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 「従者」は「ヴァレット」と読んでください。
 どもども。
 吉秒匠です。
 半年ごとのおたのしみ、初めましてのみなさまに。

 はじめまして。

 それもこれも過去に吠えたあれやこれやのせいなのですが、なんだかんだで激増する訪問者様(あなたのことだ)はとてもうれしく、数名のあきらかにはじめましてのあなたにいたっては、読めるだけの過去の文章を読んでくださったようで。数時間かかったことでしょう(笑)。それだけの時間を無駄にしたのではないと思えるなにかをあなたが得られたことを願ってやみません。ディーン・クーンツを買ってくださったあなた。私は非常になぐさめられました。私の身に起こったことがなんであれ、したことがなんであれ、結果として私はこの世にこの国にクーンツ読者を増やしたのです。これでネズミにかじられても気づかないような老いぼれ朽ちてだだ漏れの水没した木のようになったときにも私はもうろうとした意識のなかでクーンツ伝道師として生きた記憶を反芻し多少の成果もあったとうなずいて逝けます。できれば、もっとあたたかくてやわらかいものに挟まれてなんにも考えられないほどの至福のなかで逝けるのが理想ですが、まあそれほど神に好かれていない自覚もあるので期待はしていません。

 で、と。
 本題ですが。
 正直言って腰がくだけました。
 いや、本当に正直に言うのなら、そんなどころではなく見えてしまったものを認めたくないあまりに自分の両目を突こうかと思ったくらいでした。とりあえずそんなときのための煙草を一服して落ち着きましたが。このサイトによく訪れてくださっているあなたはご存じの通り、私はかつてヘビースモーカーで、いまではガム中毒者で、煙草は年にひと箱も空かないたんなる嗜好品になっています。吸うのは、どうしようもなく煙草の似合うハードボイルドな俳優の演技に出逢ってしまったとき(近年あまりないことです)と、恐ろしく不幸なことがあって自分を殴る以上の負荷を甘んじて受けたいと思ったとき。たとえば葬式のあとなどが、そういうときです。身を清める塩よりも、こちらからあちらに近づく毒が欲しくなる。

 もちろん、先日のできごとは、後者。
 ハードボイルドなイイ男になんてまったく出逢いませんでした。出逢ったのは、文字です。表紙の文字。前回、この件に関して注意深く私の書くことをチェックしてくださっているあなたが「そうかなあ」と言っていた(というのは人づてに教えてもらったのですが)、どうもこの雑誌は某少女系小説誌の方向に行きたがっているかのような気がする、という予感。
 それはやっぱり「そうかなあ」ではなかったのです。
 目は突きませんでしたが、紫煙をくゆらせつつ、眺めました。

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本好き女子のための、ドラマティック・ライトノベル!!

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 という、いち文。
 幻ではない。
 その時点で私はまだその雑誌を開いてもいないわけですが、もっとも怖れていたことがまったくもって怖れていたとおりに目の前に現れたことで、自信、とか、闘争心、とかいうものはまったく消え去っておりました。
 あとで開いて読んだことは読んだのですけれど、メールでお話ししていた方々の結果のほうが気になったくらいで、自分のことはもうどうでもよくなっていました。いや、私の書いたものも作品としてはよい出来だと思います。あなたに読んでいただけたなら、よろこんでいただける自信もあります。しかしまあ、半分は……ずっと書いてきたことですし、いまさら繰り返してどうなるという感ですが。なぜ私は、その雑誌を愛しているのか。

 少年誌でも少女誌でもない中道をゆく。

 そう、明文化されていたこと。
 私にとってそれはとても重要なことでした。
 創刊号からの読者ですから、書き手としてよりも、読み手としての想いのほうがより強いかもしれません。私は男です。それもアクション映画と格闘技が好きな消費者です。アニメのたぐいはまんべんなく観ますが、いちじるしく男性向け、もしくは女性向け、な物語にはのめり込めない性質です。ギャルゲーもやりますし、BL誌も定期購読しています。だからこそ私にとって究極的に「おもしろい」物語とは、中道です。オトコもオンナも関係なく刺激する、それこそが行きつくところだと思ってる。

