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 Amazonさんにレビューを投稿しようかとそれを書いたわけですが、まさにその日、私自身のボーイズラブ執筆における最大の冒険作「スペインのプロレス業界を舞台にヒロインが最後までマスクを脱がないマスクマンである」というのが、某賞で私自身のボーイズラブ執筆における人生最悪の結果をいただいたということがあり(笑)。さすがにあれはなかったようです。最後まで仮面をとらない剣士の話のプロットもあたためていたのですが、即座に破棄しました。

 というように、私はボーイズラブを書くものの、男ということだけに限らず、萌えどころがどうもズレているようで……自分の感覚に正直に書くと、編み上げブーツに編み上げマスク、自分では決してほどけない拘束衣のような衣装を着けながら上半身は裸で、下半身のぴっちりスパッツを相方に脱がされてもがきながら、マスクから覗く目のまわりがピンク色に染まる……てのがたまらんのですが。そこでブーツもマスクも脱がせたら意味がないと思うのですが。全裸のマスクマン。いや、まあ、確かにちょっとトチ狂って書いてしまったところはあるものの、読みかえしてもやっぱり嫌いな作品ではないので、十年後くらいにipadかキンドルが日本で爆発的に普及していたら、うちのサイトで個人的に売ることにします(笑)。それまでおやすみ、ぼくの可愛いレスラーたち。

 そんな私なので。
 まっとうなBL作品のレビューを天下の往来で語ることは、まっとうなBLファンのみなさまにとって迷惑であろうという自粛の結果、でも書いたものは捨てられず(悪癖。これはダメだなあ、と思いながらも数百枚書いたりして半年が過ぎたりするのです)。
 というわけで、ここにアップ。

(データはともかく、文章に関してはアップって、最近使わないんだってねえ。そういやウチみたいに表紙があってブログがあって、という構成のサイト自体が見ないものね。ネットは双方向が当然で、書きためたものをサーバーにアップするという作業自体がなくなって。クラウドが当たり前に使われるようになって、ブログだってツイッターに代表されるように、下書きというもの自体がなくなっていってるみたい。でもやっぱり私はパソ黎明期からのネット住人なので、ブログもツイッターも下書きしたのをコピペしないと気持ち悪いのです。ということで、噂のポメラをずっと狙っているのですが、しかし電車のなかでまで書きだしたら読む時間がなくなるなあ、と手を出せずにいる今日この頃)。

POMERA

 雑誌ディアプラスも小説ディアプラスも毎号買っているので、ディアプラス文庫は、どれも半分は既読になってしまうため、なかなか手を出すタイミングがないのですけれども、絢谷さんと私のパソコンに向かっている時間帯がどうも似ているようで、ツイッターで流れてきた新刊出ますのつぶやきに、思わずリアルにつぶやいたのはそれでした。

「あー。けっきょくヤれずに終わった、あれの続きが」

 ハイキック、という単語にびびっときて、クールな主人公がどうやって蹴られるのかと読んだのに、蹴られるどころか、彼は、やさしさからヒロインに手を出せず悶々としながら雑誌では終わってしまっていたのでした。そんなの思い出したら、読むしかない。

 ほんわか系のお話は、電車が読書タイムな私にとって、非常に危険なしろものです。今作も、ニヤつきながら読みました。しかも、泣きどころまでありました。

 よかった、ふたりがカラダも結ばれて。
 おなかいっぱいです。いやよかった、よかったよ、と思わず書いたレビューも、こうして無駄にはならず良いことずくめです。

 続編で、ふたりがケンカして、今度こそアクションシーンがみられないものかと期待しつつ、このふたりはもう永遠になかよしこよしでいて欲しいなあ、とも思いつつ。
 何度もこういうふうにレビューを書いては、実際にAmazonさんに投稿したことはいちどたりともないのでした。なんかねえ。自分がけっこう購入欲をレビューに左右される人間なので、偏った人は、自分のブログででも語れよ、参考にならねえよ、とか、よく思うので。
 そっとここにアップして、満足します。

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 最初から強い奴なんかいない。いたとしたら──強くなることを切望したりしない。

 ヒーローにあこがれを抱いたことのある人なら、きっとわかるはず。
 この小説のヒロインが、ヒロインだけれど男の子な純粋さで「ヒーローショーの役者」を目指し、その夢を叶え、のびのびと演じるその姿に、かつては熱血スポーツマンだったけれど社会人になってどこか醒めた視点も持ちはじめてしまった主人公が、惹かれたその気持ち。一方、テレビのなかのヒーローも好きだけれど、遊園地で子供たちに「生の」夢を魅せてあげられる、ヒーローショーのヒーローこそにあこがれた彼は彼で、特撮ではなく生身の自分が、どんなにきれいにハイキックを決めても、それは舞台のうえの演技でしかないのだと、ときに拗ねた思考にはまってみたりもする、その気持ち。

