最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ





 旗を振ったかいがあったというものです(笑)。
 馬英九新総統の誕生です。

 中華民国の新総統?
 いや、台湾の新総統とお呼びしたほうがよいのでしょう。
 中国、中華ではなく台湾だというのは、独立思想のようにあつかわれてきたのだけれど、馬英九の言動によって、その思想はなんだかものすごくやわらかなものに変わってしまった。
 中華でなく台湾だけど、だからこそぼくらは自由だ放っておいて。
 台湾は、ますます独自の思想を補強して、他に類を見ない道を歩んでいくことでしょう……日本も、世界に誇る独自路線の平和国と呼ばれる……呼ばれていた。それは、他国に滅ぼされかけた経験を持つ、島国だからこその発想だとも言える。

 隣の強国に、攻め入られれば逃げる場所などない。
 だからといって、広大な土地と多くの国民を有する国々と、真っ向から戦って圧されないだけの軍隊を持とうと思えば、国土のほとんどを軍事基地にでもするか……兵士の体細胞に悪影響のあるビーム兵器を搭載したヒト型ロボを覚悟して操縦するか、地球を死の星に変えられる兵器を持つしかなくなる。

 かつての台湾総統選のさい、中国はあまりに露骨な武力誇示をしてみせた。
 中国からの独立をそんなに大声で叫ぶなら、こっちも黙ってはいないぞよと、脅しをかけたのである。あわや戦争突入かということで日本の軍隊……もとい平和国家の自衛隊も、戦争になっちゃったらどうしようかぼくら戦争したことがないのにと大あわてだったと聞くのですが。
 今回も、日本の自衛隊はウチの近所でなにか起こって巻き込まれて大変とピリピリしていたものの、ふたを開けてみれば、選挙中も終わっても、中国が台湾を威嚇するような出来事はいっさいなく、馬新総統(就任は五月)は、しごく平和に万歳と叫んでいたのでした。

 それもそのはず。
 いまだに国防費を二桁成長させ続ける中国に対し、台湾は、年々、軍隊を縮小させている。いまではもう、あっちが本気になれば、どうやったって勝てやしない腕力の差ができあがっているのですもの。
 小指で倒せる相手がなにを叫んでいたって、強い者は本気になったりしない。
 それは信頼ではなく、勇気の問題。

 日本も、いまだってそうであるはずなんだ。
 戦わない。
 攻められたら滅びる。
 でも軍隊はいらない。
 ミサイル買うお金があったら、この狭い島国でつつましく生きる民衆の、毎日がちょっとでも幸せになることに使うほうがいい。

 馬英九が国民に選ばれた。
 民衆のほとんどは、たぶん彼がカッコイイから選んだのである。
 それでいい気がする。
 台湾も、きっと徴兵制なんてなくなる方向に進むんだろう。
 それを「国が弱くなる」なんていうのは、バカな理屈だ。
 世界が平和でありますように。
 世界中のミサイルをなくすには、どこかの国が。
 軍隊を捨てる勇気を持たなくちゃ。
 
 というわけで。
 台湾に行ったら、これは見とかなければと数年前まで言われていた、でっかい建物は、いまではあんまりおもしろくもない寂れた場所になっていました。

 中正紀念堂。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 『中正紀念堂(台湾民主紀念館)』公式サイト

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 偉大なる蒋介石の銅像も、以前は衛兵たちが守りをかためていたそうですが、いまでは本当にただの記念館。広い公園のなかの片隅に鎮座まします巨大な銅像……ある意味、大仏像のような神の位に昇華したともとれますが、強制的な徴兵制によって構成される現在の軍が、蒋介石の像を守るのをやめた、というのは台湾のなかでも賛否両論な人物であるのだなあ、と感じさせます。中華民国の祖であり不世出のリーダー……けれど言い方を変えれば独裁者、そこに辿り着くまでにはテロリストとも呼ばれていた。

 旧日本軍の軍人墓地などは、次々に整備されていまでは市民の憩う大公園になっている。台北を歩いていると、一等地にやたらと公園があったり、おそろしく古い民家がそのまま残っていったりするのだけれど、それもぜんぶ、昔は日本の持ち物で、いまは台湾政府の持ち物になったがために、民間企業は手を出せない禁忌の土地。とにかく狭い島国、しかも中央部はぜんぶ山。海に沿ってある平地を有効利用するために、マンションは数十階建てが当たり前。なのに一坪数百万の台北の駅前に、公園とか、だれも住んでいない平屋の民家とかが、ぽつんとあったりする。

