデオだってフィクションだけれど、そこには生身の女優さんがいるので、それが問題になるので。
 というところで話は戻って男の娘同士の相互自慰。

 それが自慰だと言いきれるなら。
 わたしは彼のことを生身だと認めていないことになる。
 そしてそれは転じて裏もまた真実。

 わたしはわたしも生身だと認めていないことになる。

 男の娘、って、そういう「イキモノ」でさえない、完全フィクションな「なにか」なのかも知れないなあ、と考えたりしたのでした。性別の否定だけじゃない、生身の男としての自分の否定、というのは、女子におけるゴシックロリータの精神とも通じるところがあって、彼女たちはフリルを身にまとうことでスイーツを排泄する人形になるという。性欲がなくなるわけじゃないが、かぎりなく生きた人間からは遠い「なにか」に変わるための魔法がゴスロリ。
 そういうのと同じで、男の娘にとっては、自分の指で自分があえぐなんて行為にこそ、矛盾があるのかも。
 だって他人に愛されて、もてあそばれてこその人形なのだから。

 他人の指先で肌を染められる自分がなによりかわいい。

 だとすればやっぱりそれは、自慰なんですよね。
 男の娘をやるのも、なかなか大変なのだなあ、と感心しました。
 普通でいられないからそうなったはずの生き様を続けるために、それは普通なことだと力説する他人の書いた指南書を読む。
 その行為自体が、さらに難解になる。
 普通にオナニーとかできるうちは、まだまだヒトとして浅いってことなのかも。
 悩んでなんにもできなくなるなんてのは悩みきっていないからで、悩んだ果てに、なんでも「普通やん」とたのしめるようになるのが、ヒトとしての進化なのかも知れぬ。自分にとって普通なことを普通だと言いきることこそ、生きるさま。

 でも。
 オナニーなんて、別に言いきらなくても好きなことやればいいのにとも思う。
 相互自慰する相手を、恋人、と呼んだら、なんでいけないんだろう……
 ほんとセックスって哲学。

 答えなどないから、飽きないのでしょう、人類も。

フルイチオンライン BL(ボーイズラブ)特集リニューアルしました♪


 厚く切った、パウンドケーキだった。
 蒼樹(あおき)は、目の前に突き出された、手づかみのそれを、落とした両肩のあいだから見つめて、二十秒くらい経って、ようやく言った。

「あ。……ぼくに」
「ほかに、だれもいないだろうが」

 言われて、食堂を見まわしたけれど、そんなことをするまでもなく、ふたりきりなのは気づいていた。
 でも、いつだって、テーブルの端か、窓辺にまっすぐ向かい、新聞や、そとの風景を眺めることが習慣のそのひとが、自分に向かってなにかをすすめてくれるなんて想像もしなかったのだ。

「いいんですか」

 なんの意味か、一瞬だけ目線をはずされ、うなずかれて。
 そのひとが、蒼樹がケーキを受けとらないことに困っているのかも、とようやく気づいて、手をのばす。強く持てば、くずれてしまいそうだったから、そっと触れたのだけれど、思いのほか、その焦げ茶色をした焼き菓子はしっかりとかたく、親指と中指で挟んで持つと、しっとりと濡れたような触感が伝わってくる。

「だいじょうぶか?」
「え?」

 蒼樹がきっと、おかしな顔をしていたからだろう──
 そのひとは、椅子を引いて、長テーブルの向かいに座った。
 そんなふうに、真っ正面から見たことがなかったから、つい、目で追ってしまう。
 きれいな睫毛……
 目が大きいうえに睫毛が長いから、そのひとは〝怖い〟。
 仕事のあいだは、接客業だからしゃべるけれど、休憩や、店のそとでは、自分から会話に入ってくるところを見たことがないというのも、怖さに拍車をかけていた。
 けれど、長くいっしょに働いているひとたちは、そのひとによく話しかけている。
 そのひとも、話しかけられれば答えるし、大声で笑ったりこそしないけれど、冗談を口にしたりもしているらしかった。
 知ればたぶん、怖くはないひとなんだと思う。