 このふたりは、とても可愛いです。

 格闘技好きな私としては、期待した、ヒロインが主人公にハイキックを決めるシーンはなかったものの、ふたりがそれぞれに、出逢ったことで自分自身の次なる「強さ」を求めて成長していく展開に、読みながら、ほのぼのとしたお話なくせに、何度か、泣かされました。それも、うなずきながら、微笑みながらの「うん。うん」という泣きです。特撮好きには、直球でおすすめ(聖天戦隊コーリンX。イラスト含め、完成度高いっ(笑))。あなたがもしも弱小劇団のファンだったり、インディーズプロレス好きならば、もうこのヒロインは、たまらんです(逆に言えば、販促帯の体育会系リーマン×特撮戦隊ヒーローという煽りは的確に内容をあらわしてはいません)。夢にも、恋にも、すなおでありつづけること。その「強さ」を、主人公とともに愛さずにいられない。最後に添えられたヒロイン目線の掌編が、ダメ押しの「心の中までなんていいこなんだー」という爽やかな読後感を残すのもまた。作者のキャラクターへの慈しみが感じられる、あたたかな一冊でした。ヒロインが大阪弁のせいもあるのかなー。

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 星5つで。
 レビューの中で触れている「体育会系リーマン×特撮戦隊ヒーロー」の文言は、雑誌のときにはたしか「体育会系リーマン×スーツアクター」だったはずなので、文庫化にあたってよりキャッチーに変更されたのでしょう。そのスーツアクターというところ(と聖天戦隊コーリンXのチビキャライラスト)にこそグッときて読んだ私としては残念な変更でした。とはいえ、販促帯は作者さまの責任管轄外であろうということで星は減らさず。

 ところでヒーローで思い出したんですが、地上波放送のはじまった『カメンライダードラゴンナイト』を観ております。

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『KAMEN RIDER DRAGON KNIGHT』日本公式サイト

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 PC98世代としてはドラゴンナイトといえばエルフなんですけれども(笑)。こちらのドラゴンナイトは日本表記名『仮面ライダー龍騎』の英直訳。『カメンライダー』がなぜかカタカナなのは、向こうでも表記が『KAMEN RIDER DRAGON KNIGHT』であることをアピールする狙いあってのことのよう。龍騎はとにかくわらわらとライダーが出てくる作品なので、ドラゴンナイトもオープニングからわらわら出てきてとてもわくわく。

 初回冒頭から黒ずくめのグラサン革ジャン野郎が暴れまわるわ、主人公は孤児院育ちだわ、このあとのライダーのなかの人たちも、日本に比べてどれほど極端なキャラ付けがされているのか楽しみです。
 それにしてもやっぱり、あらためて観ても龍騎よりも二号ライダーの仮面ライダーナイトのほうが造形的に素敵。シャドームーンもそうだけれど、カッコイイということにおいて、影があるということは非常に重要。

RIDER

 そして春。日本の夏がライダーの季節になって一年。

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『仮面ライダーダブルと次なる十年紀』の話。

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 いよいよ佳境へと向かう現行仮面ライダーである『ダブル』もまた、二号ライダー、アクセルが素敵です。真紅のライダージャケットを着けた熱血すぎる刑事というなかの人の設定からして行きすぎてしまっているのですが(しかも女がからむと純情さを発揮する。ブラボー)、変身後の姿を初めて観たときには、衝撃が走りました。

 バイクをモチーフにしたライダーって、何気にはじめてでは?
 ていうか、バイクに変形するんです。マスクドライダーシステムではなくて、ヒトが変身するライダーなのに「変形」って。斬新。ぶおんぶおんエンジン吠えてます。ヒトなのに。『電王』が電車に乗っていたのは、改造バイクが公道を走るという演出にクレームが来たからだというまことしやかな説があったというのに、アクセルちゃんたら。ベルトについたグリップをひねって、土曜の夜の郊外の山道で聴かれるようなけたたましいアイドリング音を立てて変身するのです。

「ぼくはバイクになりたい」

 確かに、アクセルは自分がオートバイに変形するので、ヒトは乗っていないという禅問答のようなことになっているため、仮面ライダーアクセルってカッコイイ=バイクってカッコイイ=暴走族育成番組、という図式は成り立たないのかもしれません。バイク擬人化コスプレで町を練り歩かれるのも、充分に暴走ではありますが。

 大人視点で見れば、この、いままでにありそうでなかった「エンジン音をふかしまくる仮面ライダー」という設定は、もちろんスポンサーの意向あってのことに違いなく……

 いわずと知れた、現行仮面ライダーの大スポンサーは世界のホンダ。当然、平成ライダーたちは、ホンダのバイクに乗っています。ちなみに仮面ライダーWのなかの人が乗っているアクロバッター……もとい、ハードボイルダーはCBR1000RRというHONDA製リッターバイクを改造したもの。そりゃそうです。スポンサーなんですから。かくいう私も、仮面ライダーというヒーローに憧れを抱かなければ、バイク乗りにはなっていなかった(仮面ライダーを好きな三沢光晴に出逢ったことも大きいのですが。ていうか私はカワサキ大好きっ子なのですが)。

 それが、仮面ライダーアクセルのなかの人、純情熱血紅ジャン刑事、照井竜が乗る真紅のディアブロッサという名のバイク……DUCATI999ですよ、あれ? ドゥカティ? ホンダじゃなくて? ホンダの番組なのに?

