台湾のコンセントは、電圧が110Vで周波数が60HZ。
コンセント形状は日本と同じ。
60HZといえば西日本と同じ周波数だし、電気屋に行けば110Vの電球も売っているくらいで、送電線までの距離によっては一般家庭でも110Vの可能性は高い。
(ちなみに「うちってよく電球が切れるのよぉ」というお宅では、電圧が高い可能性があるので110V球を使うと寿命が長くなる。単純な計算の問題で、100Vの場所で110Vの電球を使うと、明るさが落ちるのだが、逆に言えばそんなに煌々と明るくなくてもいいから長寿命であって欲しい場所の電球などは、110Vを選ぶのが賢い。まあ、世界政府の方針としてシリカ球は消えゆく運命であり(日本の経産省も2010年末までにメーカー各社は白熱球の生産、販売を自主的にやめるよう指導している)、今後は蛍光灯球が主流になっていくようだから、あきらめて蛍光灯に慣れるのが一番だと思いますが……しかし蛍光灯球は、性能が上がったといっても、トイレなどで使うと明るさがマックスになるまでに用が済んでしまって出る、というようなこともたびたびで。完全に蛍光灯のみに切り替わるためには、せめて5秒フラットほどでマックスまで持っていく技術進歩が必要でしょう)
というわけで、日本の電気機器も、西日本や、電圧の高い場所でも使って問題のないように、110V/60HZは許容できる設計になっているはずだから、台湾でもそのまま使って問題なし。実際、この旅行記に使っている写真を撮ったカメラのバッテリーも、問題なく充電できている。
そんな事情もあり、台湾の方々が日本に観光に来たとき、おみやげには決まって電気製品を買うという。そのまま使えるし、なにより日本車が走りまくっていることを見てもわかるように、いまだ多少高額であっても日本の製品は品質が高いという信頼感があるようだ。
台湾が世界に誇る101タワーのエレベーターに乗ったのだが、そのエレベーターが東芝製であることを、とても声高にアピールしているのでおもしろかった。日本製ですから安心です、展望台のある89階まで37秒で到達する時速60.6キロメートルの速度での上昇は、世界最速としてギネスブックにも認定されているのです……事実、このビルを建てるときに地震が起きて大事故が起こったり、そもそもこのビルを建てたせいで地震が起きたのだという論文が発表されたりで、台湾の人々のなかにも「足場もまっすぐ組めない工事人ばかりのこの国で世界一の高層ビルなんて建てて平気なのか」という思いがあるらしく……最上階ではアメリカのすばらしいCGカメラで楽しい合成写真が作れますよと客寄せしていた。
うちの国のじゃないから安心ですぜ旦那、なんて呼び込みを、普通に一日に何度も聞くのは、どうかと思う。まして地上382.2メートルの高さで、工事中に一度クレーンを落下させている世界一のビルの展望台にいるときには、あまり聞きたくはない。
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台北101公式サイト・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ところで、世界一のビルのわりに、101の展望台では腰にロープをつけることもなく、吹きすさぶ風に生身をさらして歩き回ることができる。飛び降りたりする人がいないように、出て行く人と戻ってくる人の数を厳重にカウントしているが、ガムを噛んでいたことをとがめられたりはしたものの、大きな荷物を持っていても平気で通過できるため、いずれあのビルからパラシュート背負って飛び降りる
冒険野郎マクガイバーが現れることは確実に思えた。
そんな、電気消費大好き、先進的な台湾の方々なのだけれど。
ひとくくりにはできない、そこがその島のおもしろさ。
前回は、島の周辺部の平地でいかに人々が密集して高層化し息苦しい生活をしているかを見つめたのだけれど、それは裏返せば、台湾の領土のほとんどは、人口密度のおそろしく低い、山岳地帯であることを指し示している。
自給自足で、動物と植物に頼って生きるならば、平野が広がるだけの海の近くへと移住するのは自殺行為である……山には、山の恵みがあり、それなくして山の民は生きてゆけない。
台湾の高速道路を走っていると、そこかしこに墓がある。
山の斜面を、整備することもなく、草の生えた斜面のままに建てた、色とりどりの墓。
墓石ではない。
それは、小さな家だ。
死んでなお、山に棲む。
原住民と呼ばれる人々が、台湾には確実にまだまだいる。
彼らは、つい最近まで台湾自治の法にも従わず、部族同士で争って、玄関に敵の首を積み上げたりもしていたらしいが、原チャリ四人乗りをとがめない台湾警察も、さすがにいまでは殺人は許さない。
それどころか、狩りも許さない。
勝手に山を切り開いたりも許されない。
原住民にとっては自分たちの山であろうに、いつのまにやら島は台湾国家を名乗る潮流に乗り、お前たちも文明人になれと強要する始末なのである……彼らの多くは、それでも、いまも山にいる。政府との衝突の果て、保護区域をもうけられ、絶滅危惧種のように「ここから出るな」と申し渡された土地に棲んでいる。
いよいよ、山の民としての生活など成り立たないはずだが、それでもかたくなに山に居座る彼らの多くは、金を稼ぐために出稼ぎに出ている。そして、稼いでは山に戻ってくる。おかしな話だ。山に生かされているからこそ山に棲んでいたはずが、喰うためにほかの土地に出なければならなくなっても、家はここだと、魂は太古からの部族だと……
そこに墓があるからか。
ともあれ、そんな部族が台湾には山ほどいるのだが、そのなかには長い年月のうちに、観光客相手の商売を新たな食いぶちとして開拓し、保護区域を開放して、予約なしで外部の人間を迎え入れる者たちも出てきた。
免税店にデフォルメされたキーホルダーも売っている。
いまでは台湾の名物になった、もっとも人口の多い原住民族。
阿美族──アミ族の村を見に行った。
村といっても、完全に観光スポット。
台湾の半分である2サイクルエンジンを載せたトロッコ列車に乗って、絶景のなかをスイスイ進む。山の斜面には階段もあるのだが、だれもそんなものは使わない。しかしその階段は阿美族にとっては重要なものであると、トロッコ乗り場の巨大人形が教えてくれていた。

