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Tako

○材料

薄力粉 300g
ベーキングパウダー 小さじ1
だし 1200cc
しょうゆ 小さじ2
酒 大さじ1
たまご 3個

具はなんでもよし。
ダシは、昆布をことこと煮る感じで濃いめにとるとよい。
カツオもたっぷり入れて。
もちろん、ダシの素でも充分です。
そりゃあれば山芋とか、
干し椎茸とかエビとか、すりおろして加えると美味。
具はタコはむろん。
カマボコでもいいし。
こんにゃくはしょうゆで事前に炒ったほうがよし。
キムチもチーズもアンチョビもよし。
アボカドも余ってたから放り込んでみたらいけた。
ニンニクは好きだが翌日はひどいことになる調理法。
直火に当てないとニンニクは食べちゃいけない接客業。
ネギと紅ショウガと天かすは必須。
揚げ玉じゃなくて天かす、そこ重要。
私は母の生家が広島で、
父の生家が兵庫明石だったため、
自分は大阪に育ったのだけれど、
お好み焼きが半広島焼き風で、
たこ焼きも配合は大阪流なのに、
お椀に入ったダシがないとダメ。
でも甘いソースは嫌い。
大阪流に泥ソース。
マヨネーズもありありで。
青のりにガーリックパウダーも。
それをすまし汁に入れて喰うのな。
うまいのな。
難点は、一個目を喰った時点ですまし汁が濁った汁になること(笑)
カロリーハーフなマヨネーズのゼラチンが溶けて浮かんでいたり。
青のりとキムチとアボカドとチーズが沈んでいたり。
でも、すまし汁。
自宅タコ焼きだからこそ、できることです。
我が家にも、大阪人らしく鉄板タコ焼き器はあるが、
最近ではもっぱらホットプレート。
テーブルのうえでいっぱい作るのがいいよ。
だれかに作るのも作らせるのも、
作る人がぜんぜん食べられなくなっちゃうから。
ウィルス作成者逮捕で話題のアニメ主題歌とか鼻歌うといい。
♪ぜんぶまーるめてー
あ、それあたしがまるめようと思ってたのにぃ。
て、おまえそれニンニクはみだしてんやん。
これわざとだもんあたしが食べちゃわないようにっ。
……書いていて虚しくなりますが。
そうだ、タコ焼きパーティーなら必須のものがあると思いだした。
桃缶と鷹の爪。
ピーチに唐辛子突き刺して入れんの。
地獄のように甘辛く、なおかつタコに色合いが似ていてバレにくい。
なかになにが入っているかわからない。
それがタコ焼きの可愛らしい理由だと思う。
期待通りなら嬉し。
裏切られてもたいがいのものは許容できる味になってしまう。
人と人でもそうだけれど。
だれも幻滅させないっていうのは愛される条件だよね……
タコ焼き愛してる。
まあ、二ヶ月に一回作ればいいほうだから、
大阪人としちゃ失格なんでしょうが。
幼き頃は休日の昼ごはんがこればっかでした。
お好み焼きも多かった。
もともと大阪人ではない両親の、大阪人になる修行だったのかもなあ。

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 どちらかというと感性で料理する人なのですが、こういうぎりぎりのラインでかたまるかどうか、というようなのは料理というよりも、お菓子作りに似ているもののようで……このあいだのタコ焼きが、あまりにもかたまらないほどにやわらかかったので自責の念を込め、基本の配合をここにメモしておくというまったくの、それだけのことです。

 ものすごくひさしぶりの連休がとれたので、がっつり原稿と格闘しつつ、晩ご飯はそろそろ熱くて鉄板は避けたいなあと思いながら、冷凍庫にタコが残っていたのでいまのうちに使ってしまうこういうメニュー。明日も一歩も家を出ずに書き続けるから、ニンニク生のかたまりで入れてやるっすよ。