「重症だな」

 でも蒼樹は、アルバイトの、それも新人という時期は過ぎているというのにまるで仕事のおぼえの悪いダメっ子で。そのひとに自分から話しかけるどころか、姿を見れば逃げるくらいだった。なにかを頼まれたら、きっとうまくできないし、そうしたらもう、ぼくには、なにも頼んでくれなくなる──
 そのひとが怖いのではなく、それが怖くて。
 よく考えたら、本末転倒な行為なのだが、だから蒼樹は店のなかでは、そのひとを見つけたら目で追ってしまうが、近づくと逃げるという不毛なことを繰り返していた。
 そのひとが、ぼくの前に座って、ぼくに向かって、なにか言ってる。
 じゅうしょう?
 蒼樹は、思わず言っていた。

「あの、ぼく。重症じゃないです」

 言ってから、バカな子の返答だと思って、頬が染まった。
 そのひとは、ちょっと笑った。
 うわ……
 蒼樹は、瞳孔が開くのを自覚する。
 テレビの番組でやっていた。
 ひとは、興味があるものを見ると瞳孔が開くんだって──女性アイドルのグラビアを見せられた、男のひとの瞳孔の開き具合で、アイドルの人気を測るという、おつむの弱い番組だったが、真夜中にぼんやりと布団のなかからそれを見つめて、蒼樹は思ったのだった。
 瞳孔が開いたまんまで閉じなくなったら、それは死んだっていうことだよね。
 だったら、あんまりにも好きなものを見たら、ひとって死んじゃうのかも。
 半分眠りながら、それってすごく気持ちいい死にかただなと、思ったことをおぼえている。

「そうか? 死にそうな顔してたぞ」

 そのひとが言う。
 蒼樹は、また、うわ、と思った。
 心が読まれているみたいだ。
 そんなわけ、ないんだけど。

「ただ、ちょっと」
「聞いた。店長にしぼられたって」
「ぁ……聞かれた……んですね」

 恥ずかしくて、もっと頬が熱くなる。

「たいしたことじゃない」
「でも」
「たしかにまずい対応だったけどな。それで怒る客に当たったのは、運だ」
「運、ですか」
「おまえみたいに、おどおどして必死に謝られると、逆にキレちゃうやつってのは、いるから。同じことをくりかえさないように、演技することをおぼえればいいだけだ」

 店長に怒られたのも、ミスそのものよりも、まさにそのことだった。
 ちゃんと謝ればすむことを、蒼樹は客の前でがたがたと震えてどもりまくり、バカにしているのか店長を呼べと──そんなつもりは、なかったのだけれど。
 にしても。
 おまえみたいに、って。
 蒼樹のことを記憶していて、個性を把握していないと、ぜったに出ない言葉だと思う。

「あの……」
「ん?」
「ぼく、いつも、そんな、おどおど、って、してますか」

 そのひとは、じっと蒼樹を見た。
 ぼくの顔が赤くなっているのを、どういうふうに思っているだろうと、緊張する。
 もう、長い睫毛も見ていられなかった。
 沈黙が、長すぎて。
 蒼樹は、手にしたケーキに、かぶりついた。
 よく味もわからないまま、咀嚼して──
 そして。

「うわぁ……」

 ごん。
 と、ひたいとテーブルが激突する。
 そのひとは、椅子を鳴らして立ち上がり、ピンクのプードルとか、そういう信じられないものを見る目で見下ろした。

「なんなんだっ」
「うっ……ぁ、あう。ごめんなさい、てっきり甘いんだとっ」
「甘いだろう。ケーキなんだから」
「ていうか、あの。甘いけど、お酒が……」
「酒? って、おい、顔赤いぞ、こんな程度でか?」
「ごめんなさいっ。このレーズンだけで、ぼく、酔います」
「ほんとかよ? ああ……くそ……悪かったな、よこせ。コーヒーでも飲め」

 ケーキをひったくり、自分の席に置いてあったシンプルなタッパー容器にそのかけらを戻すと、自販機に向かったから、蒼樹は、あわてて言う。

「あの、ぼく、コーヒーもっ」

 そのひとは、振り返り、ピンクのカブトムシを見るみたいな顔をした。

「コーヒーも? 飲めない?」
「……はい」
「砂糖入りでも? 一滴も?」

 いや、一滴くらいならさすがに飲めるとは思うが、蒼樹は、話をシンプルにするために、小さくなって、はいぃ、と答える。そのひとは、天井を仰ぎ見て、深く息をついた。

「当ててみようか。炭酸もダメなんだろ。オレンジジュースでいいか?」
「あ、いえ……」
「まさか。オレンジもダメ?」
「じゃなくてっっ」

 がたんっ、と蒼樹も椅子を鳴らして立ち上がり、そのひとをじっと見た。
 自分の顔が赤いのがわかった。
 酔ったのだろうか。
 酔ったのかも。
 なんだか、いきおいで口を開いたのに、言葉は出てこなかった。
 そのひとは。
 蒼樹を、見つめて、くすくすと笑いはじめていた。