阿美族は女系社会で、財産は長女が受け継ぐし、代々、母方の姓が引き継がれる。
彼らの最大の特徴は、女性がデカいことである。
実際、みやげ物屋には観光客と並んで写真を撮るマネキン役の、おそらく村で一番かわいらしい十代の少女が民族衣装で立っているのだが、確かにかわいらしいものの、肩幅の広さたるや天性のスポーツ選手のそれである。日本のアイドル志向な女子プロレスラーなどよりもずっと骨太。並んで撮った写真の私は日本の平均男性の身長があるが、平気でそんなもの見下ろすガタイなのだった。
そして村の象徴として建造されているその像は、阿美族の男たちの過酷な人生を物語っている。
彼らは嫁をもらう……否、婿に入る……そのとき、この像のようにデカい阿美族の女性を背負って山の斜面を登ることを強要される。そのあたりの思想が女系族の女系たる性質だが、大きく強く美しい女たちが部族を仕切っているからといって、男性に奥ゆかしさや慎ましさが要求されることはなく、男どもはより強くなければ家族の一員となることさえ許されない。
デカパワフルダイナマイトボディな女性……つまり阿美族での有力者を、背負って山を登ることのできない種馬は、分相応な小柄で軽い貧乳女性を愛して村の外れでひっそりと暮らさなければならないのである(むしろその暮らしこそ現代都市に生きる男性としては癒しの理想郷な感じだが)。
「あたしに子を産ませる男は、あたしを乗せてふらつくような背中ではいけない」
ラオウが黒王号を愛する理由と同じ。

マッチョにマッチョ好きが多いのと同じ。
阿美族の結婚の儀式の直前は、選んだ種馬に「あたしを背負って山を駈けのぼるだけの」ボディビル筋肉をつけるべく、ハードなトレーニングが行われたことだろう。
いまでは阿美族の大半は平らな土地に暮らし、「大都会の原住民」と呼ばれている。
きっと山を最初に逃げ出したのは男たちであったのに違いない。
見あげれば、裏山にはボロっとした歴史的建造物がいっぱい見える。けれど、そこへと観光客を導く道はない。われわれ外部の者は、トロッコ列車を降りると、彼らの建てた巨大なみやげ物屋に案内される。まあまあお茶でもどうぞと日本語で阿美族は言わない。
彼ら……いや、そこで働くほぼ全員が女性だから、彼女たちは。
自分たちのデカさを知っているのである。
デカいけれど、かわいらしいことも、美しいことも。
代々、女系を貫いてきた血のなせる、女としての威厳が、その身からむせかえるほどに香っていることを、自覚しているのである。
だから、観光客のための言葉をおぼえたりしない。
お茶を飲んでいたら、いきなりテーブルがふたつに割れた。
天板が割れると、そこはショーケースであった。
なかには宝石アクセサリーの類がぎっしり並んでいる……
山でとれた天然物であることは言われなくてもわかる。
すばらしく輝いているからではない。
そこについている値札の数字が、どう考えても山の絶景と素朴な原住民を眺めにやってきた観光客が、テンションがどんなに上がったとしても買うはずのない高額を示しているからである。
「ん?」
阿美族のでっかい女たちが、私を見下ろして小首をかしげる。
いやいやいや……それで売れると本気で思っているのか。
ていうか、売れたことがあるのだろうか。
このあたりでかなりイヤな予感だ。
ほかの土産を見るそぶりで、お茶を辞退して歩き回ることにする。
しかし、どこへ歩いても私の見たものを手にとっては笑顔を作り、うやうやしく掲げて、
「ん?」
と繰り返す女どもがついてくるのだ。
ぶっちゃけ、放っておいてくれて、ゆっくり見せてくれたなら、数千円のトンボ玉などは私の趣味に合わないこともなかったのに……手にとったりしようものなら数人に取り囲まれて「ん?」の合唱がはじまることは目に見えているので、おちおち興味を示すこともできない……みやげ物屋で、客のほうが作った表情で興味のないふりを演じるだなんて……だれかこいつらに接客のイロハを教えてやれよ、と本当に叫びたかった。
私も接客に携わる者として、言葉が通じるなら、説教したかった。
請われるまで待ってこそツンデレ。
鉄則である。
客がすぐそばにいても、相手が請うまでは無視し続ける。
それでこそ必要とされたときに見せる接客スマイルが武器になる。
押しつけたデレなどで萌える客はいない。
きっと、だれにもなにも教わらず、ときどき押しに弱い客がいきおいで買ってしまったりするのを大成功と思いこんで、そこに特化して独自に形成された接客術なのだろう。
彼女たちは、気づいていないが、
「いやあ、あの子たちの接客ったらすごかったねえ、あれで売れたことあるのかな」
と、訪れた全員があとで話に花を咲かせているのである。
つまりは原住民らしい無垢なとっちらかった商売ぶり、そのものが見せ物と化しているのだった。
見る限り、当たり前だがひとつも宝石は売れないまま、観光客たちは「時間だ」と急かされて、みやげ物屋の四階まで連れて行かれ……そこには、立派なステージがある。
事実、そのショーはすばらしい。