 輸入車、それもドゥカティといえば、純正でもドッドッと低く腹に染みる重低音で、乗っている本人でさえうるさいと感じるほどの騒音をまき散らすことで高名(?)なメーカー。そのドゥカティのでっかいバイクを真紅に塗って改造したのを乗り回す、照井くんは刑事だとはいえ、近所では嫌われ者でしょう。しかも変身するのにまで無駄ふかしをしなくちゃいけないし、変身してからも白煙あげるバイクにみずから変形して、あろうことかタイヤで怪人にキックを決める。いやキックって。それ轢いているんですから。人身事故ですから(仮面ライダーWの怪人たちは、ちょっと心の弱いところが暴走してしまった、一般市民です)。

RIDER

 暴走族養成だとか、改造車礼讃だとか、叩かれてライダーを電車に乗せた数年前が嘘のような、仮面ライダーアクセルの大胆なエンジン音まき散らす戦い。これは仮面ライダーの長い歴史のなかでも、あきらかに異例な出来事。どうしたのかホンダ。でもアクセルさま素敵。と、そんな仮面ライダー変革の一年、春の訪れを感じる四月の某日。つまりは、つい先日。
 とあるニュースが報じられました。

 世界のホンダが、今年の12月に、
 電動バイク「EV-neo(イーブイ・ネオ)」を販売開始。

 リチウムイオン電池(東芝製)搭載、走行時の二酸化炭素排出量0。
 かつて、何度か実験的に発売されながらも普及しなかった電動バイクが、高性能電池と、先駆けた自動車業界のノウハウによって、今度こそ普及するのではと見られている。
 いよいよ、バイク業界にも電動化の時代の波が本格的にやってきた。

 …………なるほどね。
 勘ぐりすぎ?
 いえいえ。今年の仮面ライダー二号がアクセルという名のドゥカティ乗りであることと、この発表が関係のないはずがない。ホンダは、まずは商業用として、年末から電動バイクを日本標準なバイクとして普及させる決意なのである。
 「EV-neo」の売り言葉は「静か」で「きれい」。
 来年は、電動バイク元年になる。
 そして「うるさい」「きたない」エンジン音は、過去の人類の愚の象徴になる。

 十年後には、仮面ライダーアクセルは、指さして笑われる過去のライダーになっているでしょう。

「白煙まき散らして変身って!
 仮面ライダーが、
 どかどか騒音車ドゥカティに乗ってるって!」

 そのとき、ホンダの広報さんは微笑むのだ。

「わたくしども、まさにその年、
 世界中のバイクメーカーに先駆けて
 清潔無音な電動バイクを
 本格的に普及させる決意をいたしました」

 仮面ライダーアクセルは、古く悪しき時代の断末魔として、2010年に降ってきた堕天使。だから他社のバイクに乗っている。世界は変わる。熱血とはうるさく吠えることではなく、正義とは地球にまでもやさしいということ。

 きっとその近未来では、仮面ライダーを含めたすべてのヒーローは、悪を蹴散らしたりはしていない。

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 変身もしない。超人的な力も必殺技もない。
 だけど、今まで出会ったヒーローのの中で一番カッコいい。


 絢谷りつこ 『素顔のヒーロー』(文庫『天使のハイキック』収録)

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 メジャーはそういうことになっていくんだよ、きっと。
 敵を投げ飛ばすタイガーマスクは、インディープロレスのリングでしか活躍できない。エンジン音とどろくバイク乗りは、砂漠に移住して空ぶかしする。
 ヒトにも地球にも悪にもやさしく。

 もはや、いまの時点で、仮面ライダーアクセルはジョークみたいなところがあるものね。
 初登場のとき、デザインから「大谷晋二郎(おおたにしんじろう)みたいですね!」とつっこんでしまいました(赤と黒は彼の色)。



 このインタビュー好き。
 本当に強い男ってのはなあっ。
 負けなくちゃ言えないセリフだってのが、良い。
 ヒーローかくあるべしだが。
 正義と悪は紙一重、というところを魅せるヒーローも、これからは必要ではないかしらんと、思うのでした。電動バイクに乗れば、仮面ライダーが弱くなるとは思わないが、悪を倒す前提条件として静かできれいでなくちゃいけないなどということになれば「ライダーキックっっ!」なんて叫ぶのもうるさいということになって、悪は有無を言わさず背後から暗殺とか、そういうのがカッコいいということになりはしないかと、ちょっと心配。
 叫びあって救われることというのも、あるでしょう。
 ふたりはお幸せに。
 世界もお幸せに。
 でも、ケンカってのは起きるもので。
 そのとき、きたなくケンカすることを知らないやつらばっかりだったら、世界は終わっちゃうんじゃないかなとか、憂うのです。

「あらそいたくない、消えろ」

 と悪を裁かないヒーローと。

「ぼくがいなくなればいいんだ」

 とすなおに身を引くヒロインばかりになった世界は、平和だけれどつまんないなと、邪悪な私は考えつつ、すでに排ガス規制で販売中止になった愛車を、来年からも壊れるまで乗り回します。
 吠えながら。 
 愛と正義をさがして生きるのだ。


 イヌから見れば、人間は精神ではなく自分が従う権力だ。人間の行動はイヌには意味がない。なぜなら、人間の思考をイヌは理解できないからだ。一方、わたしたちは神を──神が存在するとしてだが──知性として知覚できない。なぜなら、神の思考は複雑すぎて人間には理解できないからだ。結局、わたしたちの目に神はカオスと映る。それゆえ、神は地元のサッカークラブを勝利に導くことも、戦争を防ぐこともできないのだ。神は、人間の理解を遙かに超えた存在だ。では超人である神は、人間を知性体として知覚できるのだろうか。結局、わたしたちはシャーレの中の実験なのかもしれない……