 壊され、作りなおされてゆく中正紀念堂を眺めていると。
 そうやって歴史の刺々しさは、まるまっていくのだなあ、と思う。台湾は、まだまだトゲトゲした部分が残っているが、いつか日本のように、残った記憶も失われ、過去のことを知らない世代の国になってゆく。良かれ悪しかれ、すべてのものごとは時間が解決するし、時間でしか解決できないものなんだ。

 ところで、毎日、日本の大工さんたちに資材を売る仕事をしている私の目から見て、国の重要建築物をお色直ししている工事のレベルが低いことには驚いた。中正紀念堂に限らず、街中で行われているビル工事なんかも、総じて足場が歪んで組んであるし、番線の巻きはゆるいし、職人は工具をちゃんと腰に固定していない……なんか国民性なんだろうな……やたらバイクと車の接触事故を目にするのと同じで、ハッカー落として通行人の脳天に穴が開いたら、開いたときに考えるんだろう。
 ま、そうでなくちゃミサイルは捨てられない。
 ビバ、脳天気。

 ところで、中正紀念堂がなんの工事をしているかといえば、2007年5月19日台湾民主紀念館と改名されたことにともなって、いろんなことを変えているのがまだ続いているのであった。ていうか、2007年6月7日には台湾民主紀念館から、再び中正紀念堂の正式名称に戻されているのだが、いまでも看板はかけかえられた台湾民主紀念館であり、公式サイトもこの名称。馬総統の誕生で、たぶん中正の名にはもう戻らないと思われるが、正式名称はやっぱり中正紀念堂なのである。
 ややこしい。
 とはいえ、台湾民主紀念館になったことで、巨大蒋介石が消えたわけではなく、ではなぜ今年のガイドブックでは台湾民主紀念館もしくは中正紀念堂(重ね重ね、ややこしい)がイチオシされていないのかといえば、ひとえに中正時代には毎日おこなわれていたイベントが、いまでは行われていないからである。
 台湾民主紀念館に名称変更したさい、蒋介石像を守る衛兵はいなくなった。
 それゆえ、衛兵交代式も当然、廃止されたのでした。
 門番の交代がなんのイベントだって?

 さて、それではと。
 今年からは台湾で唯一、そのイベントが見られる場所に足を運んだのでした。

 忠烈祠(ツォンレイツー)。

 こちらは銅像も並ぶものの、建前は特定のだれかを悼むような場所ではなく、戦没者供養のための施設。亡くなった兵士たちの位牌が並び、衛兵たちはそれを守っているのです。
 のです、が。
 もちろん、その位牌を奪いに来る何者かがいるわけもなく、ではなんのために門番が必要なのかといえば……なんのためなんでしょう? 観光客向けのショーなんでしょうか。あとで調べてみると、軍隊のなかで、この衛兵に選ばれることがひとつのステータスなのだそうです。身長制限もあり、陸海空のエリートだけが、戦没者たちを守り、観光客と並んで写真を撮られるのです。確かに、毎日のように数百、数千の外国人が、彼らと並んで写真を撮って帰るわけですから、台湾軍隊の広報部としても、ブサイクなのは置いておけないというわけで、積極的に選りすぐりを前に出すという作戦なのだと思います。

 彼らは、一時間、一糸乱れず、立っている。
 動きません。
 隣に行って勝手に写真撮るのはありです。
 でも触ったら怒られます。
 見るからに若い男の子たち……軍のエリートというわりに、プロレスマニアな私の目では、軍服の下の筋肉は、それほど実際的な戦闘筋肉ではありません。どちらかというと頭脳労働のほうが得意そうな、でも背だけは高いエリートくんたちが、身じろぎせずに立ち続けます。まわりには、外人どもが山ほどいる。つまるところ、それはきれいな男の子を選んで受けさせる精神修養なのです。
 なかには、精神力の弱いコもいる。
 キョドって、目が泳いでいるボクがいました。
 日本人も、金髪サンも、黒人も、くすくす笑って、じっとしていなくちゃいけないのにフラフラする彼を凝視してプレッシャーを与えます……つまりそういうイベントなのです(笑)。

Taiwan5

 そして一時間ごとに、大門と大殿の守護が入れ替わる。
 これが噂の交代式です。
 100メートルほどの道のりですが、カラクリ時計のマリオネットのように、エリートくんたちは行進し、場所を入れ替わって、またじっと立つ。でもその交代のさいに、おそるべき儀式が待っているのでした。
 
