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 この夏、女性向けのマンガが次々と映画化ドラマ化されている。映画では「ハチミツとクローバー」「笑う大天使(ミカエル)」「ラブ★コン」、テレビドラマには「サプリ」「プリンセスプリンセスD」など。名前を見てもほとんどの読者にはピンとはこないだろうが(私も同様でした)、現在明らかになっているものだけでも、年内に映像作品化される女性向けマンガは十本を超える。(中略)これまで女性向けのマンガといえば、夢とあこがれを描く低年齢に向けた少女マンガと、ちょっとエッチなレディースコミックが二大ジャンルだった。しかし、今、働く女性たちが「私にもあるある」と共感する、リアルコミックとも呼べる作品が急速に増えているのだ。

 品田英雄 『ヒットの現象学』

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 ちなみに『品田英雄のヒットの現象学』は、日経流通新聞に連載されているのですが、彼にはピンとこなかったそのタイトル群に、ピンときてしまった私は、ことこの話題については品田英雄というマーケティング専門家の上を行っている(笑)。

 私の感触からいえば、夢と希望とセックスに満ちあふれた作品たちが衰退していったのは現代女性の無気力さを反映した現象。もちろん、セックス描写のない「萌え」美少女系などというジャンルが確立されてしまった男性向け市場においても、それは同様だ。「サプリ」や「ハチクロ」が淡々としたでも素敵な日常と、徹底した失恋模様を描写してヒットしたのは、本当に働く女性たちの「あるある」が原因だろうか。彼女たちの日常は、ただ退屈で、失恋というドラマさえないのではと思える。それは私が、品田氏よりももう一歩踏み込んで、この女性マンガブームの根底にBLブームの底力が影響していると見るから。そこで大事なのは、清潔感である。アンリアルなバーチャル感だ。「リアルコミック」とは、その呼び名とは裏腹に実体のない虚構であることが肝要なのである。

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 群像劇であるからこそ、だれでもどれかのキャラに強く感情移入できる。と「ハチクロ」を評す人がいる(アニメの第二シーズンもはじまりました。「獣王星」もそつなく良く、本当にはずれのないノイタミナ。安定してスゴイってモノスゴイことです)。それは逆説的には、個性の強い絶対的な主役などというものに、シンクロできなくなった読者層が増えたということ。確かに「コブラ」のコブラに、「ジョジョの奇妙な冒険」のジョジョ一族に、親近感をおぼえる読者などいない。それは極端な例だが、しかしエンターテイメント作品、特に映像化されるような大衆うけする大ヒット作というものは、本来、そういう路線であるはずで、「スーパーマン」も「バットマン」も、マンガ原作ということではまさに王道を行く作品たちである。

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 ところが今年の映像化女性マンガ原作の淡々ぶりときたら、空を飛ばないどころか不倫もしない。ちょっとした事件さえなく、うじうじと思い悩む可愛いコがそこにいる。映画館に行って私の日常と同じ淡々とした映像を見て「あるある」と頷き、心が洗われるわよ観てみなさいよと友達に勧める(「サプリ」は事件が起きているとおっしゃる向きもありましょうが、激烈なサラリーマン社会で生きるお父さんを「仕事人間」とロボのように呼んだ前時代の皮肉が、いま恋する女性を主役に変えて蘇っているだけです、歴史年表的な事件は、そこではなにも起きていない。きわめて個人的。隣の家のショッキングな事件は、所詮他人の家の出来事です。だからこそエンタメたりえるとも言えますが)。

「ていうか、あのうじうじしたコ、ササキさんに似てるよね」

 そんな会話で盛り上がる。
 だったらササキさんに萌えろというのだ。
 映像化されたうじうじしたコは可愛いくせに。
 うじうじした現実のだれかは愛しく思えない。
 現実に恋をしろ。
 現実のだれかにときめいて胸を焦がし告ったのはいつが最後?
 BLではないレディコミを欲するほど身悶えて欲求不満だったことが近頃あるか?