フランク・シェッツィング 『深海のYrr(イール)』

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 人間は知性体なのか、という問題では、ない。

 おなじようにいえば、イヌは、イヌ同士で互いのケツの穴の匂いを嗅ぎあうことによって、人間には想像だにできない恍惚を味わっているのかもしれず、そのために嗅覚を発達させ、匂いですべてわかるから言語を獲得しようとも思わなかっただけで、実は、ややこしく進化した人間よりも、ずっとスマートで知的な哺乳類なのかもしれない。

 ロバート・J・ソウヤーは、ネアンデルタール・パララックス三部作で、現生人類に滅ぼされたとされるネアンデルタール人がホモ・サピエンスのかわりに繁栄した並列世界を描いた。争いを嫌うがためにこの世界では狩られてしまったネアンデルタールが、私たちのかわりに進化していたなら、この世はずっと素敵なところになると、ヒロインは思って毛むくじゃらのネアンデルタールに恋をするし、ソウヤーの説に、読者の大半も共感する。

hominids

humans

hybrids

 京都の大霊長類研究所が、このほど、ボノボの認知機能を専門に調べる研究チームを発足させた。日本で、ボノボを飼育しながら研究するのは、初の試みである。

 ソウヤーが、ネアンデルタールを描くときに、ボノボの生態を参考にしたのはあきらかだ。
 ボノボは、セックスを社交につかうことで有名である。
 繁殖のためではなく性器をいじくりあって、争わないために、家族であり、愛する相手にしてしまうのだ。
 当然の帰結として、ボノボの社会は女性上位。
 まさしく、よしながふみの『大奥』のようなことになっているのだった。

大奥

 ボノボには知性がある。
 しかし、ボノボは道具を使わない。
 ホモ・サピエンスと共通の祖先をもつ猿の進化形としては、チンパンジーも同程度の知性を持つが、チンパンジーは道具を使うし、男上位であり、父親という存在が特定できないほどの乱交をおこなうことでも知られるように、セックスは繁殖のためのものである。男同士の中での順位がはっきりと決められるため、下っ端は女を独占され、チンパンジー社会では、多くのダメな男がオナニーをおぼえるが、そんなもので気がまぎれるはずもなく、合意をともなわないレイプによる妊娠も多々存在する。が、もともとだれの子も父親がだれだかわからない社会なので、それ自体が憎しみや嫉妬の火種になることはない。

 私たちはセックスを社交につかうし、道具もつかうが、多くの民族では一夫一婦制がしかれているし、争いがないなどとお世辞にもいえたものではない社会を形成している。ボノボのように自分の好みに関係なく「やって」と性器をさらす勇気はないし、チンパンジーのように好ましい相手にはとりあえず抱き抱かれながら、だれの子ともしれない子を産んで平穏に生きられる心の広さも持ちあわせてはいない。

 知性は間違いなくあると自負しているが、他人をねたむよりも愛してしまえと思うことはむずかしいし、だれかれかまわず肉体的接触をともなう愛をふりまいていては、家族よりも敵が増える。あまり、頭のよい進化をしたとは、思えない気もするが、チンパンジーよりも、ボノボよりも、ヒトはすぐれているということになっている。

 ところで、インドネシアにフローレスという小島がある。
 ガラパゴス諸島の特殊進化にならぶ、大陸から離れながら多様な生物が生息していた、神の実験室のひとつだ。そこには小型化したゾウや、大型化したネズミなど、私たち(いや、まあ、日本人も実験室育ちではあるのだが)にとっては、奇妙な哺乳類も多くいた。

 その島で、ほんの一万年ほどまで生きていた人類の骨が見つかったのは数年前。ホモ・フロレシエンシスと名づけられた彼女は、しかし本当にヒトの新種なのかと、今日も議論が繰り返されている。実に独特なのである。フロシエンシスというのが言いにくいので、みんなはホビットと呼ぶ。なぜなら小さいからだ。孤島で暮らすヒトらしく、土踏まずもない足で、がっしりした身体。たぶん四本足で走ったりもしていただろう。すばやい戦士は小さいとプロレスのルールで決まっているわけだが、彼女の小さいのは身体だけではない。
 脳が小さい。
 カップ二杯ほど。
 400CC。
 小さすぎるのだ。
 彼女は110センチで30キロ。
 その体格でヒトならば、1リットルは軽く越える程度の脳の大きさがなくてはならないはずだが、カップ二杯ではサルに近い。500CCを越えてやっと猿人と呼ばれるのに、現生人類のすぐ直前に暮らしていたはずの彼女の脳がそんなのなんて、おかしな話だ。孤島だとはいえ、特殊進化で脳が縮むなんて、しろうとでも首をかしげてしまう。だいたい、その脳の体積、容量不足のはずの記憶装置を搭載しているにもかかわらず、島にはヒトが道具を使って狩りをし、火を使って肉を焼いていた跡があるのだった。

 というわけで。
 ホビットという愛称は、彼女がファンタジー世界の小人のような存在ではないのかと疑う視線からのものでもある。島で小型のヒトが進化したのではなく、たんに見つかった女性の骨が、脳の矮小化した発育不全な奇形なのではないか、私たちはそれを見つけて、小さな人類が島で生まれたと幻想を抱いているだけではないのか。