「パウンドケーキで酔っぱらうヤツがいるなんてなあ。おまえ、それくらいで、ちょうどいい感じだよ。カフェイン摂取の練習もしたほうがいいんじゃないか?」

 言って、自販機から取り出したコーヒー缶とオレンジジュースを、片手に二本持ったまま、戻ってくる。

「一滴、飲んでみるか?」

 赤い顔を見つめられながら。
 蒼樹は、あのケーキは、あきらかに手作りだったな、と思っていた。
 おやつに持ってきたんだろうか。
 だれかに作ってもらったものだろうか。
 どうして、ぼくにくれたんだろう。
 このコーヒーとオレンジジュースは、どうしたらいい?

「えっと……」
「あのケーキ、おれの手作りなんだ」
「……え?」

 見つめられている意味が、また、わからなくなる。

Poundcake

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 9
 『Une partie de Quatre-quarts』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 9曲目
 『ひとくちだけカトルカール』)

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 パウンドケーキ、というのは日本語発音であって、というか、かえって正確に発音されているからもとの意味がわかりにくくなってしまっているけれど、
 パウンド=ポンド、ということで。
 小麦粉、バター、砂糖、卵を、同量つかって作るから、そう呼ばれるようになったとか。
 ちなみに1pound=約500gなので、語源に正しく作ると2kgのボリュームあるパウンドケーキが焼きあがることになります。

 その方式でいくと、私は、お好み焼きを、卵と水を合わせてカップ1に対し、小麦粉もカップ1で生地を作るので、そういうのも「ワンカップ焼き」とか命名してよいことになりますが、あまりにもぱっとしない。つまりは、パウンドケーキというのも、とりあえずそういうのが基本の分量よおぼえておきなさい、というような意味で名づけられたのが、いまに生き残っているにすぎないのだと思われます。
 英国ではパウンドケーキですが、おフランスだと、同様の意味で
 カトル・カール(Quatre-Quarts)と呼ばれるそうで。
 Quatre=4。Quartsは、いわゆる血の濃さを表すクオーターというのと同様の意味の、4分の1ということですが、語源を正確にたどれば、バイク好きならよく見る、エンジンオイルなんかで使われる体積の表記、
 ガロン(gallon)の4分の1ということ。
 ですので、カトル・カール=4つの1/4=合計1ガロンということになります。

 1ガロンは、約4リットル。さすが、おフランス。パウンドケーキのさらに二倍の総重量。パンがなければ、ケーキを食べればよいのです(というのが、マリー・アントワネットの言葉だというのはフィクションらしいですが)。

 そんなこんなで、現代では、あんまりパウンドケーキだとか、カトルカールなんて名称で、大々的に新作を売り出しているケーキ屋さんはありません。
 つまるところ、それって、

「このケーキの半分はバターと砂糖!!」

 と宣伝しているのと同義。
 パンに飢えていた時代ならともかく、いまはアイスクリームだってカロリーオフでなくちゃ売れない世の中なのです。それってのもどうかと思うところもあるのだけれど。

 今回のレシピは、二段構え。
 まずは、カトルカールに入れる、フルーツ漬けを作らねばなりません。

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○材料

ドライフルーツ各種 適宜
(レーズン、プルーン、アプリコット、クランベリー、サワーチェリー等々、手に入るものを手に入るだけ。あ、このドライフルーツよさげ、なんてのを見つけては補充するのが正しいフルーツ漬けニストの在りかたです)