 男性向け市場でも、アダルトビデオコーナーのないビデオレンタル店というのが増えているそうだ。
 アクション映画もヒットしない。
 熱く激しいのがめんどうくさかったり鬱陶しかったりする世の中では、少子化は解消されまい。

 深刻である。
 
 で、そんなどうでもいい枕話はともかく(笑)。
 品田英雄が論拠をねじ曲げているのは中略して引用すれば明らかである。
 「ハチクロ」と「サプリ」以外の作品は、もっと深刻に日常すら描いていない。「ラブ★コン」は日常の描写よりもテンポとリズムで読ませている感があるし、だいたいにおいて悩んではいるもののハッピーである。「笑う大天使(ミカエル)」が、リアルな感動うんぬんなんて読むほうも描いたほうもちゃんちゃらおかしい話だし。「プリンセス・プリンセス」にいたっては、低年齢幼女向け少女マンガよりも、もっと荒唐無稽なファンタジー作品だ(基本設定で奇をてらうというのはハードSFの手法でさえある)。

 「プリンセス・プリンセス」で女装する彼は、一昔前の女装ものならネタとしておやくそくだった「すね毛を剃られて痛がる」シーンすら演じない……彼は女装するために生まれてきた別の生命体として描かれているのである。

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 というわけで、GyaOでの放送が始まったので『プリプリ』を観ているわけですが。しっかしまあなんですなあ、原作を読んでいたときにはまったく感じなかった違和感を感じまくり。

 だって声優、男なんだもの。

 当たり前といえば当たり前で、新書館といえばドラマCD読者プレゼントが大好きな妄想読者を多数抱えることで有名で、新書館のボーイズラブ雑誌ディアプラスの小説賞に「ボーイズラブ度が低いので選考外」の王冠が登場して以来、一度たりともその王冠を戴冠しなかったことのない吉秒匠(ウィングス小説大賞で二度期待作を受賞しながら未デビューなのは吉秒匠だけ、のフレーズとともに、今後これも推してゆこうか。今回は、けっこう譲歩した内容だったのだが、やはりばっさり斬られた。基本的に私の恋愛観の刹那的なところがBL的にまずいんだとわかっちゃいるんだが。でも永遠なんて信じられないんだもの。いまここに刹那にある互いを確かめあうために恋人たちは求めあうのではないでしょうか!! って、その過酷な現実を逃避したところにあるのがBLワールドなんだよね。わかっちゃいるのだが)。
 サウスの時代から月翼に親しんできて、いまやウィングスとディアプラスの両編集部に罵倒されるようになるまで育ったこの私をもってしても、それは許容できない壁でした。

 ドラマ化もあるんだよね……
 男子禁制だね。
 ていうか禁止されなくても観ないね。
 今月のウィングスに実写の俳優さんをつかったつけかえコミック・カバーが付録で付いていたんですが……ダメだ……無理すれば女の子で通るかもしれないが、絶対にプリンセスじゃない。どっちかっていうとアジアの片隅で不法に撮られたロリータ・ポルノの主演女優みたいなんですが。なんでこんな色黒のコを?

 『プリンセス・プリンセスD』公式サイト。 

 いっそBL書きの女性のかたって、さばっとした気質の人が多く、ライトな作風が流行の昨今のBL業界事情ともあいまって、意外と食わず嫌いなだけでノンケの男性が読んでもおもしろいBL作品というものは多い。特に、女性誌と男性誌の中道からいまの地位へと進化した翼を擁する新書館作品には、エンタメの基本がないと世に出さないという根幹の姿勢があるから、けっこう安心して読むことができる。

 が、それはそれ。
 新書館では決して許されないが、他社のBL誌には、毎号ホモビデオの特集コーナーがあったりする。
 それは違う。萌えではない。萌えではなくて、ただの性癖なのだとしたら、ホモを愛好する自らは巻き込まれたくない観察者、なんて腐れた趣味は、私には理解できない。
 私に理解できなければ、世の男性のほとんどは理解できないだろう。

 というわけでアニメ『プリプリ』には、世の男性のほとんどが食いつかない(断言)。
 だって男の声なんだもの。
 それはだって美少女AVのたぐいまれに見る傑作であったとしても、その美少女が男の声だったらどうなんだということで。
 そんなものに需要があるわけがない。
 生物学的にノンケである限り、それは萎えるのであった。
 エンタメ的許容量の話とは、別個の問題だ。