 これに対し、もっとファンタジー的な思考を披露するヒトもいる。いわく「彼女は進化を逆行したのではなく、実はまだ見つかっていないだけで、私たち現生人類に至った道筋とは別のルートで進化したヒトがいたのではないか」というものだ。つまりは、チンパンジー程度の脳の大きさのままで、身体だけが少し大きくなった、私たちの知らない原人が存在する可能性である。そもそも、チンパンジーはカップ二杯ほどの脳で道具を使うし、オスの順位が決まっているということは、立派な社会を成り立たせているということでもある。古い王を倒せば新しいチャンピオンになってメスの尊敬を勝ち得るだなんて、エンタメ作家の才能さえあると思えるくらいのものである。そんな彼らが、孤島で、大型化したネズミを狩るのに、身体だけ大きく進化させたというのは、説得力がなくもない。チンパンジーは、オスもメスも、それなりに幸せな進化の終着点にたどりついたと感じているからこそ、いまでもチンパンジーでいる一派が存在するのだろうから。脳を大きくすれば悩みが増えるのは事実。元気な身体でだれとでも愛しあって脳は小さめで、というのは、なるほど平和な社会が実現できそうな気もする。

 話は変わるが、私のツイッターから転載。

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このあいだのウェヴブックオフ買取結果。本16点¥459+コミック13点¥665=合計29点¥1,124。で……お値段がつかなかった商品76点=¥0……少女小説たち、スマイル価格。
Mar 18th

ブックオフオンラインから金券が500円ぶん送られてきた。キャンペーン中だったらしい…が、近所にリアル店舗がない(WEBでは使えませんとか書いてあるのだった)…むう。
Mar 23rd

先日、ウェヴで本を売ったらおまけでついてきた(実店舗でしか使えない)500円の金券を使うため宝塚のブックオフまで走る。
Apr 10th

105円棚からごっそりと抜き、叩き売られていた『バイオハザード5』に手を出し、レジっ娘に「500円引きまして~」と告げられた金額はもちろん売った額の何倍もなわけで。ガソリン代もかかっているわけで。まあ、ブックオフの思うつぼね(笑)
Apr 10th


twitter / Yoshinogi

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 Twitterのえらいところで、そういうことを書いていたらブックオフオンラインさんからフォローされたうえ、直接あやまってもらったのですが(笑)。いえいえ、確かにこんなことがなければ、私はグーグルマップでブックオフを検索することもなく、わざわざ遠くの古本屋に足を運ぶこともなく、そこで出逢った本にもゲームにも出逢わず、私は得られた影響を得られなかったということで。感謝です。

(それにしても『BIOHAZRD 5』。XboxLiveで配信していた体験版、なぜあんなおもしろくないところをあえて配信していたんだ? あれでスルーしたのに。そこを除けば、実に良い出来のゲームだった。確かに海外で、白人が黒人を狩る図式はいかがなものかと言われた部分は否定できないが、実際、砂漠と海の広がる光降り注ぐアフリカでこそ、人類を脅かすような他種の進化はおきそうで怖い)

BIOHAZRD5

 はじめていく店だった。
 バイクで行った。
 私のバイクは燃料計さえないくらいアナログなので、むろんナビなんてものはついていない。リュックに地図もない。ただ、携帯に、パソコンからメールを送っておいた。
 最後の部分を転載する。

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 うどんそばを左。
 緑化を右。

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 Googleマップ(google local)で、実際に道路を撮った写真から構成される仮想の宝塚を走ったのである。携帯に送ったのは、曲がり角にある、大きく目立つ看板。交差点の名前を書くより、見間違えようもないうどん屋の看板で曲がるとおぼえておいたほうが、間違いはない。
 かくして、私は無事にリアルブックオフに到着した。

『Googleマップ』

 私のパソコンにはGoogle Earthもインストールしてある。海外小説好きなのだが、舞台の位置関係がよくわからなくて実感のわかないとき、仮想の地球儀としてのグーグルアースは、非常にありがたい。特に、フライトシミュレータ機能で、道をなぞると、砂漠や海の広大さを実感することができる。そういうことをやっていると、ふと、思う瞬間があったりもする。

「これ、無人島だよなあ」

 Googleの地球儀を構成しているのは、衛星写真であり、現地にヒトがいようがいまいが関係ない。あらゆる場所の風景が目にできるわけで、政治判断によっていくつかの場所では「恐れ入りますがこの地域の詳細は表示できません」と表示されるものの、はっきりとミサイル施設なんかが見てとれるくらいには接近できるため、あの国やその国を覗いて見たヒトは多いはずだ。

 そんな国々を覗くのもドキドキするが、無人島を拡大していくのは、もっとドキドキする。

「なにかあったらどうしよう」

 たとえば、遺跡とか。
 砂漠の真ん中に、謎の黒い影とか。
 中国の山の中には、我々とは異なる進化を遂げた巨大人類が生息しているというのは、水曜スペシャルで育った世代には、おとぎ話でもなんでもない。あの当時も、きっとNASAは衛星写真でとっくに信じがたく巨大な階段がある都市を中国の奥地で発見しているのに、なぜ公表しないのかと思ったものだった。

 むろん、いま、私は、アメリカでUFO工場を探している。
 書斎で衛星写真の地球儀が拡大できる時代になってしまったのだ。だからこそ、幻想は実在するのだと探すのである。
 そういう無為な科学技術の使い方をしている私のような者たちが多くいる一方、真剣に、その可能性を検討し、行使し、発見に至った例が、このほどサイエンス誌に発表された。

『University of the Witwatersrand, Johannesburg, HOMINID』 

 Googleの衛星写真から、光の反射を測定し、未知の洞窟を特定。そこにおもむいて、新種の猿人化石を発見したという。
 それはまさに「なんで衛星で観察できるのにNASAは地上の秘密の場所をなにひとつ発見しないのか、いや発見しているのに発表していないだけに違いない」と憤っていた、二十世紀少年だった私の夢を、現実とするものである。そうさ、洞窟くらいみつけられなくちゃ嘘だ。地上絵には、新たな解釈が与えられなければ嘘だ。バミューダトライアングルがガスだなんて嘘だ、じっと見ていれば怪物が姿を現すに違いないんだ!!