デカい少女たちが大音響のなかでミニスカ民族衣装で跳んだり跳ねたりするさまは、一年の行事を追い、彼女たちの人生を追って、物語を綴って見飽きない。
おそろしく歌のうまい女ボスが朗々と歌いあげ、収穫祭の踊りで米が宙を舞い、部族の踊りのなかでも、もっとも盛り上がるクライマックス……婚姻の宴がはじまる。
いやがおうでも密室で大音響で小一時間も汗だくのダンスを見せられたら、客のテンションは上がっている。ところを逃さず、彼女たちは客席をまわって造花のレイを首にかけては手を引き、客をステージに上げてゆく。私も固持したが掴んだ手を放してもらえなくて引っぱりあげられた。みんなで輪になって踊りましょうと誘導していくのだが、あきらかに私に対する思惑が感じられた……まだ私になにか売るのをあきらめていないのか!?
左手に、見も知らぬ外国人のおねえちゃんの手をつながされた。
ああどうもなんだかこっぱずかしいことですねえ、と手をつないだ彼女と苦笑いする。
している間に。
右手に、やたらはっちゃけたテンション高き阿美族の少女が強すぎるシェイクハンドを求めてきて、そのままダンスがはじまって、みんなで手をつないだ輪を大きくしたり小さくしたり……って!!
そこにも独自の接客術。
あきらかに阿美族が、そのダイナマイトなガタイを押しつけてくるのである。
ねえちょっと胸がむにゅってなってるんですけど……と見つめたら笑顔だし。
はいはい、なるほどね、阿美族の男はステージにいないから、観光客の女性には観光客の男性をあてがって、観光客の男性には部族の精鋭たちがその豊満な肉体を武器とするわけですな……だったら私も、左手の彼女に優しくしてあげないとね……って!!
というようなツッコミどころ満載の、せっかく素敵だったショーが失笑ものになる大団円を迎えたところで、音楽が最高潮に達するなか、フラッシュ!! またフラッシュ!! あっちでもこっちでもフラッシュ!!
イヤな予感である。
左手の彼女と目配せして、ここを逃げましょうとステージを降りる。
見れば、そこかしこで同じ光景が……ステージ袖では、阿美族総出でなにか作業に没頭しているのだが、よく見えない……音楽はやまないが、ショーは終わったようで、でも出て行けという指示もなく、むしろ少女たちが出口を封鎖している……ああなにされるんだろうな……
思っている間に、ステージ袖で作業していた全員が客席に乱入した。
手に持った、いくつもの小さな小枝細工の額縁を、眺めては客の顔を見る。
ポラロイド写真だ……
阿美族の少女と胸がむにゅってなるまで密着して撮った写真とか、一期一会のどこかの国の彼女と並んだ写真とか……ていうか黒ずくめでサングラスまでかけている私は、写真を見るまでもなく、あっというまに人物を特定されて、とりかこまれて額縁を押しつけられている。
見れば、にやけた私が写っている。
いるかよこんなもの!!
「あらあ、記念にくださるの?」
世間ずれしていない日本人のおばちゃんが、のんきに言ってはなったが、阿美族と来たらあろうことか、こくこくと頷いている。ちょっとまていまのやりとりは絶対に日本語がわかっているだろう、お前ら出口で写真はサービスだが額縁代をとるという古典的押し売りを村ぐるみでやる気満々じゃねえか!!
「コレ、いくら?」
はっきり訊いたら、ちょっと考えて、小娘が言った。
教育が行き届いていない。
日本円にして千五百円くらい。
つーか、やっぱりこいつら日本語も英語もわかってる。
だいたい、ステージに立っているきれいどころのひとりに、あきらかにハイヒールダコがあったのを私は見逃さなかった……その身長なら、都会でもマネキン引く手あまただろう……出稼ぎして、週末は観光客をカモる。
したたかなり女系部族。
ソーリー、と言って押し返して逃げました。
何人かの気の弱い女性に「いらないの?」と確認して、押し返す手助けもしました。
でも、蜘蛛の子を散らすように逃げまどう観光客たちが、夏日の太陽降り注ぐ外に出て目を細めたとき、かなりの人数が、精算を終えて手提げ袋に入れられた額縁を持っていた。
これを一日数ステージやれば……
そう考えれば、もしかして、最初のあの売れるはずのない高額な宝石を押し売るそぶりは、最終的にその写真の値段を安く感じさせるための布石だったのではないかと。
本当にイヤだったら出口でも客は財布を開かないだろうから。
多くのヒトがあからさまな押し売りであったにもかかわらず、そのポラロイドを買ったということは、その値段なら買ってもいいやと諦めたということなんだからね。
それはそれで、有効な接客術だったのかもしれない。
外国語がわからないふりも、面倒くさいからそれくらいなら払って店を出るかという心理を後押ししている。
その山で、彼女たちでしかなしえない、接客。
都会では絶対に破綻する。
きっと今日の客には二度と逢わない、キワモノ原住民族見せ物女だと自分たちを理解していなければ、決してできない、リピーター獲得率ゼロの接客。
で、こうして、帰ってきて話題にする私みたいのがいて。
また、別の観光客が訪れるのだ。
地球という山を、棲処にしたも同じ。
しゃぶりつくす、したたかな女たちだった。
向こうも必死だから、笑えるくらいに鬱陶しい。
でも、台湾でスモッグ地獄な都市で買い物だけして帰るっていうのは、あんまりにもったいない。
山はキレイでした。
揺れるトロッコにみんな笑顔だった。
遊泳禁止の川で、本気で水泳競技の練習をしている人がいた。
河原では温泉が出て、人々が湯浴みしている。
山道には、どうやって持って帰るんだという大袋に入った乾物が、信じがたい安値で売られている(アガリスク茸とか、なぜ小袋で売らないのか不思議だった。あれだけ観光客がいれば小袋を数売るのが失敗のない道だと思うのだが……おそらく、忙しくなるのがいやなのだ。露天でもやっぱり台湾の店員は無愛想に接客することもなく茶などしばいている)。
観光地になることで、生き延びた。
太古の台湾が、その島の山岳地帯にはまだまだまだ。
今年の初め、中国新聞社が伝えたところによると、台北で遺伝的にまったく手足の指紋がない一族が確認されたという。
川口浩隊長も猛毒ハブ異常大群団と台湾で死闘を演じていたし。
台湾には、まだまだまだまだ、あるのだ。

キテレツとは、
♪奇妙奇天烈摩訶不思議奇想天外四捨五入出前迅速落書無用の略だが、
それはさておき、
♪矛盾の中で生きてる 、というような風景だったわけで。
バイク仲間とメールで話していて、なんかこの季節になると走っていて空飛んでいる気になることがない? と問われたのだけれど、私にはそれがあまりぴんと来なくて、そうしたら彼女が、ほら背中から羽が生えたみたいな、と言うので、ますます私のなかでは違う感じになってしまった。
私の書いた小説のなかに、背中に自分が殺したクリーチャー猛禽類の羽根を移植して天使になりきる少女、というキャラが出てくる。好戦的で、とても壊れていて、書いているうちに私は、その少女の羽根をもぎとることにした……どんなに願っても、ヒト型生命体では、背中にどれほど大きな羽根をつけたって、飛べはしない……だったら、その少女が真の意味で「飛ぶ」ためには、羽根をつけて飛んだ気になっているだけではダメなのだ。その羽根をなくしたとき、彼女は初めてなにか意味のある思考を見つけるだろう、見習い天使の世界から追い出された、絶望感のそのうちに。
どうも私にとっては、背中の羽根というのは飛べない理由のように思えてしまう。
と返信を書いたら、彼女が言った。
そうね羽根というよりもナウシカの空飛ぶ機械みたいな感じ?