(という意味では今期のTVアニメ『CLANNAD』が近ごろ注目株。ギャルゲーなのにがっつり妊娠と出産を本域で語ってみせるAFTER STORY編に突入し、某調査ではKeyの女性ファンがまた増えているとか(原作ファンも思わずうなった『だんご大家族』のせいであるような気もそこはかとなくしますが……)。そしてXbox360でギャルゲーをプレイする一般女子層があらわれるという。たとえばそういうのが行きつくところの一例です)

CLANNAD

 漫画誌でいうと、週刊少年マガジンが実際のところ男性である少年のみをターゲットにしているかといえば、そうでないことはあきらかで、バクマンのセリフではないですが、週刊少年ジャンプも「マンガはおもしろいかどうか」だけだという姿勢がある。高橋留美子の女性ファンが少年サンデーとビッグコミックを支えていることは疑いようもないし、CLAMPが女子も男子も区別なく撃てる弾として各方面で珍重されていることは言うまでもない(カードキャプターのブルーレイでのリマスターも期間限定予約受付中ですよにいさんっ。買ってけっ)。

sakura

 いまガンダムが、ウィングス系と呼ばれる方によってキャラデザされているのは、最初はボーダレス化だとよろこんでいられましたが、今回の表紙といっしょ。この数年で、ガンダムそのものが女性向け路線を目指すという想像だにしなかった次世界にやってきてしまいました。

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『ゆんガンダムとCGスク水と萌え次世界』の話。

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 ……さて。そんなわけで。
 今回に至っては敗因分析するまでもなく。
 大まかに言えば、私が書いたのはこういう話でした。

「ルーマニアで拾われた少年がオッサンに育ち永遠の少女に服従する」

 スク水着替えさせたりね。
 少女のほうはヴァンパイアで不死だから中身はもうけっこうなお歳でイジワルいドSなわけです。まあ端的に言えば、それはドSとドMが出逢ったという幸せなお話。愛する少女は永遠に少女のままなのに、オッサンはヒトだから死ぬのです。実は少女がオッサンをひと噛みすれば同族にできるのですが、少女は永遠の少女であることに自分で嫌気がさしているし、オッサンにはあなたもあたしと同じ永遠の命が手にできる、なんて言ってない。そこにダンディーパンクなバイク乗りの男ヴァンパイアとそいつに噛まれてヴァンパイアになったことを後悔しつつもある美青年の微妙なBL的ふたり連れがからまってきて話がややこしくなる……
 みたいな(笑)。  

 あらすじでわかりますよね。
 はっきり大人向けです。
 少女にいたぶられるオッサンと、ヴァンパイアのベテランにおちょくられながら旅をする新米ヴァンパイアの青年。そのあたりが萌えどころ。私が狙ったのはかつて少女だったが、いまでも心は少女で、でもさらっさらなお話では物足りなくて、ちょっとウェットな、なんて言うかぬめっと、あまつさえねろねろんな、そういう話を暗に求めているオーバー30あたりからの層を狙い撃っていたわけで。
 表紙の「少女向け雑誌になりました」の宣言で、自殺しなかったのが不思議なくらいです。
 ていうかだったらなぜ三次選考まで通っているのかが謎だ。
 どこからどう読んだって少女向けでないことは私がいちばん知っている。
 むしろこんな物語を十代の少女が欲するとしたら、そんな少女に私が萌えられない。
 いや、別に私が萌える必要はないわけだが。

 けっきょく、私が目指していたのは、きれいなドMのオッサンと、きれいで高飛車なロック系ヴァンパイアと、ひねくれたベビードレスの似合うパンチラ全開の美少女と、ヒトをやめたばかりで青年になりかけた歳で刻の止まってしまった最近ちょっとブルーな美少年による、全方位萌えへの過剰乱射だったのだけれども、そんなの少女だけに売りたいと思いはじめた女王には「なに書いてんだ吉秒」というところであるに違いなく。

 だってもともと、その全方位狙いの雑誌だからこそ目指したんだもん。
 なあ。おれ、どうしたらいいのさ、この表紙。
 いま書いてんのも、おもいっきり美少女暴れてます、いままさにアスファルトの上で彼女は人外の追いはぎに遭っているところだ。サービスカットをイラストレーターさんに描いてもらおうと作った場面だが。
「本好き女子のための、ドラマティック・ライトノベル!!」
 で、そんなものがサービスカットどころか無垢なお嬢様の眉間に生まれて初めてのシワを刻ませる役にしか立たないことは、私にだってわかる。もちろん今回もヒーローの登場は風呂場で男の肌も露出しまくりだし頭から葉っぱが生えていたりもするのだが、そっちも狙えばこっちも狙うの姿勢でここまで書いてしまったこれを!!
 いまからプロット段階まで巻き戻してキャラデザしろと?