 ともあれ。
 南アフリカの洞窟で見つかったのは、若い成人女性とひとけた年齢の少年。どちらも30キロ身長130センチほど……おお! 成人女性なのに小さい。脳はどうなのか。いや、分類としては、彼らは猿人だという。腕が長めで、やっと二本足で歩き回るかどうかというところ。発見チームは現生人類への直系だと匂わせる発言をしているが、反論も多い。しかしまあ、そんなことはともかく、それがすごい発見であることには間違いはない。お姉ちゃんと弟だろうか。それとも赤の他人? ふたりは、地下の洞窟にいっしょに転落して逝き、そのまま化石になったと見られている。洞窟の底には、サーベルタイガーの骨もあったらしい。サーベルタイガー! わお! なぜにそんな危険な洞窟に子供を連れて小さな女性が? 想像のふくらむ話だ。

 彼らは、アウストラロピテクス・セディバと名づけられた。ちなみにセディバとは南アフリカのソト語で「泉」を意味する。Twitter上では現在、#SedibaChildというハッシュで議論を検索できる。

 いま、骨格から復元模型が造られているという。
 ホモ・フロレシエンシスは、脳は小さいし扁平足だが原人で、復元模型は日本で造られたが、見るからにちっちゃいおばちゃんである。セディバは、どうなのだろうか。猿人に分類されるが、これも発見チームによると「あまりにも人間らしいセディバに、きっと多くの人々が驚くことだろう」という。

 ヒトは、どこからヒトなのだろうか。
 脳の大きさ、知性、社会性。欲しいものをとりあって争わないこと、が条件だとすれば、私たちはボノボに劣る。
 樹の上で暮らしていたサルが地上に降り、サーベルタイガーの棲む穴に二本足で落ちて死んだのを、近所の古本屋を探すこともできるコンピュータソフトで大発見。私は、その発見について興奮しながらこれを書き、息抜きにそのアフリカで発生したゾンビを撃ち殺すゲームに興じている。

 『深海のYrr(イール)』で、こんなことを知った。

 クジラは水を必要とする。
 
 当たり前だが、哺乳類だから。真水がいるのだそうだ。おかしな話だが、クジラにとっては文字通りの死活問題なのだ。母なる水の世界、海で生きる道を選んだのに、水に浮きながら、飲み水がなくて死ぬことさえあるのだという。クジラは、塩分のない水を摂取するために、そのほとんどが水分であるクラゲを食べ続けなくてはならない。
 水のなかで、クジラは、ごくごくと水を飲んだことがないのだ。

 おとぎ話のようだと思う。
 こんなにヒトにあふれている世界で、想いに飢えて死ぬ人もいる。不思議だが、きっとその人は、探そうとしなかったのだと私は思う。ヒトをヒトたらしめるのは、想うことであり、それがなければ、私たちはただのサルにも劣る。
 望んで脳を大きくしたのに、その大容量を悩むことにつかうなんてバカげてる。
 ファンタジーで、興奮できるゲームで、容量足りねえよもっと必要だよ、と神に愚痴れるくらいにいっぱいにして、次のオモチャで遊ぶんだ。

 べつに、サルがどこでヒトになろうが、知ったこっちゃない。
 ヒマだから、科学の発達で、うちにいながらにして砂漠を散歩したりできるようになったから、思いついた新しい遊びに過ぎない。

 けれど、私たちは、それで、できている。

「どうして、あいつらは、石を削って尖らせたので、サーベルタイガーを殺さないのかねえ?」

 でも、たぶん、尖った武器になる石ができたのは、偶然だ。
 だれかがヒマで、手もとには石しかなくて、遊んでいたら割れたのだ。
 それが、刃物につかえると気がつくのは、また別の話。

 ヒトとサルの違いをあきらかにして、その先で、私たちはなにかを得るのか、得ないのか。
 私たちはシャーレの中の実験体だ。
 私たちは神を理解できない。
 理解できないなら、イヌのように。
 自分の悦びを追求するべきなのである。

 次になにをしたい?
 どう生きたい? 
 ヒトは、終着点ではない。

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「人間は自然の進化の過程で必然的に生まれたのではないわ。人間は偶然の産物なのよ。巨大隕石が地球に衝突して、恐竜を絶滅させてくれた結果、運よく誕生できた。そうでなければ今頃は、知性を持った新恐竜がこの惑星に住んでいる。あるいは、単に動物だけかもしれない。人間が誕生したのは自然の恩恵を受けたからであって、絶対的な意味があったからではない。人間の誕生は、カンブリア紀に多細胞生物が初めて登場してからの、何百万という進化の道筋のたった一つでしかないのよ」