それには私も、激しく同意できた。
世の中には、車に乗ると口が悪くなる人がいる。
バイクに乗ると、公道でレースしたがる人がいる。
かくいう私も、高速道路ではヘッドライトがミサイル発射装置になって、もしも私の妄想が現実化したなら、私の通ったあとは大破した車の残骸が転がる焼け野原だけが広がっているであろう、そういうドライバーだ。
エンジンは、外部筋肉になりうる。
ハインライン先生が描いたように、パワードスーツはヒトに力を与えると同時に、狂わせる。本当に強い人は優しい、という理屈は、自らで自らの肉体を鍛えあげたボクサーはその力がどんなに特別で強大なものかをわかっているから他人を破壊さえできるその力をみだりに発揮したりはしなくなる、ということであって。パワードスーツも、破壊兵器も、ウィルスも、一朝一夕に手に入れてしまった力では、ヒトは狂うだけだ。
戦争をとめるための力がまた戦争を生む泥沼。

台湾は矛盾に満ちている。
象徴的なことに、台湾にはバイクが多い。
それも大型、中型の類はまったく見ない。
総じて原動機付き自転車。
正確には、小型自動車でなくエンジン付き自転車。
本当に、自転車感覚の量である。
けれど、走るのは車道なのだ。
どういうことになるのかは、あきらかである。
まともに車は走れない。
地図を見ればわかるが、台湾はひとつの巨大な山であり、そのふもとの限られた平地で高度な都市が建造されている──限られた土地なので、ビルは高層化し、都市部の地価は跳ね上がる。その結果、なにが起こるかもあきらかである。
台湾の都市に、駐車場はない。
本当にない。
ホテルにまで、ない。
駐車場は、割に合わないのです。
でも、人々には生活がある。
現代都市で、徒歩の生活はつらい。
あげく、どうなってしまったかといえば、駐車場所を取らない原動機自転車がおもな交通手段となり、子供から老人までバイク乗りになったのだった。
とはいえ、バイクだって駐輪場所はいる。
駐車場でさえ割に合わない都市で、駐輪場なんて当然だが、ない。
で、どうなるか。
台湾の半分は2サイクルエンジンでできている。

誇張でなく。
すべての歩道の半分以上は、駐輪場所になっている。
バイク乗りとしては信じられないことに、みんな、そのあたりに原付を停めては、ちょっとした買い物に行ったりする。カギをかけずに。まさに自転車感覚。もはやそれはひとり一台以上の当たり前の道具であり、それを盗むやからも存在しない。
バイク天国だ。
と、言えないことは、これもあきらかなことで。
高層ビルが乱立する都市に、風はない。
そこで走っているスクーターたちは、現代の日本で主流となっているような、燃焼効率の良い4サイクルエンジンを積んでいたりはしない。昭和の時代に主流だった、農機具の延長線上にある、黒煙ばらまく2サイクルエンジンである。
台湾の都市に、空はない。
アトピーだのなんだの、神経質になった日本人には想像もできない、排気ガスの霧に覆われた車道を、黒煙まき散らしながら、途切れることのない原動機付き自転車の群れ。毎日の通学、通勤、買い物、生活のすべてがそれで動いている。
今度のオリンピックで大気汚染のために中国に行きたがらない選手が大勢いるそうで、中国政府はオリンピック期間中の大規模な工事を全面停止すると発表したが、あの国も、台湾も(という書き方は政治的に微妙だが……)、あきらかに大気を汚しているのは工事よりも多すぎるヒトであり、彼らの消費する移動機械で油の燃えた結果だ。
まして、台湾の都市は狭い。
空なんてどこかへ消えてしまった。
さすがに、肺が痛まないわけがない。
移動のために普及したスクーターがとめどない渋滞を起こし、ヒトが生きられない大気を作り出す……でも、人々はそこで生きる。
矛盾のなかで生きてる。
矛盾に対抗するために、台湾の人々は、ある秘密兵器を装着している。

この『台湾旅行記』の初回で使った写真だが、先頭の男性の顔が黒いことにお気づきだろうか。ちょうど後ろを向いているために写っていないが、前の女性は顔がピンクである。バイクを運転する者にとってのそれは必需品。
秘密アイテム『奇天烈マスク』!!!
なにが奇天烈か。
柄である。
誇張ではない。
台湾のバイク乗りの大半が顔に装着しているそのマスクに、白い色はいっさいなかった。
日本の薬局に売っているような、使い捨てのマスクではないのだ。
布製である。
昭和の暴走族が着けていた、あれ。
なぜだか奇天烈なことに、モノトーンなファッションのオシャレさんであっても、マスクはけばけばしいまでに込み入った柄入りなのである。
市松模様とか多かった。
まさに珍走団のおもむき(昭和の時代、奇天烈な格好で奇天烈なバイクを乗り回す暴走行為に従事する者を「珍走団」と呼べば、彼らが自らの珍妙さに気づいて行為を離脱するのではないかという運動が推進されていた。昭和豆知識)。
一日、台湾で過ごした夜に、私は決意したのだった。
「おみやげに、あの奇天烈マスクを買って帰りたい」
あくまでお土産に。
自分で着ける勇気はない(笑)。
しかしこれが、さがせどもさがせども、ない。
コンビニにもスーパーにも、ない。
失望しながら街を歩いていると、とある店が目に入った。