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「今はアンケートを送ってくるのは30%は女の子だからこれが結構大きい」
「僕達のは平均年齢が高く女の子にはウケない…」


 原作・大場つぐみ 漫画・小畑健 『バクマン。』

BAKUMAN

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 実際のとこ、ガンダムやジャンプでさえそうであるなら、もともと中道を行くことで「ちょっと同人通」な雰囲気を醸しだしベタな少女向けなんか読んでいるコとは違うわあたし、というところをピンポイントで撃っていた感もある女王が、この時勢、漫画ウィングスの別冊の地位を捨てて独立した「少女誌」となったことは、当然の流れではあるのだろう。
 当然なんだよね。
 女王は育ちすぎてしまった。
 その規模ではもう、隙間よりもメインストリームを狙うのが正解なのである。
 私のような過去からの読者もつれたまま、新たなそして大きな市場に踊り出そうとする、彼女は生き残るだろう。
 でも。やっぱり、ショックは大きい。
 ずっと読んでいたんだもの。
 ずっと書いてきたんだもの。
 その本の創刊20周年記念号の編集後記に、そんなの。

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「女子じゃないぞ」という読者様にはホントに申し訳ありません。

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 謝られたよ。
 あやまられてしまいましたよ、まさに私が。

 待ってろ「本好き女子」!!
 ……叫んでみても。
 なんだかなあ。
 私は、私に問いかける。
 
 吠えてナンボのキャラのくせして。
 読者様にはホントに申し訳ありません。
 純粋に応援してくださったあなたには。
 心底、頭を下げさせていただきます。
 でもヴコ女王と健気なミルチアの話は、いつかあなたに読んでもらいたい。



 
 仮面ライダーの魅力とは、苦悩だ。
 ヒトを愛するがゆえにヒトに害なす悪と闘うが、仮面ライダー自身はその悪によってヒトに害なすために造られたイキモノであるという……だから仮面ライダーはヒトの愛におびえる。愛する自信がなく、愛される資格がないと思い込み、ただひたすらに自分にできること……ヒトのために悪に向かってライダーキックを放つのである。

 というのが、そもそも石ノ森章太郎原作の設定だったはずだが。
 いまも私がシリーズ開始を待ち望む(再開、ではない。開始せずに序章で終わったのである)『真・仮面ライダー』や、石ノ森本人が製作許可を出した最後の作品『仮面ライダーJ』、昭和ライダー20周年記念作『仮面ライダーZO』など、すでにときは平成になっていたがくり広げられた最後のあだ花ライダーたちの時代。まさに私のライダー熱は最高潮を迎えていたわけだけれど、ちょうどその昭和ライダー終焉とともに私の子供時代は終わり、平成ライダー第一作『仮面ライダークウガ』がはじまったころには成人していたので、すっかり仮面ライダーを見る視点が変わっていた。

 それゆえ、同じ仮面ライダーとはいえ、私のなかで昭和シリーズと平成シリーズは別物だ。実際のところ、石ノ森直系ライダーはすべからく改造人間であるのだが、平成ライダーはなんかのりうつったりモンスターだったり、あげくにはたんなるパワードスーツを着ただけだったりする(笑)。

 悪を倒すために人体強化スーツを着ただけのヒトに「おれだって根源的には悪なのではないか」などという苦悩はない。一話完結方式を捨て、ドラマ性を重視した作りとなったクウガ以降の仮面ライダーだが、そのストーリーのほとんどにおいて、対立と葛藤の果てに大団円を迎えるパターンとなっていて、それは基本として平成ライダーの「なかのヒト」が、純然たる人間であることに起因する。