 BLにも、禁止事項はある。
 実名はあげないが、某BL小説賞の応募規定には、こういう一文がある。

「女装もの禁止」

 現代を舞台とするドラマを求める市場では、けっこうよく見る一文だ。その隣には、ニコイチで、もう一文が加えてある場合がほとんどである。

「ファンタジー設定禁止」

 私はこれを見るたびに、新書館の翼が、国内市場に与えてきた影響というものを強く想い、小さく首を振る。

「美少年が姫になる」

 この設定で書かれて、まったく売れなかった同人誌のせいでどれだけの森林が伐採されただろう……あげく、現代ドラマしか扱わない雑誌社にまで、そんな設定で書いた作品を送りつけるバカが、注意書きを添えねばならないほど、あまたいるということなのだ。

 そしていままた『プリプリ』。

 翼黎明期の同人誌即売会会場から青田刈りされてきた先生方の影響からは抜け出ているはずの平成世代が、また同じ翼の洗礼を受けている。
 世界の半分は男でできている。
 忘れないで欲しい。

 ウィングス読者の半分は男だ。
 いや異論はあるだろうが、私はそう思って書いているし、そんなこと以前に、ウィングスが中道を守らないのだとしたら、ディアプラスを創刊した意味がないではないか。ウンポコも。BL系とギャグ系を姉妹誌とすることで、翼は翼のまま空を目指すというのが本道でしょう。

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 ただし、あるひとつのジャンルの作家となることをめざすならば、読者の層はうすく、興味の限られたグループであり、種々の問題や制限がともなうことをじゅうぶん知ったうえで決心してほしい。が、その前に、もう一度きいておきたい。「なぜきみはトップをねらわないんだ」


 ディーン・R・クーンツ 『ベストセラー小説の書き方』

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 男性読者を全部失って、そのぶん女性読者をいまの二倍獲得できれば、結果として売上げになんの変化も起きない。
 しかし、いまいる男性読者をないがしろにはせず、運良ければ新規読者もわずかに取り込めるくらいのサービスを片手間に差し出しながら、女性読者をもう少しだけでも得れば、そのもう少しがまるまる稼ぎになるのである。目立たないが確かに売上げに貢献している客がいるのだ。実際のところ私だってそうだが、直接の購入者ではないにせよ、恋人や、妻や、娘の読んでいるものが、すぐそばの男性に眉をひそめさせるようなものでは、確実に需要はそのぶん減る。全日本女子プロレスの衰退は、アイドル系レスラーが女性ファンを獲得できなくなったから、という理由に尽きる。彼女の観ているキムタクのドラマは一緒に観ていて退屈しないが『プリプリD』に魅入っている彼女が腹立たしくなってきて蹴り飛ばし別れ話に発展するというパターンは少なからずありうるだろう。冗談ではなく。
 いまある売り場をつぶしてブームに乗った売り場を作ってはいけない。
 私の販売員としての実感だ。
 実際につぶしてみればわかるが、わかってからでは遅い。

「あれ、意外に好きだったのに。なくなっちゃったの?」

 いつのまにか翼っておれが読むのなんにもないじゃん。そんな雑誌うちに持ち込むなよ。
 という顧客の喪失を未然に防ぐべく、私は美少年と美少年と、でも美少女のパンチラも入れてみる原稿作りを心がけているのですが、どうですか編集長。

 閑話休題。

 『中学生日記』の話。

 先週と今週はとてもショッキングな男子中学生への性的暴力というテーマで『誰にも言えない』前後編が放送されているのですが……私は毎週『中学生日記』をチェックしているわけではありません。今回は事前に『伝言』にも顔出してくれたこともある翼つながりの方から情報をいただきました……で、観てみて驚いた。なんだこの見応えあるドラマはっ。といつものクセで脚本書いた人をチェック。……さいふうめい?