「バイクショップだ!!」
喜び勇んで店に入ったのだが、それは勘違いだった。
その店には、ノートや消しゴムしかなかった。
それも、サンリオのキャラクターものだったり。
そう……この店構えで、ファンシーショップ。
ヘルメットとグローブを前面に押し出す少女のための店。
どれほどまでに台湾で原付が普及しているかがわかるというものである。
だったらここに、ハローキティ柄の奇天烈マスクが売っていたかといえば、それはない……そりゃそうだ、正規ライセンスでディズニーや二十世紀フォックスが奇天烈マスクなど作っているわけがない……ひとつの疑念がわきあがる。
「奇天烈マスクは、手作りの品なのではないだろうか?」
小学生の背負うナップサックがだいたいにおいてヘンな柄だったりするのは、子供の洗練されていない要求に、縫う父母が「まあナップサックだし」と受け入れてしまうからだったりする真実の法則にのっとって、台湾では「まあ奇天烈マスクだし」。毎日着けて、汚れたら捨てる品だし、適当に遊んでおこうとだれもが考えた結果、みんながみんな奇天烈な柄を着けることになってしまったのではなかろうかと。
思ったそれは、たぶん真実。
それくらい、奇天烈マスクは売っていない。
でもなあ、ぞうきんだって、ナップサックも、基本は手縫いだけれど、街のどこにも売っていないってものじゃなかろうさ……どこかにあるだろう、どこかに……
思いつつ、訪れた九份で、ひらめいた。
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『台湾旅行記・非情なるジブリの町』のこと。
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偽たまごっちがあるなら、偽サンリオ商品とかもあるだろう。正規ライセンスではない、勝手に作った奇天烈マスクだってあるに違いない。そしてさがしたのです。しかし、やはりここにも売っていない……なぜ? こんなに道行くだれもが顔に装着している奇天烈マスクが、どこにも売っていないっておかしくない? もしや現地人だけの知る地下ショップや、パスワード必須のウェブ販売とか、そういうシロモノなのか、実はなにかしみこませてあるとか……
(台湾には、アジアの肉体労働者や運転手がむかしから愛用する檳榔(ビンロウ)なるものがある。街の薬局にそっと看板が出ていたりするのだが、台湾の道路にときどき赤い染みがあるのは、これを噛んだときに生じる唾液を愛用者が吐き出した跡だ。発ガン性があり、アルカロイドを含む。むろん依存性がある、噛みタバコのようなもの。台湾のタクシー運転手が、ときおり窓を開けて唾を吐くのは、くちゃくちゃやっているのがガムではなく唾液を飲んだら胃が荒れるビンロウで、その中毒者な証明である。覚醒作用があるので眠気が消えるのですね)
中略。
結果としては、夜市のやっぱりファンシーショップで、キャラものをひっそり売っていた。
それを買って満足しました。
結婚して新居に移って、ぬいぐるみで寝るところがないとなげく、スヌーピーコレクターの彼女に、だめ押しの、これ。
この画像いいのかなあ、たぶんダメだろうなあ、といいつつ、訴えられるまで載せておきますが(世界の特にアジアの片隅で知的財産が不法に侵害されている状況を明確に発信するための資料です)……ぜひ、花粉症対策などに使っていただきたいものです。コレクターとしては、どう考えてもパチもんなので、嬉しくないお土産かもしれませんけれど。
綿100%ですよ、パチのくせに品質はうたっているのが涙ぐましい。
ちなみにあとで調べて知ったが、台湾に原動機付き自転車の教習所というものは存在せず、原付の運転自体が、役所への個人申告だけなのだとか……独学で運転してんだよみんな……まさに自転車。そういうことなので、申告せずに無免許で乗っている人(多くは十代前半)もいっぱいいる。あれだけの数が走っていては、個別に取り締まることなど不可能だから、無免許も公然の秘密なんだな……四人乗りもとがめられないんだから。100cc越えるバイクがまったく見あたらないはずです、お父さんに教えてもらっただけで原付が乗れるのに、あえてバイクの免許取るやつなんていないよ。だいたい、スクーターで端から端まで走れちゃう島なんだから。
まあ、日本も、ちょっと前まで、車の免許に大型バイクの免許ついてきていたんだものね。いまでは交通量が増えて、原付はともかくバイクを運転するのに高度な技術が必要となったから、専用の免許になったんだけれど。
しかし、そう考えると、すでに台湾の都市は、技術なくして走れる交通量ではなくなっていると思うんですが……そのへんがお国柄というか、おおらかさだ。高速道路でのバイク二人乗りは解禁すべきか否か、なんて数年前まで日本ではやっていたわけだけれど、そもそも台湾の議会に、そういう議題自体が提出されることがないんだろう。問題が起きていないなら放置、現状維持。
……そうして、車の走れない原付地獄の道路ができあがったんだね。
私には飽和状態に見えたが、まだまだ問題にはならないレベルってことか。
奇天烈マスクごときで、健康が守れる大気ではないと思うが。
アスベストは体に悪いとわかったのでいままで使ってきたけれどぜんぶ撤去しましょう、みたいな感じで、肺が痛くなってきたのでスクーターを捨てましょう、といっても、後戻りできないに違いない。
台湾のその姿は、地球の行く末の縮図に見えた。
観光が命の島なのに、街は排気ガスで真っ黒って……デリケートなスポーツ選手たちが「大気汚染NO!」とイヤな顔してオリンピックさえ辞退しかねない状況でいるのを見て、ちょっと考えたほうがいいと思います。
慣れと、無知って怖い。
デリケートな私の目に、奇天烈マスクは、物陰に隠れたら放射能から逃げられると信じて行動する『風が吹くとき』の老夫婦を想い出させました。
台湾のほとんどは澄み切った自然なのに、急速に発展した狭い都市部で考えなしに増えていくヒトたちが、もはや樹の呼吸で元に戻せない毒を空にまく。
空はつながってんだと、子供でも知っていることを。
大人になると、なぜわかんなくなるんだか。
いまでは立派な電車も走っているんだから、なにもみんなでバイク通勤することないと思うんだけれど……やっぱり免許はテストして与えるとか、ガソリンをウイスキーなみの値段にするとか、やったほうがいいと思う……みんな奇天烈マスクしてるってことは、ぜったい平気じゃないからなのに。
手にした力に、滅ぼされてゆく。


学名: Ficus microcarpa L.f.
通称: India Laurel Fig
現地の漢字表記では「榕樹」。
しかし日本人には、こちらの名のほうが通りがよいだろう。
「ガジュマルの木」
真っ赤なカラダの少年の姿をした精霊、キジムナーが棲むと言われる霊木である。
写真を撮ったのが夕暮れなので、台北市樹木保護自治条例によって保護された長い年月によって育まれし巨体の、のしかかってくるような巨大さは感じられても、細部は見にくいかもしれない。この樹木の最大の特徴は、近づいてみればよくわかる。
気根、だ。
日本語でも、気根。
読んで字のごとく、大気に向かって生える根っ子のことである。
土の中ではない、水の中でもない。
大気のなかに大きく育ったその幹から、なぜか根が伸びる。
そしてその根がみずからに巻きつき、からまり、年月を重ねて巨大化したその複雑怪奇な形状には、神々しいまでの自然のわけのわからなさが顕れて、太古の人がそこに精霊が宿っていると思いこんでも、なんら不思議はないと納得できる。
ところで、空中に根の生える、まるで宙に育っているかのような巨大樹の姿に、この映画を連想する人は多いだろう。