 悪は倒した、当面のところの世界は救われた、けれど仮面ライダーが改造人間である事実は変わらず、彼の闘いと苦悩は永遠に続く──という昭和のせつなさはない。

 だから『仮面ライダーキバ』には大いに期待していた。
 「石ノ森章太郎生誕70周年記念作品」と銘打ってもあるし。
 なにせ主人公がバンパイアとヒトの混血。女性の形をしていればなんでも愛せる父親が、ファンガイアという永遠の命を持つモンスターを愛して作ったガキである。その母親もまた。「人間と結ばれてはならない」というファンガイアの掟を破る者を抹殺するのが役割という「仲間を狩る者」執行人ファンガイア・クイーン。
 背徳の匂いがたちこめている。
 愛に生きるヒトを愛してしまった、背徳を罰する立場の不死の怪物(見た目は絶世の美女)。
 これはやり過ぎちゃったか仮面ライダーキバ。
 改造人間というプロットをヴァンパイアに置き換えた、苦悩の物語がいまはじまる……

 そう思った、一年前。

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『ヴァンパイアと仮面ライダーキバ』の話。

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 そしてキバ終了。
 えーと。
 ハーフの割合はヒトのほうが強いらしく。
 ファンガイアとの混血の子は不死ではない。
 仮面ライダーの外観も、黄金のキバの鎧、なるものを装着するという設定だ。
 つまるところ後半。
 主人公は自分に半分ファンガイアの血が流れていることを気にしなくなっていた。
 まったくもってヒトである。
 ヒトとして、過去の世代からつながった命を次の世代に伝えることこそがヒトの使命などとヒトの代表のような顔をして、最終回では未来の息子まで仮面ライダーになっていた。

 大団円だ。
 せつなさも、あとあじの悪さもない。
 あんなにみんな死んだのに。
 ファンガイアの子のくせにファンガイア殺しまくったのに。
 悩まない。それでヒトとして世代をつなぐことの意味がうんぬんと言われても……それはなにか? けっきょく見た目が化け物なファンガイアは狩り倒し、ファンガイアでも美女の外見ならメロドラマ演出だし、イケメン主人公なら半分怪物でもそんなの忘れたような最終回?

 時代だな。
 苦悩しながら終わることなど、戦争の片棒をかつぎながら平和国家を語ろうとする、この矛盾の国の二十一世紀では許されないのである。私は、いっそ悪の力を持ちながらも平和を愛するという矛盾を納得して語りたい。となりで同盟国のだれかが撃たれても、自分は撃たれていないから反撃しないで傍観者なんて物語には萌えられない。

 そんなこんなでこれは転換点かと思ったキバだったが、むしろ重い血縁話の毒にみずから中毒して浄化をはかった結果いつもよりもさわやかに終わってしまったというような。
 設定は冒険していたのに、中身は保守的な一年でした。

 期待していたのは。
 ヴァンパイア=悪。
 ただし、悪というのはあくまでヒトの目線からでのことであって、ヴァンパイアという生物からは当然の行為としてヒトを飼い慣らし、それを喰らう。ヒトがニワトリを喰うために育てたり、その加工方法に特許を取ったりするのと同じように、長い年月をかけて、そうまさに永遠の時をかけて、ヒトをもてあそびながらいただく作法を突き詰めた結果。
 愛してしまったり。
 ニワトリ加工工場の社長がどうやったらもっとすばやくこいつらをさばけるか考えて、夜も昼もなく愛もセックスもなく考えていたら溜まってきてニワトリとやってしまったら案外よかったからそこからニワトリが恋人、みたいな。
 そういう話をキバに求めていたのですが……
 いま書いてみて、いかに私が無茶なことを期待していたか思い知りました。
 よく考えてみたら子供番組なのでした。

 だからきっと私は『真・仮面ライダー』が好きなんだ。
 最初からコンセプトとして大人向け。
 だから首も飛ぶし子宮も回る。
 主題歌は宇崎竜童。

rider

 とても苦悩している。
 やっぱり仮面ライダーはそうでなくてはいけない。
 私はディーン・クーンツの大ファンなんだけれど。
 『ウォッチャーズ』。
 その構図がまさに理想。