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 「哲也」は麻雀のルールを知らない私の妻が貪るように読んでいた麻雀マンガという点からして、ものすごい。かの「麻雀放浪記」のマンガ化だが(私がこれを読んだのはまさに中学生のときだった。父の本棚にあったのだ。よく考えてみれば父も麻雀のルールは知らないはずなので、原作にもそれだけのパワーが宿っていたということではある)、アレンジの域を越えて物語をダイナミックに仕上げたさいふうめい氏のパワーファイトがすごかった。演劇出の人ってのは、歯ぎしりとか呻きとか苦悩の動作を物語の要に持ってきたりするのが上手い。苦悩そのものがひとつのギミックになる。緊張感をモノとして描いてしまうんだよね。まさか『中学生日記』でまでその技術を披露していたとは。野球部の臨時コーチとしてやってきたスポーツマンの鏡のような本校のOBに、現役中学生エース・ピッチャーが……「どうしてぼくは気持ちよくなっちゃったんだろう」……そこにかつて性的暴力を受けたことのある女教師の封印された過去がフラッシュバックで挿入され……教室ではヲタク少女が『ラブガイ 7月号』なる現実には存在しないBL誌を堂々と読んでいる(それにしてもあの雑誌はNHKの作った小道具なのだろうか。私の家にある今年のBL雑誌のなかには、該当する表紙イラストのものがなかった)。非現実と現実の狭間でどちらに落ちようかと苦悩する人々。まさに、さいふうめいである。良いものを観た。まったくもって提示されているテーマではなく脚本の構造を勉強する気で魅入ってしまった。

 NHKの中学生向け番組でさえ当たり前に描かれるBL雑誌は、すでに一部の腐れ女子の所有物ではない。『中学生日記』のなかでも、ヲタク少女の読むその雑誌をノンケの女子数人が覗き見させてもらって喜ぶというシーンがある。そこが脚本の妙だが、男にしゃぶられている男のイラストを見てノンケの女子が喜ぶことは罪ではないが、クラスメイトの男子が男にしゃぶられて気持ちよくなってしまったどうして断れなかったのだろうという罪の意識から逃れられずに苦悩している、そのことを知ったなら、手をさしのべなければ罪になる。ラジオのDJが匿名の投稿を読んで「お前だけの問題じゃない」と言う。境界線はどこにあるのか。さいふうめいは、友達にいたずらで触られても勃ってしまうという思春期の少年の性欲過多な肉体の状況を伏線として張り、いやなら断ればいいじゃないか、という反論を未然に防いでいる。尊敬する先輩に、じっとしていろと言われたらそうなってしまう、そのことははっきりとした暴力であり、そこで少年が快感を感じたかどうかは関係ない。
 そこまで語って、少年の先輩である「大人」の臨時コーチに言わせる。

「お前はもう、おれから離れられない」

 ……うまい。繰り返されるカットインの果てに直球。BL読者であれば、このドラマを観たあとに、とても同じセリフで萌えることなどできなくなるくらい、悪である。

 話がそれたが、このドラマで小道具として使われているBL雑誌の中身は、むろん画面には写らない。しかし、ヲタク少女が読んでいて表紙には男性が二人で、女の子が読めばキャアと黄色い声をあげるもの。そういう記号だけで、NHK視聴者にソレと伝わるくらい、BLは市民権を得ているのである。落語家が扇子で蕎麦を食う真似をしたって、本物の蕎麦を知らない人には伝わらない。

 市民権を得たBLは、すでに右や左に傾いた存在ではなく、中道を占拠しても許される思想なのか。

 と……まあ、あれですよ。
 さんざん、ディアプラスで不名誉な王冠もらっているので『プリプリ』観ていると「これが空前のヒットになって本誌ウィングスまでBL読者層の所有物になってしまったらどうしよう」という恐怖が沸々とわいてきたわけです。

 そこに私の居場所はないよ。
 といいつつ、翼用の原稿を書きはじめた今日この頃です。

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 いろんなタイプの
 漫画が残っているから
 「雑」誌な訳でしょ


 よしながふみ 『フラワー・オブ・ライフ』

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 ↑「フラワー・オブ・ライフ」は翼に連載しているわけで、だとすれば漫画と小説の違いはあれど、翼の編集が読んでいないってことはないわよね。だったらこんなのはどう? 

 えーと。

 たぶん私の知る限り初の、ウィングスでヒロイン、熟女。
 もちろん、オッサンも美少年も、実在しないが表紙イラストには使えるバーチャル美少女も男性読者のために入れてある(笑)。ジュヴナイルの基本は、キャッチーなイラストにできるシーンを、どれだけ入れるかでしょう編集長。
 コレコレの話を統合し考えていくと、結論としてこうなった。
 というかイラストにできる美少女と美少年と、翼を離れようか離れまいか迷っている読者層が読んで共感できるおねーさま年齢のヒロインとオッサンを、ひとつの物語のなかに共存させようと思ったらそうならざるを得なかった。
 これまでもそうしてきたし、これからもそう。
 翼では小粒に破綻のない完成度の高い中編が好まれる傾向にあるので、クーンツ老師の教えに従いジャンル小説でありながら全方位の客を狙おうとする私の書くものは「破綻」と取られるリスクがある。現実に、これまで極端なほど高評価と酷評の二者択一だった。