 バトントワリング。
 しかも、長銃で。
 くるくる回すのです、カードキャプターさくらばりに、回したのを宙に投げて受け取るのです。さくらちゃんの魔法のバトンのように、まっすぐなのではない、でこぼこで重心も不安定な銃を使って、踊る。
 完璧に新人エリートをいじめるためにサディストの才能があるエライ人が考え出した儀式に間違いありません。
(バッキンガム宮殿の近衛騎馬兵交代式のパクりであることは確実なのですが、こっちは笛も太鼓もないのです。緊張感が半端ないなかで、ソロ演技。タチ悪し) 
 台湾で兵役を終えた男子が、口をそろえて言う、そこはいじめられ、いじめ返す場所だったという話……国民の義務なので、自衛隊みたいに給料が出るわけでもなく、そこはただたんに二年間、逃げられない男だけの世界なのです。
 くるくる回す銃を、戦没者の位牌と、数千の観光客の前で落とした日には。
 明日からの、彼の処遇が確定。

 キョドっていた彼に、全員の目が注がれます。
 ところで、彼らの行進を邪魔されないようにガードする黒服の男たちが数名存在するのですが、彼らもむろん軍人で、しかも、あきらかにエリートと呼ばれる衛兵たちよりも、暴力的なカラダをしているのです。見るからに、門番のボディーガード。よくわからん存在ですが、つまりは新人エリートくんたちのお目付役。先輩軍人たちが、黒服で、動くことのできない衛兵くんたちの汗をぬぐってやったり、乱れた髪を整えてやったりする。
 見ようによって、そしてあなたの趣味によっては、身もだえする設定です。
 そして、言わずもがな、バトントワリングする彼らのことも、屈強な黒服の兄貴たちが、守りつつ、失敗はゆるさねえぜやっちまったら今夜どうなるかわかってんだろうなと横目で睨むのでした。

 はたして、キョドってた彼の運命はいかに。
 ……落としませんでしたよ。
 さすが。

 でもね、終わって、また、じっと立つ位置に直ったとき。
 黒服兄貴が、彼のネクタイをなおしてやっていたんですが、私は見ました。
 ネクタイ、まったくゆがんでいなかったのです。
 まぎれもなく、彼は彼の目を覗き込みに近づいたのでした。
 そして、私は見ました。
 表情をまったく変えないターミネーターのような兄貴が、もうひとりの黒服のそばに寄ったとき、なにかを囁いたのを。もうひとりも、含み笑いで返す。
 むろん、なにを言っているのかわからないのですが、一枚、撮っておいた。
 あの場所に行ったことのあるひとなら、彼らが笑顔を見せていること、それ自体が驚きのはず。
 それくらいに緊張した、軍事演習の一環としてのショーなのですから。

Taiwan6

 たぶん、こう言っているのだと思うんです。

「ざんねん、落とさなかったぜ、あいつ」
「まぁ、どっちだろうと可愛がってやるんだがな」

 きっと。
 あわれ新人兵……と思いながらやっぱ、ほくそ笑んでしまう。
 どう見ても彼らの姿って。
 「立たされている」
 罰ゲームにしか見えないんだよね……バッキンガムの金髪門番さんの凛々しさとは、また違う味わいなのです……がんばれ、とエールを送りたくなる。
 味わい深い、華奢な背中。
 アジアの男の子って背中に悲哀ただようのが、良い。
 と、再確認した忠烈祠(ツォンレイツー)なのでした。

Taiwan4




 ヨシノギ帰ってまいりました。
 思うに、行きの機内で『ヒットマン』と『黒帯』というすばらしく興奮度の高い映画を早送りで観ながらビール飲んでいたことも影響しているのでしょうが。

taiwantaiwan

 空港に着き、長くてヒト気のない廊下をだらだらと歩いていった先で、左右から制服姿の女性ふたりに両腕をとられ、小部屋に連れて行かれたのでした。

「なに? なに言ってんだかわからんのだが」

 いつものように色つきメガネで黒づくめのライダースジャケット姿だったし、まあだれか止められるなら私が止められるという出で立ちではあったのですけれど、運び屋だったらもっと考えるよ日本人バカじゃないんだから、と憮然とした表情で説明を求めると、ガラス張りの小部屋から、おねえさまはいま歩いてきた廊下を指さしたのでした。