フランク・シェッツィング 『深海のYrr(イール)』

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Yrr

Yrr

Yrr



 勝ちましたね自演乙。
 なんというかK-1だからとメジャーどころのコスプレに走っていたのが、実は緊張の裏返しで負け越していたのか。今回は、ふっきれたのか、さいたまスーパーアリーナにとどろく「つるぺったん」のなか98MSX世代感涙の東方コスとか……で優勝とか。DEEPのリングで男同士の合い言葉「やらないか」コスで入場してきて客の大半がきょとん顔だった、でもとても強い。あのぶっ飛んだ感が、高視聴率地上波ハイビジョンで繰り広げられている様子に、勝つってことは大事だなあと思ったのでした。止めるだろう、ふつう、ゴールデンタイム地上波でつるぺったん。そもそもの、そのまたもとのもじぴったん側の許可もたぶんとっていないだろうな。K-1側は、まったく彼の行動に口を出さなかったのだろうなと、透けて見えた。なにか問題があったとき、我々はまったくノータッチでした、と発言するための方策なのでしょうが、長島サマ。だったら次はもっとあやうく魅せてください(笑)。

 もじぴったんは好きです。
 語彙が増えるよね。

moji

 そんなこんなな格闘技好きな私なのですが。
 かかとが痛い。

 唐突ですが。
 いわゆる持病というやつです。
 K-1観ながら、スクワットやったり柱蹴ったりしていたくらいで、戦えないというわけじゃない。それどころか、日々、足を使って生きている。打撲とかそういうことではなく(いや、広義ではそう呼ぶべきなのか)。出勤したら退社するまで座ることがまずなく(事務仕事も立ったままパソコン使う環境なのです)、走りまわって、重いものを持つのが仕事みたいなところがある。ふくらはぎだって子持ちししゃも。トレーニング不足なんてことはありえない。

 ただ、思うに、床が平らで硬いのが大問題なのではないかと。
 一年に何度か、深刻な、かかとの痛みに悩まされる。

 足底腱膜炎とか、足底筋膜炎などというらしい。

 毎日のストレッチのなかに、正座してそのまま後ろに倒れる、というのを組み入れているのだけれど、かかとが痛くなってくると、そのポーズが三十秒もたない。かかととつま先をつないでいる筋の内側、土踏まずの横くらいがツって、あいたたたた、となる。たぶん筋膜だかなんだか、足を形作っているスジが、もうどうにものびないくらいにまで強張っているのだろう。強張った足を、硬い床に延々と叩きつけているのだから、いちばん出っ張った部分がもっとあいたたたたた、なことになるのは、あきらかなことである。

 で、どうするか。
 どうするかったって、どうできるわけでもなく。
 すでに衝撃吸収材がかかとに入ったスニーカーなんかを履いているわけだが、さらにそれを厚くする。
 もうとにかく、やわらかくやわらかく。

 医療サイトを覗いたりすると、ストレッチなんかが有効みたいなことが書かれていますが、私の経験上、痛いときに筋を無理やりのばすストレッチをおこなったり、マッサージなどをすると、翌日、朝から歩けなかったりします。痛む前からなら青竹踏みなどが足裏を鍛えるのに有効そうですが、すでに痛んでいる足には傷を広げるだけ。

 単純に皮膚の内側で炎症が起きているという認識で、夏場だったらアイシング(凍らせたペットボトルなんかを足裏で転がしながら夜を過ごす)。家で使うスリッパは低反発材の入ったふかふかのものです。

 とにかく放置。
 炎症を治すには、時間しか有効な手だてはありません。だが明日も一日中立っている。ならば、なるべく衝撃を与えないように、回復のための時間を稼ぐのです。

 というわけで。
 ヒールカップとか、衝撃吸収ジェルがかかとに入ってますなんて中敷きを使っていたこともあるのですが、なにせ歩くので。中敷きとか、一ヶ月もたない。あっという間にすり減っていくのに、治療用のヒールカップなどというやつは、どうにも原価を無視した売価が設定してある。こういうとき、小売業にたずさわっていると現実主義者になってしまいます。薬局と塗料はね、もう。原価を知っていると、買い物する気が失せるくらいの利益率。

 そこで考えました。
 家で履いているスリッパのように、ふかふかであれば足は痛まないわけで、夏場は問題もあるでしょうが、ようは靴にスポンジを増量してやればよいわけです。で、ワンサイズ大きい靴をためしに買ってみた。みたのはいいが、困ったことに私はもともとの靴のサイズが28(メーカーによっては29)なので、さらに余裕のあるサイズのものとなると、大きいサイズコーナーのちょっと値の張るものしかないのがかなしい。足のサイズが大きいので背がのびるよと成長期に散々言われたが、そんなびっくりするほどのびなかったのは、不摂生のせいなので十代のころの自分を恨むしかない。

(なにかのテレビ番組で、JUJUさんが、同じようなことを言っておられたので激しく共感しました。彼女は広島生まれの京都育ちということで、私も母親が広島娘の大阪育ちなので、同じような大人にかこまれていたのかな。幼少時代に、聞き飽きたセリフ……「あんたの靴おっきいなあ。足おっきいから背えのびるでぇ」……JUJUさんも身長は160センチ後半の、日本女性としてはむしろ高いほうに属するはずなのだが「この足のサイズからするともっと大きくなければならないはず」と感じてしまうのだという。ガキどもになにげなく未来の話をするときには、気をつけたいものです。意外に「きれいな手をしているからおしとやかな女性になるわねえ」などというひとことが、その子を真逆の方向に走らせたりするのである。期待を裏切りたくなるのが青春なのである。いや、べつに反発して背がのびなかったわけではないのだが。だいたい、足のサイズが身長に比例するというのはどこかに確固たるデータのある話なのだろうか)