『天空の城 ラピュタ』
言わずと知れたスタジオジブリの傑作。
実際、あの城を破壊するほどに巨大な樹木がガジュマルではないかという疑問はジブリ関係者に向けられたらしいが、そこは夢紡人たちよ、彼らはそのモデルがなんであるのか、明言は避けている。
さすがは世界のジブリ。
世界のディズニーも、プーさんはあくまでぬいぐるみであって本物のクマではないから、本当はハチミツさえ食べる必要はなくて、ほかの生き物(特にヒト)を捕食したりはしないのだと世界の子供たちを安心させているが、きっとジブリサイドも台湾の子供たちがいつかガジュマルが気根をのばし台北の高層ビル群を崩壊させてしまうのではないかと、怖れないように言葉を濁したのに違いない。
そんな気ぃつかい……もとい気配り上手なジブリでさえ、その階段にかんしては、そこがモデルだとはっきり認めたという……
「九份」。
台湾読みではジウフェン(Jiufen)だが、現地のみやげもの屋のヒトも「キューフン」と言っていたので、そっちでいいんだと思う。だいたいにして、その街そのものが、観光客を中心にしてまわっている。観光客に日本人が多く、その日本人がそこをキューフンと呼ぶのなら、彼らの街の名はキューフンなのだ。
なぜ日本人が多いか。
それはその町並みが、はっきりとジブリの認めた『千と千尋の神隠し』のモデルだからである。ていうか、別にジブリが認めなくても、トレースしたように同じ風景が出てくるので、映画を観た記憶の残っている人なら、訪れればすぐにわかる。

風景の写真などは、もうどこを撮ってもなんだか赤みがかった写真からもあったかいようなすっぱい匂いが漂ってくるようなものに勝手になってしまって、被写体の持つ力が撮影者の意図を凌駕してしまうため、だれが撮っても「これぞ九份」というものになる。
というわけで
Wikipedia『九份』を読んで、その写真と文章から受けた印象が、まさにそのまま九份の町そのものです。
ちゃんと店構えがあるのに、屋台街のよう。
でも郵便局がある。
そこは人の住む町なのである。
寂れた金鉱という、あまりにもありがちな事情によって廃墟となりかけた、山の斜面を切り崩して作られた階段と坂しかない町が、二十世紀も終わりかけたころになって、土産物屋だけで構成される稀代の観光名所として息を吹き返したのには、映画の力があった。
むろん、その後の『千と千尋』の貢献も大きい。
けれどやはり九份は、『悲情城市』の町である。
いや、こう言っていいだろう。
トニー・レオンの町である。
あの寂しげな瞳のアジアの綺羅星の町だ。
いまでも、その町には『千と千尋』ではなく『悲情城市』のポスターがそこらじゅうに貼ってある。
町の人々にとって、それは、九份を救った、いまの九份を作った、創造主ともいえる作品なのだ。
しかし、観光客のほとんどが、もう『悲情城市』のことを知らない。
その日も、多くの観光客が九份を訪れていたし、私も頼まれて何組かのカップルが、並んだ姿にシャッターを押した。山の斜面に急勾配の町……景色はいい。笑顔の恋人たちが、台湾の広大で雄大な山々の前で、並んで笑ってた。
いまでは、タマゴとヒヨコが逆転している。
映画を観て、集まった人々のために、廃墟を改装して次々に店を開いたのが、いまでは映画を観たことのない観光客に、他で類を見ない密集した土産物屋町としてたのしまれている。
いや、私も『悲情城市』の公開当時は十代もなかばだった。
台湾の政治になど興味はないし、その後観た『悲情城市』についても、内容をはっきり理解できたわけではない。そもそもがわかりにくい映画だし、日本に占領されていた地の人々が自分たちの国である中華民国を立ち上げるという内容は、血の気の多いガキが、神妙に見つめておもしろいものではない。だいたいにおいてその当時、映画に出てくる日本人は、総じて悪役になりつつあった。フィクションでさえそうなのに、そのうえ、ヒールとしての歴史的事実を、自ら好んで摂取したがるほど、私も鈍感ではなかった。
けれども、私は『悲情城市』を観たことを忘れなかった。
そしてそののちも、いくどか観た。
ヴェネチア国際映画祭、金獅子賞の受賞作である。
暗い映画だ。
立ち上がって拍手したくなる内容ではない。
でも、観た夜に、想い出すのだ。
トニー・レオンを。
私も、そうだった。
香港映画のトニー・レオンを追って『悲情城市』を観たのである。
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『人々は恋に落ちる』の話。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、スタイリッシュな映画のなかにはいない、彼を見た。
ただ魅力的なのとは違う、演技という専門技術で、観客の心をねじり回す……それも瞳の表情ひとつで……役者としての、力量の高さを見せつけられ、魅せられた。
アジアの気高さ。
アジアの美しさ。
土産物屋の建ち並ぶ、偽たまごっちや、パチもんのプリキュアグッズや、つくね団子汁の湯気と、メイドインチャイナと刻印された台湾土産たちの洪水なのに、なぜだか、うら寂しい。
抱きしめたくなる愛くるしさが、九份にはある。
けばけばしいのは、哀しみを隠すための化粧。
とてもとても小さな町。
すこしだけ町の中心をはずれたら、自然だけがある。
『千と千尋』も、その世界観にのっかったんだろう。
そこには強烈な色とキャラクターが詰まっているのに、そこは「人々が訪れる場所」で、郵便局はあるけれど、ホテルはない。午後のひとときを、歩いて、なんかつぶつぶのはいった杏仁豆腐の味のドリンクを飲まされたり、十年くらい売れていない大人のオモチャなのか健全なヴァイブレータなのかわからない電動装置が試用した観光客の手垢にまみれていよいよ売れるはずのない姿になっているのを見たり、魚丸という名のそこら中で売っているつくね団子を食ったり、そういうことをしながら迷子にならないように手をつないでおこうとおじいちゃんとおばあちゃんがい歩きにくい石畳に苦戦していたりするのをこっちも手をつなぎながら眺めて微笑ましくなったりする、そういう場所だ。
そういうだけの場所。
そこからの広がりはない、観光地の最果て。
町のふもとの、道路に面した食堂は、閑散としていた。
観光客は歩きながらすべてを食す。
町の住人は、魚丸汁に飽き飽きしているが、どこかほかの土地に行くこともあきらめて、今日も魚丸をまるめているのだから、食堂になど来ない。
まさに、それは映画でも撮りたくなる風景だった。

「コメに謝れ!!」
と、ガイジンの頭を皿のライスに叩き込みながら叫ぶ『男たちの挽歌2』のチョウ・ユンファが、いますぐこの食堂で暴れて欲しい。
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『チョウ・ユンファが好き』のこと。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あの食堂を想い出してしまったのである……ガイジンの世界で、ガイジン相手に商売しながら、自分たちの誇りとはなんであるか、自分たちでもあやふやになってきて、だからふとしたきっかけで、孤独なアジアが叫ぶ姿。
それでもおれたちはこのおれたちの居場所で生きているのだ、と。
古びた「魚丸」の看板に思う。
屋台では「牛角」と書かれたクロワッサン(牛の角に似ているからだろうね、信じがたいネーミングセンス)が大流行りであった。でも売れなくたって九份に魚丸は必要で、だれもがもう忘れていても『悲情城市』のポスターが必要なのである。
それは、叫びなのだから。