 おう。あれは『ヒットマン』というよりも『トムクランシー』シリーズだな。
 そこには、廊下を歩く入国者たちを映し出したモニタがあったのです。
 ただのカメラではなく、サーモグラフィー熱感知。
 『トムクランシー』シリーズでは壁の向こうの敵を透かして見たり、冷えた銃を衣服の下に忍ばせているのを見破ったりする……
 ってノンノン。なにも冷えたモノなんて持っていないよ、カメラと携帯だけだっ。

 とポケットの中身を見せようとしたら手で制されて、ひとりに背中から抑えられ、ひとりになにやらスタートレックのフェイザーガンのような未来チックな銃を突きつけられる。
 なにこれ、台湾ってさすが総統候補も暗殺されかける緊張の選挙前なんだね、と怯えつつ反抗はせず、なにせいま『黒帯』を観たところなので「空手に先手なし」組み手禁止、闘うべきは己なり……彼女たちは私の言葉に答えてはいるのだけれど、こっちはカタコトの英語で、向こうはまるきりのよくわからん言語なので、ともかく私がなにも理解できていないことだけは確かなこと。これだけ日本人観光客が多いのに、せめて空港職員の、それもいきなりヒトのことを掴まえて引っ張っていくレディたちは、たしなみとして意味がわかることを話して欲しいなと思っているのもつかの間。

「ぁん」

 思わず声が漏れるのでした。
 フェイザーガン、耳につっこまれた。
 あーそう。
 耳式体温計、初めて耳に入れたのでした。
 初体験が制服の異人女性に無理やりって素敵。

 ……結局、彼女たちは顔を見合わせて、子犬を追い払うように私を廊下へと戻したのでした。
 どうやら、体温の高かったのがひっかかったようだった。
 疫病持ちかなにかだと思われたのですね。
 確かに普段から体温は高いほうだけれど……
 食事してビール飲みながらアクション映画観ているときの私は、数十人のアジア人のなかで唯一掴まってしまうほど昂ぶっているのだと自覚させられて、なんというか複雑です。ほかにも機内食たべて酒飲んでいた人はいっぱいいたのにな。

 と、そんなこともありつつ、三月の台北に降り立つ。
 気温二十四度。
 ていうか気温がどうとかいうより……蒸し暑い。
 真夏の台湾だけは避けろとどこかで読んだのを思い出した。
 そりゃこれでもう五度気温が高くなったら、着替えが倍は必要。
 世界の真理です。辛い食べ物が有名な土地は、総じて暑いのである。

 そうだ、どうでもいいようなことだが、私は字幕なしで英語圏の映画を観ることのできるほど高い英語力を有していないのだけれど、機内で観た中国語字幕の『ヒットマン』はほぼ完璧に意味をとることができた(逆に英語と中国語の字幕で画面の半分が埋まっている『黒帯』は日本語なのに7インチ画面では観にくかった……)。このことからもわかるように、空港でも、私がメモ用紙とペンさえ持っていれば、彼女たちと意思の疎通ははかれたものと思われる「高体温病気?」とか書いてもらえば、体温計を未来銃に見間違えたりはしなかったことであろう。

 というわけでライダースジャケットは脱ぎました。
 Tシャツ一枚でまったくもって快適なのだが……まわりを見ると、意外に冬服の人が多い。
 ダウンジャケットって、なんの我慢大会?
 慣れなんですか。
 ともあれ、春に台湾を訪れれば、はっきりわかることがひとつ。
 厚着のひとが地元民。
 そういえば機内でも毛布二枚とかもらっていた人がけっこういたな……あれは帰りの人たちだったのだろう。
 しかしまあ私は日本でも家ではほとんど半袖だから、これから旅行行く人のなんの参考にもなりませんね、なにせ体温高いんです、とっつかまって調べられるほどに(拗)。

 もう夕暮れ。
 着いたらホテルに荷物置いて。
 さてどこに行きましょうか……いやまずそこは台湾といえば。

 夜市。

 台北最大規模である士林夜市へタクシーで乗りつけた。
 その車内から巨大都市台北を眺めて、感じる違和感。
 特に交差点……
 バイク、それも原付……多っ。
 それに。