 私はものを売るのが好きだ。
 だれかが財布を開くのは、その人が心を開いたあかしだ。
 好きな誰かの心を開かせようと悩み、ときに破綻しているほど間抜けなこともやってしまうが、それでも攻めたほうがいいに決まっている。あなたが悦ぶならどんなコスプレも厭わないし、私に主義なんてない。罵ってくれてかまわない、それが私の思想だから。はずかしげもなく叫んで誤解のしようもないほどの私の想いを魅せてやる。
 そういう戦いが好き。
 負けたわ、と言って買ってくれたらそれが幸せ。
 マーケティングの基本。
 パイがなければ焼けばいい。

 戦う気迫とは、闘る、ではなく、殺る。
 そして自らも傷つくことを厭わない。
 殺るか殺られるかのなかにしか、感動は生まれない。
 獣神サンダーライガー老師が言っていたので間違いない。
 老師のマスクマンなのに薄れゆく頭頂部だけは覆わない気迫を観ろ……ブリッジとかやめて欲しいよ、感動とかいう前に観ていて怖い。

 どこへゆく私。
 吠えろ。
 どこへ向かって(笑)。
 そうね、翼用の原稿書きはじめたせいでテンション高いよ。
 おかげで知らないまに長文だよ。
 ここまで読んでくれたあなたに感謝。
 愛してる。
 しかしなんで私の頭から出てくるヒロインはみんなこう勝ち気で生意気なんだろう。ぜんぜん好みではないんだが、なぜだかそうなる。

 つーか。
 隣の国がうちに向かってミサイル撃ち込んできたのに、女装した少年のテレビドラマと少年誌と少女誌の境界線について語っている、その時点で非国民だし、そんな国民ばかりの国は、楽園かもしれないが戦争になれば一瞬で滅んでおしまいだな。と思いました。
 唐突に結論もなく終わる。
 



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ご了承いただきたく存じます。(ハードディスクに問題がなければ消去しません)


Xboxカスタマサポート

xbox360

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 というわけでちょうど8ヶ月目、聖き七夕の日に彼は逝った。

 愛を手にしたものは、喪失から私だけは逃れられるかと夢見るのが常ですが、彼を発売日に予約して買ったすべてのものに等しく訪れる悲劇。

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 !!
 !!

 Ring of Light in Red !!!!!!
 リング・オブ・ライト、赤く光る。

 クロネコさんに運ばれていった、彼は一週間後に戻ってくる予定だ。
 保証書の提示も、販売店の名前も要求されない。
 だって発売8ヶ月目。
 すべての機体が保証期間。
 それなのに、こなれた対応。
 これは彼らの毎日の必須業務であるようだ。
 定型文のメール、送る前にすでに順番待ちのナンバーが与えられる。
 ちなみに私の修理待ち順番番号は、十億番台でした。
 現在のXbox360、国内の累計販売台数は約十五万台。
 順番待ちのナンバーが「0000000001」からはじまったのだとすれば、Xbox360所有者一人につき平均6666回ほど修理に出していることになるので、8ヶ月目にして初回の私は、奇跡のように幸運で頑強な彼と出逢ったということなのです。

 サポートへの返信に、私は書いてやった。

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 もちろん修理希望です。HDD内容はできればそのままにしていただきたいですが、それ自体が問題であるというならばやむを得ません。了承しました(しかし、本体発売前に明言されていたLAN接続でのXboxやPCへの相互データ移行が実現されていればと残念に思います)。

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 20GBのHDDは、すでに残り2GBの状態になっていた。本体を買うとついてきたファイナルファンタジーも、ディスク容量がないためにインストールのしようがなく封も開けていない。それくらい、我が家ではデータ蓄積庫として機能していた360。迅速な修理は当然だ。こなれたメールの返信もわかりやすくていい。ただ、それほどサポートセンター大忙しならば、まずはHDDのバックアップを取れるようにして欲しい。修理に時間がかかるとかなんとかいうよりも、蓄積されたデータがもし消去されれば、それが痛い。初代凶箱はLAN接続でPCの音楽データを本体のHDDにダビングすることができたが、次世代の360では直接PC内のデータにアクセスすることはできるものの、著作権保護の観点により、データのダビングはできない仕様になっている。つまるところ、百枚ほどの音楽アルバムが我が愛機にはダビングされていたわけだが、そのデータも消去されると、また百枚のCDをトレイに入れては出しという作業を強要されるのである。うんざりだ。