……とかいいながら、女性陣のためのお土産に、九份でチャイナ服のカードケースをいくつか買いました……口紅ケースやナプキンケースも同じシリーズであったのだが、あんまり生々しいしねぇ。ていうか、チャイナドレスは台湾で一時期大流行して、それ以来、仕立て屋や、こんな小物にまでデザインが使われるようになったらしいのだけれど。それって独立を叫びながらも文化交流は望んでやまない、いまの台湾の政治そのままだなと思ったり。
日本のマンガ読んで、中国の服着て、昔ながらの魚丸団子売ってみる。
台湾の歴史を描いた台湾の映画に出ていた香港のスターのおかげで中国からの観光客で一儲け、それが忘れられたころ、日本のアニメ映画で一儲け。
そういうしたたかさが、台湾の良いところだと、実に実に。
台湾行くなら『悲情城市』はぜひ観ておいたほうがいい。
と、すすめてみよう。
台湾料理ってなんですかと台湾の人に尋ねたら、なんだろうねえと首をかしげるので、だったら台湾料理を食べたければどこに行けばいいですかと台北のホテルマンに尋ねたら、この店だと断言された。
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『好記(ハウチイ)』公式サイト・・・・・・・・・・・・・・・・・・
有名な店らしい。
「五星級便所」と看板に書いてある。
便所……うーん、日本人の感覚では、くいもんやにその称号はなんだかだが、同じく中文でホテルは「飯店」と書くように、きっと宿屋はメシ屋でメシ屋は便所ってことなんだろう即物的だなあ、と感心していましたら、実は本当にトイレが五つ星級の店だった。
で、看板には、もっと大きく別の称号も書かれていた。
「毎天賣出2000椀的鮮湯擔仔麵 只賣35元」
擔仔麵(表示されていますか? 日本語表記だと「担仔麺」と書く)というのは、台湾だとターアーミーと呼ぶようだが、日本でも名古屋あたりで台湾ラーメンなどと呼ばれる同種のスープ麺が存在するらしい。エビ出汁、肉そぼろと、もやしのトッピング、味噌味でピリ辛。あっさり風味の担々麺的な細茹で麺の椀である。
ちなみに台湾の露天で「$」とか「元」とか書いてあるのは、ぜんぶ同じ単位で「ニュー台湾ドル(TWD)」のこと。本日08年エイプリルフールのレートでは、日本円3.79円がTWD1$なので、ターアーミー1杯が、今日は約140円で食べられることになる。
と、いうわけで、様々な国からやってきた貧乏バックパッカーどもが、台湾料理の代表的名店なのになんてリーズナブルと集まってくるのだろう。餃子一日100まんこのノリで、そこまでうたうなら今日も2000杯作らせようじゃないか、私も食べようじゃないかと、ターアーミーをお約束として注文したら。
やたら早口のおばちゃんが、突然にカタコトの日本語を喋った。
「ちっちゃいよターアーミー、ちっちゃいね」
この店、道路に面して思い切りオープンな造りで、店に入る前に店頭でプラモデルの料理見本を指さして一通りの注文を済ませてから席に案内される。きっとおばちゃん、台湾ラーメンの名店にやってきた日本人がそれだけ頼んで席に着き、運ばれてきた椀の小ささを見て激昂するのに、何度もつきあわされてきたのに違いない。
心配するな、私は喰うよ。
というのも、夜市に行ったはよいものの、台湾の屋台ときたら恐ろしく杏仁豆腐の甘ったるい匂いに満ちていて、やたらイノシシ肉と血のカタマリみたいな料理(?)が多く、日本人目当てなのか、驚くことに屋台で生魚のにぎり寿司まで売っていた。
はっきり言って、屋台でなにか食う気にはなれないのである。
そもそも、生水にも気をつけろという国だ。
胃腸のデリケートな日本人には見るからにキツそうだったもので、めっきり歩き疲れるばかりで非常に空腹なのだった。
(それでも、肉まん的なまんじゅうをいくつか食べたんだが……きちんと包装されていない肉汁これでもかな小籠包を歩きながら食うと、どうなるか。帰国後、三回洗濯したが、お気に入りのTシャツには肉汁油染みが残ったままである。いかにもぶしゅう、と胸にたらしましたという染みなので、とうてい着ることができん。たいていの油染みは60度のお湯で洗うと溶けると言われるが、イノシシ肉汁は強敵だ)
で、腹を空かせていた私がおもむろに数皿選び出すと、また日本語の単語を連発。
「これ、これ、同じ、ノー」
「なに? いや、これと、これ。ぜんぜん違う料理やん」
「これ、これ、同じ」
「ノー、これ、これ」
「同じ、トリ」
……なんなんだよ。
鶏肉好きなんだよ。
強行に注文を通してやった。
わかってる、お気遣いありがとう、ちゃんとそちら自慢の海鮮も食べますよ、とアピールして見せたら、またまくし立てる。
「やさい、やさい」
……きみはボクのおばあちゃんか。
野菜料理も一皿頼めということらしい。
とはいえ、生野菜のサラダなんかはない。
台湾のどこの店に行ってもこれでもかと出てくる、ほうれん草のニンニク炒めをおばちゃんは指さしている。
んじゃまあそれで。
ていうか、このほうれん草炒めが実は台湾の代表的料理なのではないだろうか。
昼に食った小籠包の店でも、小籠包しか頼んでいないのにつきあわせで出てきた。
実際、美味いので良いのですが。
ようやく注文を終えて席に着き、ビールを頼む。
これもどこに行ってもビール頼めば聞き返されもせずに出てくる、台湾ビール。
台湾ビールには、ゴールドタイプもあると聞くが、いつも訊ねられもせずにこれが出てくるので、わざわざこっちじゃなくてと言いなおすこともせずに、結局こればかり飲んでいた。
油っこい料理に最適な、発泡酒のようにライトなビールです。
これ自体を味わって飲むようなものではなく、まさしく水代わり。