 ヒトによって生み出された超天才ゴールデンレトリバーはヒトと出会い愛にめざめ追跡してくる異形の悩める改造超生物の憎悪と嫉妬までもを受けとめてみずからの犬生を切りひらく。

Watchers

 仮面ライダーは犬ではなくてヒトの改造されたものだから、もっと深刻。
 シリーズ中では『仮面ライダーブラック』の、ふたりの世紀王ブラックサンとシャドームーンの対立の構図こそがすばらしく、実際に高視聴率であったために翌年の『仮面ライダーブラックRX』として続投、二年越し、しかもその放送中に昭和が終わるという、まさに神がかった作品だった。
 カラダは改造されたが、脳手術の前に逃げ出したブラックサン。
 一方、脳まで改造され、ブラックサンを倒しみずからが世紀王となるという穢れた使命に燃えながらヒトだったころの恋人との記憶が断片的に蘇ってしまうシャドームーン。
 その作品は、原点回帰をうたっていた。
 そして成功していた。
 いまでもシャドームーンは、せつない運命を背負うライダーの筆頭格である。

rider

 思えば、昭和の最後と平成の初めを高視聴率で伝説の番組と化してしまった『ブラック』があったからこそ、その後、原点回帰の路線で越える案は出ず、それでも平成の世に仮面ライダーをもう一度という熱はあって、あげく生み出されたのが『クウガ』。

 平成仮面ライダー第一作であった。

 まったく新しいライダー。
 改造人間ではない。
 というか、いちども仮面ライダーなどと名乗らない。
 別にバイクに乗ってその風圧でベルトの風車を回さなければ変身できないわけでもなく、それどころかドラマ重視で変身せずに終わる回まである。
 衝撃だった。
 しかし、仮面ライダーフリークにとっては、いっそ受け入れやすかった。
 これは別物だ。
 なんにせよ新世紀にライダーが復活したのはよいことだ。
 おれたちは時代の目撃者としてあたたく見守ろう……

 『仮面ライダーブラックRX』から十年。
 はじまった『仮面ライダークウガ』からの平成ライダーシリーズが、また十年。
 新機軸を打ち出し続け、もうなんだそれというカードバトルだ電車に乗ったりヴァンパイアだったりの末、十周年記念作品『仮面ライダーディケイド』。
 十年の歴史をふりかえり、九人の仮面ライダー(平成ライダーのみ)と絡んでいくという。
 年末特番のような設定だが、それで一年やるという。
 言葉もない。
 あたたかく見守るだけである。
 まったくわきたつもののないままに、観てみた。
 「クウガの世界」にディケイドが訪れていた。
 敬語のヒロインはなかなか素敵だ。
 しかし肝心のディケイドにまったく影がない。
 いやそうだった、哀しみを背負わず明るく美しいのが平成ライダーだったっけ。

 ところで『仮面ライダーディケイド』の作中における「クウガの世界」では、クウガのなかのヒトがオダギリジョーではない。彼は海外で映画撮影中なので出られるわけもない。というわけでオダギリがいないのに細川茂樹は出るというわけにはいかないので、すべてのライダーのなかのヒトがディケイドでは別人だという。十年を振り返るのに、役者が違うってアナタ。お祝い感もお祭り感もない。そして三話目まで観た現在の感想。
 入っていけない。
 いきなりクウガの世界でクウガとディケイドが戦って仲良くなって、敵があらわれあれやこれやで……どたばたしているんだが、どうもぼーと観ているあいだに終わってしまう。オダギリジョーに思い入れなどない、テレビくん二月号でクウガの外面だけを知識として持っていた、十年前にはまだ生まれていなかった五歳児であれば「初めての動くクウガ」に歓喜だろうが、私は残念ながら五歳児ではなかった。やるせないことである。

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 世界の破壊者ディケイド。
 九つの世界をめぐる、
 その瞳はなにを見る──

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 なにを見るって。
 終わってしまったライダーの中途半端なパロディだろ。
 並列世界設定好きの私としては、主人公の名前を変えた時点で、そこは別の世界である。

 とても心配になった。
 仮面ライダーは、来年もあるのだろうか。
 また十年後とかになったらどうしよう。
 どうしようってどうしようもないのだけれど。
 いろんなことをやりつくして、もう内容なんてどうでも良いことになってしまっている気がしてならない。
 というわけで。

 仮面ライダーてえのはなあっ!