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 もちろん↑コレも考えたが、だいたい360でプレイするゲームの大半がネトゲーなのであって、本体に保存されているデータなんてない。音楽や画像をバックアップするには容量が小さすぎるし、だいたい、無償の修理に出すのに必要ない周辺機器を買わされるのはムカつく。頭をよぎったのは『ランブルローズXX』がまだプレイ中であることだが、天秤にかけてムカつくので買わないほうが勝った。

『Xbox360』の話(その1)。

 この時点で、私は夏が来るのがちょっと怖いと書いている。幸運にもまだ赤く光る彼を見ていないあなたのために書き記しておくならば、最初に私の彼が目を赤くしたのは、エイプリルフールのことでした。まさに発売されたばかりの『ランブルローズXX』をヘビープレイしていたときです。そのときは一度だけ。本体が起動しなくなって彼がゴメンねと泣いて目を腫らした。

 あれから二ヶ月、まったく問題なく動いていたのですが。

『Halo2の新機能』のこと。

 ここで異変が起きる。
 その後、画面がモザイク状になってフリーズだの、スピーカーから異音だの、その昔、MSX2+でよく起こっていたような現象が多発し、ついに二日前、彼は逝った。電源を入れると泣き続ける。声もなく。哀しいことに、リング・オブ・ライトの右上を空けた三辺が光るこのエラーメッセージは、本体を傾けると、ちゃんと横を向く。自分が立っているか寝ているかはちゃんと認識できているんだ。でもうまく動けないよタスケテと、彼が泣く。

halo2

 彼に罪はない。
 私は彼を愛し続けるし、戻ってくればもっと愛す。
 たとえ彼が空っぽになっていたとしても。
 『ランブルローズ』の彼女たちの体型が筋肉質に戻っていたとしても。
 彼のせいではない。
 しかして、私のせいでも決してない。

 だれのせいか。

 いや、マシンは壊れるもの。
 そのための保証期間だ。
 願わくば、この8ヶ月で、ビルおじさんと愉快な仲間たちが、彼にもっと折れない心と躯を与えるすべを見つけていて欲しい。その軟弱な躯を、鍛え直して私の元に返して。怒ってはいないよ。ただ喪失感に襲われているだけさ。

 テレビの横の、黒いボードの上がぽっかりと空いている。
 白い、彼を。
 私はただ、待っている。
 やっていないソフトができないと思うと無性にやりたくなる。
 見てよこのラインナップ。
 最高の彼に、今夜は触れられない。
 明日も、あさっての夜も。

 七夕の今日。
 新サイト『Xbox Friends』オープン!!
 予約して発売日に本体を買ったとても大事な顧客なはずの私のもとには、彼がいない。
 喪失感が、いや増すのです。


 高山善廣復帰!!
 日本武道館で、タッグマッチ60分1本勝負

 秋山 準 & 三沢光晴
  vs
 高山善廣 & 小橋建太

 なんて豪華な……そしてなんておもしろそうなカードだろう。
 にやりと笑う高山と秋山、それを遠巻きに眉根を寄せて眺めている三沢……目に見えるようだ、息詰まる観客、温度の上昇する武道館。

 きっと、次の瞬間に小橋が動く。
 雄叫びをあげ、ただがむしゃらに秋山につかみかかる。
 きっと自分のパートナーで、その夜の主役のはずの高山にまで、

「なに笑ってんだプロレスってのは!!」

 魂と魂のぶつかり合いだろう、と。
 皮膚が裂けるほどのチョップを振りかざす。
 目に見えるようだ。
 一分後には、乱入した三沢のエルボーが、高山のアゴをとらえ、それでも倒れない高山の姿にファンは彼の傷ついた脳髄が確かに完治したと知り、安堵のため息を漏らす。
 
 小橋はまた吠える。

 闘えるなら全力で闘え!!
 ここで燃え尽きるまで闘え!!