 ニンニクをまるまる一個以上食べると、早朝に目が覚めて二度寝できなくなるという体質なのですが、それもよし。

 ていうかこうやって使い回しの写真でさくっとブログ更新して、一太郎にもどります。来月、書き足りないヴァンパイアをもういちど使うかどうかで、いま大変に悩み中。

Amaryllis

リリスはプラスチックのポットに入ってる。
リリスは水を飲ませればそれだけで育つ。
大きな羽根を広げて、
やがて大きな大きな花を咲く。
リリスは悩まない。
リリスは安価だ。
だからコンテナに詰め込まれたリリスたちは、
ときに、手荒に傷つけられる。
そのリリスはひどく傷ついていた。
プラスチックのポットでも隠しきれない。
首筋からまるいお尻までまっすぐな傷。
ほかのリリスは並べられ、
羽根をもがれたら芽を出したのに。
思った通りに傷ついたリリスは芽を出さない。
咲かないリリス。
お前みたいなのは売れないよ。
ゴミ箱に投げ捨てられようとしているリリスを、
ひとりの男がつまみあげました。
ちょうど空いた部屋があったんだ。
リリス来るかい?
咲かないリリスは連れ帰られて。
プラスチックのポットから土を敷いた部屋に移され。
咲かないままに一年を過ごしました。
その年、リリスは羽根を広げた。
けれど羽根は二枚。
男はリリスに仕方ないねと言いました。
お前は、四枚の羽根を広げられたとき、
はじめて芽を出すのだからね。
ほら、また冬が来る。
──春まで、お眠り。
そうして次の年、
そしてそのまた次の年。
リリスは羽根を広げ続けました。
五年が経ち。
リリスは一度も一度も咲かないまま、
その身を分けて姉妹を生み出すまでに育ちました。
けれど、その年も羽根は二枚。
もう永遠に咲くことなどないのでは。
男もリリスもそう思っていた。
七年目。
気づけば、リリスに四枚目の羽根。
小さな羽根だったので期待はしすぎないように。
でも今日。
羽根を、退けてみたら。
ほら。芽が。
はじめての、芽が。
咲くかなと。
ねえ、リリス。
咲くのかい?
出逢って七年目の夏だ。
咲かなくたっていいけれど。
お前だって咲きたいよな?
夏だよ、リリス。
さあ。

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「…へええ…」
 思わず微妙な声を上げてしまう。
 「リンガ」が男根を意味することはもう知っている。そんなものが寺院のてっぺんに、ああも堂々とそびえていていいのだろうか。だが地元民にとっては、何の不思議もないのだろう。いつかアレンがお守りのリンガのことを、「生命のシンボル」と敬虔な面持ちで言っていたことを思い出した。


 いつき朔夜 『アオスワイ』(文庫『ウミノツキ』収録)

uminotuki   

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 益荒男であり、魔羅であり、御天狗様であるところの男根は、陽茎だとか玉茎だとかも表記されることがある。陰陽思想によれば、根と花、茎と花は、陽と陰の関係であってふたつでひとつ。華麗に咲いた花が陰だなんて、どんな感受性のなさだと受けとめてしまうのは、まるで花が命の主役であるかのように象徴的に詠われるようになった、現代人の感覚麻痺なのです。

 植物にじかに触れると、それがわかる。
 真夏に、桜の名所を訪れてみるといい。
 春に咲き、そして散る花々よりも、ずっと存在感のある、数億の花びらを一身に引き受けて「咲かせた」太くそそり立つ幹が、来年の春を待って、さらにそびえ立ち、堂々と身を鍛えて太っているのに出逢うだろう。

 アマリリスは、一週間で生命の神秘を見ることのできる花だ。

Amaryllis02

 芽が出て数日。
 思わず空を背景に写してしまった。
 小悪魔リリスの名で呼ぶことなどためらわれる、そそり立つ男根にしかそれは見えない──神々しいのである。照れることなどなにもない。違和感はない。それはまさに命の躍動する姿で、崇めるべきものだ。寺院の屋根からも生やしてみんなで拝むべきものだ。
 それは、こんなに光量の少ない写真でも感じられる。
 根付き、そそり立つ、茎。
 はちきれそうな先端のふくらみが、命を天に届けようとしているかのようである。
 まさしく、陰陽ならば、陽の側。