ウイスキー 適宜
ジン 適宜

○作り方

アルコールか熱湯で殺菌した保存瓶にドライフルーツを汁ごとぶっこみ、なみなみと浸かるまでウイスキーを注いで、香りづけにジンを足し、密封。少なくとも二ヶ月は放置。

瓶

 ↑こういうビンに入れて、永遠に漬けつづけます。十年以上同じビンに注ぎ足しつづけていますが、ガラスはもちろん、ステンレスも腐食することなく、中身のほうも、見るからにやばそうな光沢とかねちゃりつき具合なんかが現れているものの、異臭もせず、食べても平気。夏場も常温保存です。

 もちろん、酒はお好みでブランデーやラム酒、ウォッカなんかも混ぜてしまえば深みが出ます(テキーラはやめておいたほうがいい)。よくフルーツ漬けには、レモンの皮を入れたりするのですが、ジンという酒が柑橘系で香りづけされたものなので、こやつで充分だと私は考えます。そのあたりも突きつめればお好みです。私に勇気がないだけで、もちろん焼酎でだってフルーツ漬けはできるはず。

Poundcake2

 ↑ガラス器に取り出してみたけれど、ケーキを焼いた直後だったので、ぐちゃぐちゃにとろけたレーズンなどがなく、非常にきれいです。本来、もっと粒の小さいフルーツが入ると、大丈夫かこれ? というようなぐちゃぐちゃ具合になります。でも大丈夫。そういうところこそ、ケーキの生地にまざりこむ魔法の一部なのです。

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(余談ですが、同じような保存瓶をいくつも使用しているなかで、酒と砂糖のこの瓶のほか、酢漬けピクルスやキムチなんかも、まったく腐食が現れないのに、藤波辰爾先生から勝手に教わったニンニクの醤油漬けの瓶だけが、激しく金属の留め金も、ゴムパッキンも、腐食します。醤油の塩分パワーなのか、だとしたらキムチで平気なのはなぜなのか、やっぱりマッチョドラゴンをマッチョドラゴンたらしめるニンニクの破壊力が金属からさえスリーカウントをとってしまうのか)

 さて、それでは本題のドライフルーツのダーティーパウンドケーキ、魅惑のカトルカールのレシピへとまいりましょう。

(事前にお断りです。このケーキ、おもに手でまぜるという制作の手順であるうえ、カラメルが冷める前に、メレンゲの泡が消える前に、という気のせく作業の連続で、制作途中の写真を撮っている間がありませんでした。というわけで文章だけのレシピになってしまいました。でも、大丈夫大丈夫。まず失敗なんてない)

 分量のお話。
 卵の白身は重量の約6割なので、80グラムを前提にすると、MSサイズの卵が全卵50に白身30で、ちょうど良い数値。でも、、うちではふつうに冷蔵庫に入っているのはLサイズなので、それで作ります。
 卵は多くても平気。
 なんなら二倍量で作っても別の味わい。
 ケーキって、そういうものです。
 逆にカトルカールという名の縛りでレシピ上は砂糖も80グラムと表記しましたが、これは別に減らしても平気。

(私はふだんの料理にもさとうきび糖を使っているのですけれども、これが顆粒状で、ふつうの砂糖よりも多めに使わないと同じ甘さが出ないしろもの。そのため、分量の砂糖がそもそも上白糖や三温糖だと、多いかもしれません。カラメルソースが入るケーキなので、砂糖も茶色い系のほうが合う気はします)

 かわりにハチミツとか入れても別の味わい。ていうか、不味いもの入っていないから、配合なんて最低限膨らむところを厳守すれば、なんだっていいです。よく、お菓子は分量通りに作らないと上手くいかない、なんていいますけれど、名は体を表す。パウンドケーキですよ。だいたい4分の1ずつの材料で、さくっと作って失敗するようじゃ、普及しないでしょう。事実、バター80gはさすがに多いだろうということで40グラムですが、そこまで削っても平気。だれが作っても上手くいく、だからこその伝統の定番スイーツ。
 混ぜて型に流し、焼く。
 食べて感激する。
 この世に魔法はあると思う。
 人生は単純だ。

Quatre-quarts

 ↑これくらいの型だと一本分ですが、愛しいだれかのためのプレゼントなら、小振りな型で二個か三個くらいに別けて焼き、丸ごと一本をラッピングするのが見目麗しいかも。100均のお店で売っている小さなパウンド型で、量産してもたのしいです(ただしこのケーキ、最終的にブランデーに浸すので、小さくなればなるほど、濃厚に酒の味がすることにはなります。あなたのお相手がアルコールに強いかどうかは事前に確認してください)。