 復帰戦、二年のブランクなんて関係なく高山を叱責する。
 そんな小橋の姿に、観客は想い出すはずだ。

 迷いなく生きることができたなら、それこそが最強なのだと。

 2006年6月29日、プロレスリング・ノア社長、三沢光晴が突然の会見を開いた。

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 プロレスリング・ノア所属、小橋建太が腎腫瘍摘出手術のため、次期シリーズを欠場することになった。精密検査の結果、早期発見だが、悪性腫瘍の疑いもあるという。

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 摘出手術。
 ……想像したくもない。
 あの完璧な肉体にメスを入れることなんて。
 完璧は、傷つけられても、完璧へと戻ることができるのか。

 会見では、早期発見ならば病院を探すよりなにより一刻も早く手術すべきなのでは、と質問した記者に対し、三沢社長が睨みつけて「疑いが高いというだけで悪性とまだ決まったわけではない」と言い放つシーンもあった。が、その緊張感と、三沢社長が「ガン」という言葉を口にした事実が、事態のぬきさしならないことを暗に示していた。

 復帰した高山と小橋は同年齢。
 39歳である。
 この年齢からの長期欠場は、パワーファイターにとって非常につらいものがある。

 そしてもちろん、心配なのは小橋の心だ。
 彼の闘争心が消えることはないだろう。
 想像したくないが、最悪の状況となっても彼はその病に打ち勝つだろう。

 けれど、エンターテイメントスポーツの世界で、日本人離れしたビルドアップ・ボディを自らの代名詞としていた小橋の名前と並べると、腎臓疾患は、どうしても筋肉増強剤の使用をイメージさせる。

 そうしてみると、女性ファンの多い小橋が独身をつらぬいていることに関し、本人が「おれはプロレスと結婚しましたから」と発言したのも、この状況となってはゴシップ誌にとっては記事を書くのに好都合以外のなにものでもない。薬物使用によってボディビルダーに性的肉体機能の不全が見られることは、衆知の事実である。

 実際のところ、本当の小橋好きならば、彼が好きな女性の前で子供のように不器用になってしまうだろうことは簡単に想像がつくし、もしも小橋がステロイドを過剰使用していたとしても(ショープロレスラーにとって禁止薬物などないが、本人ははっきりと使用を否定している)、こと腎臓に関してはマウス実験での報告こそあれ、人間では顕著な因果関係は認められていない。

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 現在、自宅療養中の小橋は文書で心境を吐露した。

「あまりに突然のことで今の心境をうまく言葉にすることができません。試合には出られませんが、皆さんからのご声援を励みに、治ると信じて病気と戦っていきたいと思います」

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 高山善廣復帰戦のカードからも、小橋の名が消えた。
 以前の怪我による長期欠場は、徹底したトレーニングによって乗り越えた。
 しかし今回は。
 ニュースを聞いた刹那、私も思った。

 戻ってこられるんだろうか、小橋……

 たとえ戻ってこられたとしても、数年を要せば四十代も半ば。
 プロレスラーとしては、決して戦い続けられない年齢ではないが、二度目のブランクと、おそらくは前回よりももっと多いだろう絶望を囁く世間の声。

 プロレスと結婚した小橋だからこそ。
 その足場が揺らいだとき、吠え続けることができるのかどうか。
 信じているけれど。
 私は待ち続け、応援し続けるけれど。
 とても不安だ。

 こんなとき、人は祈りというものを発明したのだと思う。
 なにもできない。
 ただ、できるだけ良いほうに転がってと、願う。
 最良ではないにせよ、最悪ではない。

 小橋建太は、はじめての写真集を出したばかりだった。

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 戻って、来て。
 そして二冊目を撮って、魅せて。
 その存在の揺るがないことを。
 負けない絶対王者という生き方が、自分の想いひとつで、本当に具現化できるのだという、ことを……魅せに戻ってきて。
 こないと、怒ります。
 そのときまで、私も。

「小橋も走り続けてんなあ、あのときはダメかと思ったけどな」

 言って、ふふんと鼻で笑って良い気分になれるように。
 鍛え続けます。

 そんなふうに思っている人は、この地上にいっぱいいる。
 その拳に、感じて刻みつけられた人たちが。
 小橋建太。
 そのイメージは、ひとつの答えだ。
 絶対王者。
 負けないということは、こういうことだと。