 と、くだを巻きながら酒を舐め、夜更けにテレビを観ていたら、思いがけず『仮面ライダーG』に出逢ったのだった。いや嘘である。がっちり予約録画していた。何週間も前から楽しみにしていた。子供向けではない、大人のための仮面ライダーである、東映が認めた最新の純正仮面ライダーであるという。

仮面ライダー
仮面ライダーV3
仮面ライダーX
仮面ライダーアマゾン
仮面ライダーストロンガー
仮面ライダー(スカイライダー)
仮面ライダースーパー1
仮面ライダーZX
仮面ライダーBLACK
仮面ライダーBLACK RX
真・仮面ライダー
仮面ライダーZO
仮面ライダーJ
仮面ライダークウガ
仮面ライダーアギト
仮面ライダー龍騎
仮面ライダー555
仮面ライダー剣 
仮面ライダー響鬼
仮面ライダーカブト
仮面ライダー電王
仮面ライダーキバ
仮面ライダーディケイド

 そして2009年1月31日。
 ちなみにその前日は私の誕生日だった。
 近年、全日本プロレス育ちの私は誕生日が来るたびに、翌日のジャイアント馬場御大の命日を想って手をあわせていた。しかし来年からは、仮面ライダー育ちの私として、仮面ライダーGの生まれた日としても想い出すだろう。
 主演は稲垣吾郎。
 だからG。
 GoroのG。
 なんだそれという感じだが、仮面ライダー20周年記念作『ZO』だって、20とZOが似ているというだけの理由で名付けられたのだ。名前などどうでもいい。

仮面ライダーG

 それは、二十分の番組だった。
 しかし、仮面ライダーフリークの稲垣吾郎が、私と同年代であり、その「好き」だという仮面ライダーの、リアルタイムで観たのは『スーパー1』くらいからだというその感じ。その「好き」を形にした、その『G』は。レジェンドとしての初代仮面ライダーへの原点回帰を描き、完璧に私の心を揺さぶった。

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 うけとってもらおう──
 ぼくの、
 悪と正義のマリアージュ。

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 その決めゼリフがすべてを語っている。
 ちなみにマリアージュとは、結婚、という意味で、ワインをモチーフにした『G』ならではのセリフだ。ワインと料理が相乗効果をもたらすマリアージュのように。
 悪と正義が。
 マリアージュ。

 平成ライダーは数えるほどしか使わないライダーキックで悪を滅ぼし「もしかしてあなたは」と恋人に語りかけられながらも、Gは背を向け立ち去る。だれもいない場所で、ようやく素顔をさらしたGは、いつか愛する者のもとへ帰れるだろうかと空を見る……改造されたヒトである彼の存在が、もとのヒトとしての存在に戻ることは決してないと知りながら。

 ……すばらしかった。
 仮面ライダーの原点を見た。
 だいじょうぶ。
 ライダースピリッツを持った男たちが、女たちも、いっぱい育っている。私だっている。仮面ライダーは死なない。ディケイドにはうなってしまったが、だからといって観ないなんてことはない。一年で、どこに到達するのか、しっかり観させてもらう。

 平成仮面ライダー10周年。
 おめでとうございます。
 仮面ライダーに正義のなんたるかと同時に、悪とはなんであるのかを幼心に叩き込まれた、私たちがいまの幼心たちに叩き込めるもの。それを想い出すための『G』は気付け薬でした。想い出した。仮面ライダーがなければ私はいまバイクに乗っていないし、ものを書いてもいない。
 いまの私の少なくない部分が、ライダー魂で、できている。
 忘れないかぎり、私も悪と正義をマリアージュできる。
 ダメな部分さえ愛して、気高く生きられる。
 背筋をのばして胸張って生きることだと、仮面ライダーから教わりました。
 これからも忘れません。