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○材料

●メイン材料
薄力粉 30g
強力粉 50g
(あわせて小麦粉80g)
砂糖 80g
無塩バター 40g
卵 全卵1個
牛乳 小さじ2
ナツメグ 少々
シナモン 少々
フルーツ漬け 200g

●カラメル材料
砂糖 大さじ2

●メレンゲ材料
卵白 1個分
砂糖 大さじ1

●仕上げ材料
ラム酒(ダーク) 大さじ1
ブランデー カップ1/2

○作り方

①パウンドケーキ型にクッキングシートをカッティングしたものを敷く。

②砂糖、無塩バター、卵、牛乳の順にボールに入れ、指先でこねまくる。
 (フィンガー体温とテクニックで、とろっとクリーム状にするのです。
 若干のもろもろさや分離とか、そういうのは気にしない)

③カラメル材料の砂糖を小鍋(私は小さな鉄フライパンを使用)に入れ、
 大さじ2の水を足し、弱火で茶色くなるまで加熱します。
 理想のカラメル色になったら、濡れ布巾に底を当て、色を止める。

④あら熱がとれたカラメルをボールに加えます。
 (冷ましすぎればかたまってキャラメルに…なったら再加熱)
 今度は手でなく木ベラでまぜます。ここでも分離を気にせず、
 とにかくまざりあっていればそれでよし。

⑤強力粉、薄力粉、ナツメグ、シナモンをふるい器へ。
 一気にボールの中へふるい入れます。一気に。
 粉っぽさを完全に消さない程度に底からさくっとまぜ、
 適度に刻んだフルーツ漬けを投入。さらにさくっとまぜ。

⑥メレンゲ材料の卵白を別のボールで泡立てます。
 マシン泡立て器でがっつりかためのメレンゲ推奨。
 砂糖も足し、メイン材料のボールに加えます。
 あとは木ベラでなめらかになるまでまぜます。
 このまぜ加減が、生地状態を決めますが、
 成功も失敗もない。あなたの加減があなたの味です。

⑦型にボールの中身を流しこみ、焼く。
 予熱した230℃のオーブンで5分。170℃に下げて30分。
 オーブンや季節によりますが、竹串を刺し、
 べたっと生地がついてきたら焼き時間をのばす。
 なにもついてこなければ焼きあがり。

⑧型から抜き、熱いうちにラム酒を塗りたくります。
 なんなら分量外のブランデーを直接に塗ってもよい。
 最後に、ブランデーに浸した布巾でケーキをくるみ、
 タッパー(なければビニール袋)に入れ、冷蔵庫へ。
 少なくとも二週間は、このケーキの存在を忘れること。  
  
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 二週間から、一ヶ月くらい経って、ふとこのケーキのことを想い出し、くるんだ布巾を開ければ、めまいをおぼえるようなアルコール臭が、あなたを襲うことでしょう。くれぐれも、くれぐれも、食べたあとに運転はなさいませんように。歯は磨いて寝ましょうね。

 今回は、最後に参考資料を。
 このレシピ、別にバイキングの時代から我が家に代々伝わる王家復興のための願掛けカトルカールというわけではなくて、かつて小林カツ代さんの、この本に教えられたもの。

 Quatre-quarts

 表紙が微妙に変わっていますが、たぶん内容は同じものだと思われます。十年以上も前に、ここから勝手に伝承して、そこからはレシピに改変をくりかえしていますので(たとえばカツ代さんは、フルーツ漬けには赤ワインやブランデーを含め、多様な酒を入れることをすすめていて、ジンやウォッカなどの蒸留酒は元レシピには記述として出てきません。ケーキ本体の分量も違う。まろやかにするためのマーガリンを入れたりされています)、あなたもさらに私から盗んだレシピを好き勝手にアレンジして子々孫々まで一子相伝の必殺拳として口伝していただきたい。
 いや、まじで酒好き男子にしっとり酔うほど濡れたカトルカールとかプレゼント、それこそ酒瓶も添えて、自分は唇を濡らすだけでごんっ、と、おでこを机にうちつけて「酔っちゃったかも……」なんて見つめた日には、秘孔を突くに等しい行為です。
 あなたの子孫繁栄を願います。

Poundcake3

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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』