 そして花開く。
 夏だよリリス。

Amaryllis03

 先端のふくらみが、こぼれて色づく。
 夏がやってくる。

Amaryllis04

 あまりにも象徴的なことに、それはどう見ても女陰だ。
 ふたつでひとつ。
 写真は完全に開ききる前の、かすかに花弁にヒダの残る、満開直前、最後の夜の姿。
 外は突風で、家のなかに鉢を持ち込んだ。
 つまりは、色鮮やかに輝いても、どんなに香っても、花粉を運ぶ虫など一匹もいない部屋のなかで、リリスは私に向かって咲いている。せめて愛でてやろうと撮ったのだが。よく考えてみれば、どんな命も花咲くのは、それが宿命だからなのかもしれないと思う。ヒトだって、着飾るのは、香るのは、別に虫に花粉を運ばせるためではなくて、役割を果たしている自分を確認して安堵するからだろう。宇宙という大きなサイクルの、細分化された曼荼羅の片隅で、役割を見失った自分を再確認するために「らしく」ある。
 ヒトは複雑になりすぎて、その「らしく」がとても見つけにくくなったから、着飾っても鍛えても、心の自分と見た目の自分がちゃんと同調しなくて、だから迷って。そんな毎日で。だから。
 花を見ると微笑んでしまう。
 虫がいてもいなくても、繁栄の必要ない鉢のなかでも関係ない。
 咲くために生まれたから咲く。
 その単純さを、崇めたくなる。

Amaryllis05

 そしてその単純で美しい、そびえる陽の茎を、花開く陰を。
 来年も見たいから、ヒトの私はナイフを振るう。
 咲いて三日。
 アスファルトの上に女陰と男根。
 先端のふくらみはすでにかたくなっている。
 アマリリス育成の基本だ。
 咲いた花がしおれたら、茎を根元から斬る。
 花のあとにできる種は、球根の栄養を奪ってしまうからである。
 命を愛でるために、リリスの繁栄をヒトは許さない。
 種は朽ちさせるのだ。
 もう、陰も陽も充分に眺めた。
 充分に癒された。
 生き物であろうと愛玩物は愛されるその瞬間のためだけに生きる。
 それは……まったくもってポルノをたのしむのと同じ行為。
 踊り終わったならとっとと幕を下ろしてくれないか。

 そして次のフィルムでのダンスのために栄養を。
 アマリリスに肥料をやるのは、茎を斬ったあとのこの時期。
 花を斬られ葉だけになったリリスに水をたっぷりやり、球根を太らせるのである。来年また、茎と花を愛で、斬りとり、種を朽ちさせるために。
 その姿に私がなぐさめられるために。

 リリスは永遠に土のなか。
 私だけのリリス。
 来年も、咲いてくれるかな。
 ナイフを、研いでおこう。
 せめて痛みを感じないように。
 幽閉のリリスのために。

(ところで七年も一度も咲かなかった球根がついに咲いたそのときに、たまたまなのか初めて使った肥料というのがあって。日曜日にテンガロンハットとホットパンツで試供品配っていた彼女に「うちのリリスのために何袋かいただけませんか」と店員のくせにねだってもらってきた住化タケダ園芸『マイガーデン』。実際に便利な肥料で、最近はバラや芝生用肥料で質問受けると悩まずこれ勧める定番商品に育っているんだけれど、CMみたいに「咲きましたっ」と報告に来る萌えっ娘も美少年もさっぱり現れません。タケノコ採れたからとくれるおばあちゃんとかは現れるんですが。うれしいんですけどそれも(天ぷらにしました美味しかった)。もしもこいつのせいで咲いたんだとしたら、あまりに劇的な効果だ。試供品てこうしてユーザーを増やすんだなと実感します。はっきり原因がわからないからこそ、でも咲いたから使い続けるかと思っちゃう)