まったくアルコールがダメな妻がソフトドリンクを欲しいと言う。水は出てこない。出されても、水道水は避けたほうが良いと言われる国で、素直に出されたグラスの水を飲むこともできないし。さっきのおばちゃんをつかまえて、ドリンクのメニューを見せろと言うと、おばちゃんは長文になると日本語がわからないようで、しかも英語はもっとわからないため、意思の疎通が、はかれない……きっと、ここで諦めて喉渇きながらもなにも頼めず食う人も多いのだろうなと思っていたら、なんだか店の奥、あの五つ星便所のほうから、小綺麗なスーツ姿の女性が現れた。
「もうしわけありません、なにかご入り用ですか?」
完璧な日本語である。
あれ、この人どこかで……
ああ、店の柱にべたべたと貼ってある写真のなかで、いろんなヒトに肩を抱かれている女性ではないですか。
冒頭リンクの公式サイトでも
「トップページ > 好記圖庫 > 日本明星」
で、この店を訪れた日本の明星たちの写真を見ることができます。が……いまはいずこの細木数子以外の明星たちがだれなのか、かいもくもってわかりません(笑)。
ともあれ、このお方はこちらの巨大店のエライ人に間違いない。
なるほどねえ、こうやって毎日店に顔を出して、気さくに客に話しかけるからこそ、香港スターたちとも並んで写真が撮れるのですな。じきじきにソフトドリンクの注文を受けてくれた。接客は笑顔だ。
余談だが、台湾の店員はどこ行っても無愛想である。
料理屋にいたっては、なにか訊くたびに「あ?」とまんまるく口を開けて返される。外国人向けに萌えウェイトレス衣装を着けさせられたカフェの店員までそうなのだ。日本のメディアにこれだけ触れていて(ホテルのケーブルテレビでは獣神サンダーライガーとケンドー・カ・シンが闘っていた。朝はNHKを見られるし、夜はバリバリバリューを見た)、なぜとりあえず笑顔のタレント性が身につかないのか、実に不思議。
さて肝心の料理ですが、まったくもって美味し。
料理の写真は公式サイトのほうで見ていただくとして(と書いてからサイトをチェックしてみて気づいたが、これ、プラモデルを撮ってるな……なに考えているんだ、実際の料理はやけどするほどアツアツで、湯気もうもうです。なんてセンスのない公式サイトだろう…….twのウェブ文化、まだまだ.jpには追いついていませんね、どこのページも妙に重いし。魅力がつたわらない)、なんのかんの言って肉や魚が美味ければどうやったって美味いのだ。台湾料理と言われて、現地人が首をかしげるのもよくわかる。基本、石焼きであり、鉄板炒めであり、蒸すだけ。素材ありきの中華の基本なのである。名店においてさえ、屋台料理の延長線上にある。でもやっぱりガイドブックにちゃんと載っている店のほうがいい。

向こうの屋台が日本の屋台となにが違うといって、発電機のうるさい爆音が皆無ですから。素材が命だが、屋台で冷蔵庫を使うという発想はない。時節柄、呼び込みの兄ちゃんたちが、
「ここ台湾ね、中国ちがう毒餃子ないねー」
と笑顔で連発しているわけだが、その屋台には普通に殺虫剤の缶が置いてあるのだな、これが(笑)。
担仔麺は事実、これでおなかいっぱいになろうと思えば十杯は喰えるという感じです。名物料理だというけれど、ほとんど、ごはんのついでに出てくる味噌汁感覚。ほぼ全員が一杯は喰うから、そりゃ2000杯もダテではない。
現地に駐在している外国人たちは、カバンからミネラルウォーター出したりしていました。店の人も別になにも言わない。経営方針も屋台の延長なのだな。
そんななかに、日本人の現地ビジネスマンらしき一団がいて。
聞き耳を立てていると、接待相手を店の奥まった、あの五つ星便所のほうに連れて行っては、カメラのフラッシュを光らせている。なにあのふしぎ行動? と見ていたら、なにやら戻ってきた人たちが妙に神妙な顔。
この店、どんなガイドブックを開いても間違いなく載っている有名店なのだけれど、なんらかのアトラクションが行われているというような記述はいっさい目にしない。まさか、あの五つ星便所になんらかの秘密が……もしかして、北米のハードボイルド小説ではよく記述される、バーのトイレにコイン数枚で「処理」してくれる美女がいるとかそういうような……ふあ! まさか「五星便所」とはそういう隠語なのか、戦後の日本がそうであったような闇歴史がいまここに……で、五つ星便所に、実際的なビールの飲み過ぎで足を運びつつ、彼らがなにを取り囲んでいるのか覗き込んでみますと……ふあ!!

なんなんだろう、彼は。
完全に、現地ではこの店の象徴のようにみなが写真を撮っては手を合わせているのだけれど、どのガイドブックでもまったく言及されていない、店側もまったく目立たない場所に隠すように置いている、だけれどもあまりにインパクトのありすぎる、この生き人形は……
守護天使、か。
どれほど位の高い僧なのかしらないが、モデラーも、こんなじいさんの毛穴まで再現する仕事をよくもやったものだ……体長20センチ、ガラスケースで堅牢に守られている。どのガイドブックも触れないのは、目の前にしてもまったくこれがなんであるのか不明であり、そのくせ、あきらかな超絶技巧によって製作されているという事実から、ひとつの言葉が頭に浮かぶからだろう。
触らぬ神にたたりなし。
というわけでホテルに帰り、寄り道したコンビニで買ったウイスキーのつまみのビーフジャーキーのつもりだったものが、じつはこれもイノシシ肉であったことに気づきながら、駄菓子屋のあんず味の本当に肉なのか疑わしいながらもタンツー麺の二倍以上の値段がするジャンクフードを咀嚼しつつ。

料理よりも、生き人形の無表情が頭に残っていた。
目を閉じた姿なら神々しいのに。
なぜ見る者を凝視する、そんなホラーな造形にしたのかが、まったくもって謎。
それはともかく教訓。
Tシャツは汚れてもいいものを着ること。
夜市の肉汁染みに続き、石焼きエビの蒸気、担仔麺の赤い飛沫……
洗うのも面倒くさい。
捨てられるシャツ着てくりゃよかったと、本気で思った夜なのでした。
台湾の厨房で働くのって、痩せるだろうなあ……
台湾人はある意味、蒸気で動いているのですね。
髪の毛までエビの匂いがする。
新婚旅行には向かない国だな……
おみやげに、からすみとXO醤を買ったから、
みんなこんどウチに遊びに来たときに食いませい。