「台湾って、50ccのスクーターに三人乗っていいの?」

Taiwan3

 パトカーの前も普通に三人乗り。
 見れば、スクーターの足もとに赤ちゃんを乗せるための器具まで市販されているようだ。
 赤信号のたびに、どかどかとテトリスのようにバイクが溜まってゆく。
 それをはりきったタクシーの運ちゃんがすり抜け、曲がった横道がまた……
 いや、もともとはらくに車二台がすれ違える道だったのだろうが、なにせ道の両端にびっしりと原付バイクが駐輪されている……ぶつかるぶつかる、とつぶやく私を無視して、華麗な速度で走り抜けるタクシー。
 ああこれも慣れなんだな……そのときはそう思ったのだけれど。
 んなわけないのである。 
 
 台北の街を歩いていると、一日で何度も事故現場に出遭う。
 走っている車はほとんど日本車とヒュンダイとBMWなのだが、そのすべてがそこかしこが凹んだり擦っていたりの傷だらけ。
 さすがにタクシーはキレイなのが多いのは、運転がうまいからではなくて、まめに修理しているからだと思う。
 ほんと台北の主要ホテルと夜市を往復するタクシーの速度は、どこの国でも間違いなく法的に禁じられているマッハの速度でした。

 着いた夜市。
 なんといってもその夜、私を興奮させたのは、馬総統候補。
 いや、本人がいたわけではないのだけれども。
 日本でも、これやったらテキ屋さん全国まわらずにラクなのにと思う、年中無休の夜店街、夜市のど真ん中、駐車場をどかんと潰して作ったステージで、馬候補の映像が流れ、みんなが踊っていた。奇声を発しているひと多数。近づいていくと、なにやら配っているのに、私にはくれない。なにをわざわざこの総統選前の空気を吸いに来た私にくれないとはどういうことだとせがんだら、しぶしぶくれた。
 これ。

Taiwan1

 振りました。
 うーん、生涯で、政治家の名前が書いた旗を手にしたことも振ったこともない私が。
 馬英九さまがんばってくださいませと、やってしまいました。
 ええ、想像に難くないと思いますが、私、あの手のダンディーに弱いのです。
 政策うんぬんとかでなく、見た目で。
 馬英九さまメロリン。

 旗くばりのひとが躊躇したことでもわかるように、夜市を歩いていると、ちょくちょく日本語で話しかけられます。どうやら向こうは、私が日本人だとわかるようで、だから選挙権もないやつに旗をやれるかということなのですが、こっちから見ると、中国、台湾の方々と日本人の違いはまったくわかりません。

Taiwan2

 コンビニに行くと、日本の雑誌がそのまま訳されて置いてあるように(少年ジャンプ買っちゃいました。本屋にはウィングスもあった……「つだみきよ」さんが「津田美樹代」とか、ひらがな名前はぜんぶ漢字が当ててあるのですが、これは本人に選ばせて欲しいものです。勝手に当てているよぜったい。こっちもいちおう漢字圏の人なのに「宮部美幸」とか。女性の「み」はぜんぶ「美」になっていますね、ちょっと差別的な感もある)、ファッションやなんかも日本と変わらず、時の流れを無視した黒づくめの私のほうがあきらかに浮いています。
 いったい、なにで見わけているのか。
 カメラ持っているからかなあ、そういう感じでもないんだよ。
 顔見たら即座に判別できているふう。
 謎です。

 そんなわけで夜市。
 いろんなもの食べたが長くなるので割愛。
 旅行記なので一回ずつを短めにまとめようと心がけることにします(笑)。

 続きます、まだまだここから。
 千枚以上の写真を撮りましたから。
 (ほとんど素材用の街風景メモ写真ではありますが)
 台湾旅行記、はじめます。



 世界の片隅にあるちっちゃな島国であるヤマトンの国の残虐で獰猛な兵隊たちが、でっかいチャイノ王国を征服しようと思いついて攻めだしたのですが、広い公園みたいな城に住んで温暖な気候のなか、のほほんと暮らしていたチャイノの王さまは「なんとかしろよあの怖いやつらを」とセバスチャンたちに申しつけたものの、結局のところ死ぬ気で攻めてくるとち狂った征服者たちにあらがう戦力などなく、なすがままに王国は踏みにじられていったのです。

 ──そんななか、ヤマトンの兵隊たちはチャイノの領土である小さな島に目をつけました──
 小さいとはいえ、その島は同じ島国なヤマトンの十分の一ほどの広さがある島であり、独自の文化を持つ人たちがいっぱい暮らしている、島。