 さておき。
 スポンジを自分で切って中敷きにします。

 梱包用のスポンジなので、十足分くらい作っても100円ほど。
 それを二枚ほど靴に詰め込み、スポンジ剥き出しでは歩くとすり減ってモロモロになってしまうので、フタの意味で中敷きを入れます。100均で買ってきた、その名もシークレット中敷き。ウレタンでできた、かかと部分が厚くて、ナイショで五センチも背が伸びるという優れものです。前述のように、特に背が低いわけでもないが高いわけでもない私は、かえって「それだけ背があって、でも本人はコンプレックスがあるのね」などとレジ娘さんに思われているのではないかと顔が赤くなってしまうのですが。自分もレジ打ったりだってする仕事なわけで、店員がいちいちそんなこと考えないのはわかっているのですけれども。それでも思ってしまうということは、実は、本当に私はいくばくかの劣等感を抱いているからなのではないかしらと、己を疑ったりもするのでした。

 できれば通販で買いたいのですが、100均の通販なんてないですからね。
 まとめて二十個以上限定とか、そういうかたちにすれば、ウェヴの世界でも100均が成り立ちそうな気もしますが、目にしないのは、やはり初期投資のハードルが高いのでしょう。100均の店舗って、どこもプライスカードホルダーがないのが特徴ですものね。同じ値段だから、どこになにを置いても商売になる。あれをきっちり在庫管理なんかしはじめたら、やってられないのでしょう。

 そんなこんなで。
 まとめ。

 大きい靴を買ってきて底にスポンジを敷き詰め、かかとの厚い中敷きを入れる。
 これがもう、ふっかふか。
 よいです。

 いや、それだけの話なんですが。
 外ではふかふかにして、帰ったらストレッチもアイシングもおこたらない。足の裏とはいえ、痛んでいるのは筋肉。だとしたら、休ませるだけでは、細くなるばかり。K-1に代表される立ち技格闘技の選手たちも、裸の脛と脛で蹴りあって痛くないはずはないのですが、日々の鍛錬で肉体はそれに耐えうる状態に改造されていくのだといいます。バレリーナにとって、かかとの痛みは練習につきものだとも聞く。ハイヒールを常に装備する女性に聞けば、足裏の痛みとは軽減されることはあっても決してなくなることはない、なぜならこの世にハイヒールがあるから、と答えるでしょう。

 使えば痛む。
 けれど、痛みを避けては、脛は永遠に裂けつづけ、バレリーナは、つま先で立てるようにはなれない。
 越えていくしかないのです。 

 しかしまあ、某有名女性マラソン選手が、足底筋膜炎の悪化で手術したとかいうケースもあるそうですから、バランスというものは必要なのでしょうけれども。休ませつつ、鍛える。いまのところ、私の足裏は、そういうことで均衡をたもっている状態です。

 仕事帰りの、電車降りた瞬間が痛いんだよなあ。
 それは、座っていたほんの数十分で、痛んだ筋肉がいくばくかの回復をみせたから、それがまた立つことで断裂して痛むのだという。
 日々、私の細胞たちも闘っているのである。
 そう思えばかわいいモノだ。
 餌をあげよう。

 某女性ボディビルダーの言葉。

「食事は筋肉にあげる餌」

 味気ないようでいて、実は、自分のカラダを他者として愛でている視線がないと、吐けない名言だと思います。
 無理させない。
 でも、無理させる。
 その先に、体重が消失したかのような錯覚さえ観客におぼえさせる、華麗な舞いが演じられるようになるんで脛、先生。すね。

 あの選手のように、踊り子のように、がんばります。 

poanit

 以前、新聞の投稿欄で、

「歯医者で歯を磨きすぎたからすり減ったのだと言われた。歯磨きはすればするほどよいと子供のころから習ってきたのに」

 と、いきどおっている御老体の投書を読んだことがありますが、思わず、いったいだれに対してなにを怒っているのだ自分の老いてもろくなった歯に対してか、と呟き、その後に、しらんやんそんなこと、となんだか可笑しくなってきたのを思い出します。その投書を採用した記者さんも、とても怒っているそのひとのやりきれなさが捨てがたくて載せたのだろうな。
 たぶん、いま、あなたがそう思っているのですね。

 しらんやん、テメエのかかとが痛いのなんて。

 ごもっとも。
 しかし、本人にとっては、この理不尽さが納得いかないのです。
 歩いて歩いて歩き抜いているのだから、鍛えられて強くなれよ、痛くなるなんてなに考えてんのオレの足の裏!!
 つー感じなのでした。
 ご静聴感謝いたします。

 そういえば、かたくなに「バレーボール用のシューズがよい」と力説する先輩がいるのですが、確かに仰ることは理にかなっているものの、高く飛べる必要なんてないしなあ、歩くには絶対にバレーボール専用靴なんて向かないだろう、と懐疑心満点で、試したことはありません。かかとの痛みに悩んでおられる方で、高く飛ぶ必要もあるかたは、そのようなものも試されてみてはいかがでしょう。私が接客業に従事しているのでないのなら、迷わず着地の負荷をゼロにするというドクター中松ピョンピョンを履いて生きるのですけれども。

『ドクター中松 オンライン』