Amaryllis

 新聞に提訴の事実が掲載されたので、もう多くの人が読んでいるのだろうと思われるが、あまりにもおもしろい、というか深い内容なので、もっと多くの人に読んでもらいたいと思って。

 あんまり他人のブログを勧めたりしないんだが、これは本当に我が子である作品を命がけで守ろうとしているイチ作家の文章だ。目をそらせません。

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 『雷句誠の今日このごろ。』

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 その内容に関しては、まったくもって正当な怒りであると感じるのだけれど、正直なところ、いくつかひっかかることもある。ひとりの人が、組織の全員に喧嘩腰の態度をとられるとき「そう命令でもされてきてるのか?」とその人は書いているが、きっと命令ではなく「ああ、あの人と仕事することになったの? あの人はね」という会話があったのだろう。そういう会話は、ヒト対ヒトな業界ではどこでも交わされるものだろうし、私の経験上からすると、そこでは通常「こういうふうにするとよろこんで仕事してくれるよ」という内容が話されるものだ。だってその会話自体が、自分たちの仕事をより円滑に回すための作戦なのだから。名指しで良いことを言われない人というのは(あくまで私の経験上だ)、いっそあの人には嫌われたほうがいい、という相手に限られる。立場的な上下ではなく、人としてこちらを尊重してくれるかどうかがボーダーラインのように思う。

 作家にとって作品は命だ。
 その原稿が消えたなどというのは言語道断である。
 裁判では、ぜひマンガ原稿にも美術品としての価値があると証明して欲しい。
 けれど、その裁判を発端にして出てきた「私と一緒になって時間外労働までして命がけで作品を生み出してくれない」という不満は、声高に語るべきことだろうか。ともに戦おう、ともによいものを生み出そう、なにを捨てたって作品のためになら惜しくはない、というのは、作家はそれはそうだろうし、もしも個人的な伴侶や、友人関係でもある共同執筆者や、インディーズのともに旗揚げした劇団員とか、そういうものであるなら説教して、熱く語って、そのうえでわかりあえないならば別れればすむのだろうが「編集者魂かくあるべき」などというのは。相手は会社員である。志は強要されて生まれるものでもないだろうし。たとえそれがどんなにその業界で当たり前のようなことになっていようとも、休日出勤している人を見かけたら「休みなのに」と声をかけるべきだと私は思う。私も休日にプライベートな携帯で着信を受けることがあるが、そのときに「お休みのところごめんなさい」から話をはじめられない人のことはなんだよと思う。休日に仕事を持ち込まれたことではなく、それが当たり前のような態度が許せないのである。たとえそれが業界では至極当たり前のことであっても。大ポカをやらかした部下に上司が連絡をとるときでさえ「休んでいるところ悪いな」からはじまって「しかしお前が進めていたこの件はどうなってんだ? いまえらいことになっているんだが」と、その順序でキレるべきだと思うのです。「お前はこの業界の人間なのに休日に働く気がないのか!」とキレるというのは……どうにも同意しかねるところ。そんなのが繰り返されたら、そりゃ進んでその人のために時間外労働しようなんて有志はいなくなり、またその人は「志が低い」とキレるという、悪循環になる気がします。

 そんなこんなでどうしようもなくなった人間関係に、原稿紛失で大爆発って感じなのでしょうか……確かにひどい話ですが、私はどうしても感情が抑えられずに仕事場の机を自分の手の骨が折れるほど激しく殴ったり、馬鹿にする態度をとられたからといってとにかく怒鳴り続けたり、そのあたりのその人の態度は気になります。どんなにひどい会社でもやめるときに「社会人ならば普通にできなければならない礼儀」として、暴言は吐いてはいけないと思う。提訴したのは消えた原稿に関してであって、それは全面的に「作家の原稿なくす、それももし確信犯としてのことなら、それは大罪だ」とむろん思うのだけれど、むろん、イチ作家としてのその人を応援してもいるのだけれど……読みはじめたその人のブログは。

 実に、考え込まされるのである。