 王さまは、平和に暮らすその島の人たちをヤマトンの連中にわたしてはなるものかと、あわてて芝居を打ったのです。

「われわれはターワの島の民であり、
 チャイノなどという王国とはまったくの無関係!」

 島の住民たちが自分たちでそう言っているのだから、あの島は我々の統治する土地ではない、どうかヤマトンの兵たちよ、あの平和な島をそっとしておいてやってはくれまいか。

 王さまは言いましたが、まあ、とち狂った残虐な征服者にそんな政治は関係ありません。
 芝居だったにせよ、チャイノ王国からの独立を叫んだその島の人々は、自分たちでも「そうかぼくらはチャイノの人民でなくターワの民なのか」と思い始めましたが、それもむなしく、ヤマトンの兵隊たちにあっけなく占領されて植民地になってしまいました。

 栄枯盛衰。
 それからまもなく、ヤマトンの兵隊たちのあまりの馬鹿な暴れっぷりに、関係ない世界の大国たちも「あれを放っておいては世界の脅威になる」と、みんなで協力してヤマトンの国をやっつけることに決めました。ヤマトンの兵隊たちときたら、狭い島国でありながら負けるくらいなら死ぬなどと叫んで本当に叫びながらつっこんできたりしてとても手強く、まったくもって神をも畏れぬモンスターじみた者たちで──そのときの戦争によって世界に「小さなカラダの狂気じみた武者」として知れわたることとなったヤマトンの末裔たちは、後世において世界中のプロレスのリングでヒール(悪役者)として引く手あまたとなり、食うに困らなかったそうです。一重まぶたが怖いともっぱらの評判です。

 いっぽう、ターワの島の人々は、ヤマトンが滅んだことによってあっさりとチャイノ王国の人民に戻ったのですが。
 チャイノの新しい王さまたちが、二度とどこかの国に攻められてはなるまいと、ターワの島に積極的に政治家たちを送り込みはじめたところ、あったかくて平和だった島がどうにも暮らしにくいことになり、徐々にターワの島の人々は、前の王に演じさせられた芝居だったはずの大合唱を思い出したのでした。

「われわれはターワの島の民であり、
 チャイノなどという王国とはまったくの無関係!」

 叫びは、次の世代ではちょっとだけ変わってしまいました。

「われわれはターワの国のターワ人であり、
 チャイノなどという国とはまったくの無関係!」

 その後、戦争によってターワの島に避難させられていたチャイノ王国の金銀財宝をチャイノに返すかわりに、本当にターワ国として独立してしまおうという計画なども持ち上がるものの、いまにいたるまで、島民たちによる真の決起は起きずにいます。
 しかし、いまや、ターワの島には総統と呼ばれる独自のリーダーが存在し、今月の末には、次代の新しい総統が選挙で選ばれる。
 彼らは、選挙で島民たちに、チャイノからの独立をしようとすすめてはいない。
 彼らは、大国となったチャイノと交易を続けながら、世界に正式に認められたわけではないものの、そこに厳然と存在する自分たちの「国」を発展させようと志している。
 きけば、あたたかで平和な、昔のターワの島の雰囲気に戻っているという。
 チャイノの人々は、いまでもヤマトンの末裔たちを憎んだりもしているが、ターワの島の人々は、彼らに対してさえ寛容であるらしい。

 なんかね。
 総統選の様子を眺めていたら、そんな童話を描けてしまった。

 今月末の総統選の結果が、どうなるかわからない。
 しかし現段階で、ターワの国の人々は、いままでになかった選択をしようとしているようだ。
 彼らが熱狂している新総統候補は、こう叫ぶ。

「われわれはターワの国のターワ人と名乗らない。
 チャイノから独立する気もない。
 われわれは世界の一員である!!」

 うまくやって平和に暮らしたいだけだ。
 戦争とかもううんざりだし、みんななかよくやればいいじゃないか。
 ほら、みんな遊びにおいでよ、われわれはあなたを歓迎する。
 競り合う総統候補ふたりは、競り合っているのに異口同音に。
 チャイノと、世界と、もっと交流しようと言っているのである。

 総統候補の暗殺計画が暴露されたり、けっして平和ばかりではないんだけれど、そのニュースも、それほどまでに非独立をうたう候補が躍進しているという事実をあらわしている。
 なんか、良い島なんだろうな、と思ったんだ。
 総統選直前ていうタイミングも、おもしろい雰囲気そうだし。
 ちょうど、旅に出ようかと思っていたし。

 というわけで、ちょいとターワの島を覗いてきます、あしたから。