 仮面ライダー。
 この国から生まれた、最高のヒーロー。


『仮面ライダーディケイド』公式サイト

 しかしディケイドはデザインもアレだよね……龍騎以来のダメさ加減。
 左右対称をくずすとやっぱり仮面ライダーはダメ。Gも非対称だが、自己リスペクトの世界観からして哀川翔の演技同様、それは一種の高等なジョークということで納得できる。でも通年シリーズのライダーが歪んでいるのはダメだ……背筋をぴんとまっすぐに、が基本だと思う。
 斜め立ち前提のデザインなんだものディケイド。
 踏襲じゃダメだけど変えすぎても……むずかしいですね、歴史ある作品って。
 ついでといっちゃなんですが。
 こっちも平均点低っ。
 でも大好き、みんなに勧めたい。
 というわけで。
 『ストラングルホールド』
 のレビューも書いてみました。

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ストラングルホールド レビュー :: Xbox360mk2

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 あ。オンライン対戦を4ポイントにしてしまった。
 やってもいないのに。
 訂正しようか。
 ていうか評価入力のところにこの項目あった?
 見逃したのだろうか。
 まあいいや。放置。
 オンライン実装のおかげで、なんども対戦待ちで読書の時間ができたしね。待っただけで対戦できたことはないんですが。価格もこなれてきたし、だれか買って対戦してください国内の私のフレンドたち(Xbox360にはフレンド登録という機能があって、本体起動させれば、いまいっしょに遊べる世界中のネット上の顔見知りとつないでくれる。この機能のおかげで、お、あいつ仕事とか言って断ったのにゲームしてやがるよ、なんてこともままあるのだが……あなたもどうぞ。私のゲーマータグはYoshinogiです)。
 チョウ・ユンファが好きです。

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『チョウ・ユンファが好き』のこと。 

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 ちなみにレビューの中で触れている『Dead to Rights』も名作です。Xbox360でも動くから、ぜひやってみてください。『ストラングルホールド』同様、ヘリコプターとの対戦が鬼のような難易度になってきてやりごたえあります。犬も可愛いしね。

Dead to Rights

 ところでチョウ・ユンファといえば。
 以前に話していた映画『ドラゴンボール』の武天老師=亀仙人=ユンファが甲羅を背負うのか、の件ですが。

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『ヴァンパイアとたった一度のキス』の話。

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 ムービーが公開されました。
 観てみましょう。

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映画「DRAGONBALL EVOLUTION」オフィシャルサイト

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 あーよかった。
 背負ってない。
 ていうか白ヒゲさえないしサングラスもない。
 なにより禿げてない。
 ていうかドラゴンボールこれでいいのか?
 チョウ・ユンファ好きとしては、かっこいいことにしてくださって感激ですけれども。まさか亀仙人役でハードボイルドスマイルのユンファを観られるとは……こうなるとたのしみは、かめはめ波を放って月を割るときに肉体を膨張させてケンシロウばりに衣服を引き裂き破裂させる芸当を見せてくれるかどうかだな。マッチョ・ユンファ。見てみたい……しかしそもそも、この映画に、鳥山明演出の代名詞「月を割る」が残っているのだろうか……

 余談ですが。
 レビュー内の「渋みあるハリウッド俳優となった現在のユンファと、『男たちの挽歌』でアジアの綺羅星となったころの荒っぽい演技ながら勢いと茶目っ気に満ちていたユンファとが、絶妙にブレンドされ、ゲーム画面のなかでしか存在しえない『ストラングル・ホールド』のチョウ・ユンファが立ち顕れている。」というくだり。
 あやうく「このゲームの中だけの超・ユンファが立ち顕れている」と書いて投稿するところでした。思いとどまった自分に拍手をおくりたい(笑)。ダジャレは乏しくなってきたボキャブラリーを総動員させる脳の必死のあがき、ということらしいですので、洋ゲーもほどほどにということですかね。ほんとアメリカ製のゲームとかプロレスとかに溺れていると、言語野が縮小していく実感があるものな……ワオ、と、シット、で言いたいことぜんぶ表現できるし。なぜ彼らのジェスチャーであり表情が大仰なことになっているのかよくわかる。
 いっそこの『ストラングルホールド』までいくと、喋ることさえなく眉間のシワで「魅せる」ので、ユンファになれるなら言葉なんていらないとまで思ってしまいますけれど。高倉健フリークだというジョン・ウーが、いまでは逆にアメリカに飛び、ジョーク飛ばしまくっていたスパイ大作戦のキャラクターたちまでもが、アジアの価値観にのっとって寡黙でセクシーな戦士たちに描かれる。

M:I-2

 誇張でもなんでもなく。
 ジョン・ウーとチョウ・ユンファの、その映画たちから世界の価値観というものが少し変わったんだと思うんです。がちがちに寡黙なだけの日本任侠映画と、極限状況でもしゃべりまくるアメリカンアクション映画のまんなかに、微笑みと鬼の形相を同居させたアジア的ハードボイルド。
 『ストラングルホールド』。
 ほんとうにほかのどこでもない。
 あのときの香港映画。
 生まれてはじけたばかりの匂いが、いっぱい。
 熱くて臭くて過剰で、でもやるせなくて、美しい。
 におぐのです。
 アジアのスメルが、におげるのです。
 もういまでは、これほどの直球を映画で撮るだけの予算はどこからも降りないでしょう。けれどゲームのなかでなら。これは、その匂いを愛する者たちに贈られたプレゼントです。もしかしたら、破れたコートを着て、くわえ煙草で、ショットガンを握りしめ、愛する者のために世界を破壊するいきおいで暴れまわるユンファの姿など、スクリーンではもうありえないのかもしれない。けれど、ここにはある。
 
ストラングルホールド

 いつものように日本では売れなかったが『2』出して欲しいなあ。映画『ハードボイルド』の正統続編ということで、そこかしこに前作を観たひとならばにやりとする演出が盛り込まれているのだけれど、あの印象的な黒いバイク軍団や、しっとりした語りの部分がなかったのは残念。壮大にしてしまったことで逆に味わえなかった部分だな。次作では「夢を語って自嘲する男」的なジョン・ウー演出をゲーム化して欲しい。もっと小振りでも良い気がするなあ。アクション映画は風呂敷ひろげれば良くなるってものじゃないと思うところでもある。それは最近の金かけたジョン・ウー映画にもいえるんだけれど……世界ではなくこの町の、しかし激しいドラマを丁寧に描く。そういうのが香港映画の良さだった。向けた銃口に憎しみも愛も、幼いときからの日々もぜんぶ詰まっていて、引き金を引き絞るときの、ユンファの表情が忘れられない。そんなのが良い。
 『ハードボイルド』も、やはり山場は死地に向かうチョウ・ユンファとトニー・レオンが、生きていたらやりたかった夢をとつとつと語る静かなシーン。激しく美しい血みどろのアクション作品の中の刹那のできごとだからこそ。
 忘れられない。

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「夢は」
「ある
 北極に住みたい」
「氷と雪ばかりだ
 寒い所が好きか」
「光がある
 北極は24時間
 太陽が出てるそうだ」


 映画『ハード・ボイルド/新・男たちの挽歌』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 真顔で言うレオンに、ユンファは困ったように微笑み、ショットガンを握りしめたまま立ち上がって背を向け、つぶやくんだ。
 おれはバンドがやりたかった……

 男たちの魂の美しさを描こうとする。
 そういう気高さがあの世紀末の映画界には、あった。

(アカデミー賞4部門受賞という『ディパーテッド』の原作『インファナル・アフェア』が、同じトニー・レオン作品である『ハードボイルド』に多大な影響を受けているというのは制作者サイドも明言していることなので、男と男が見つめあうアクション映画の源流へさかのぼっていけば、本当にこのあたりの作品にたどり着きます。カンヌで最優秀監督賞を受賞したボーイズラブ映画の金字塔トニー・レオン主演『ブエノスアイレス』が年表的にちょうど『ハードボイルド』と『インファナル・アフェア』の中間に位置するというのも、観客が求める「男たち」像の変化が如実に反映しているようで興味深いところ。『ストラングルホールド』は、あくまであのころの香港映画のゲーム化であって、いまや主流となりつつある、男の弱さを美しく魅せようという演出は皆無。孤高の魂のために引き金を引くユンファは、もうだれも必要としていないのかもしれない。気高さなんて、バカバカしい時代になっちゃったのかも……でも忘れたくない。窮地においてこそ凜と背をのばし、夢語りでふんと鼻先で笑うような強さを。私はユンファにもらったのさ)