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 "0x80040017" is not found even if searching for.

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 今日も朝から再セットアップ……ええ、あいもかわらず不安定な状況です……もうこの設定作業、時給300円でも新しいハードディスク買えるくらいやっているので、どこで投げ出すかのタイミング待ちな感もあるのですが……いかんせん、OSを再セットアップすると健全な状態に戻るんだよな。いっそOSさえセットアップできないまでハードディスクが逝ってしまってくれたらあきらめもつくのに。

 今回、最初に起動できなくなったときに思いを巡らせてみても、なんの新しいソフトウェアも導入した記憶がないので、だったら自動アップデートするソフトの自動的になした更新が破壊のツボに入ってしまったのかもしれん、ということで、アンチウィルスソフトを変えてみたり、メーラーを変えてみたり。最初の一日は実に調子良い。だが予告なしに、どうにもならないOS起動不可の状態に後戻り……でも設定し直せば元通り……諦めきれないのである。

 とにかく一太郎は使えないと困るので、OSを変えるという選択肢は選べず、だとすればビルおじさんのサイトで不具合の原因を突き止めるしかない。しかしてこれが……まったくもってつかえない。

 表題の「0x80040017」というのは、この一週間で、私が何度も目にしたエラー番号である。このエラーのためにWindowsがファイルを読めなかったり、ライセンスを確認できなかったりする。状況からしてこのエラーはハードディスクの物理的な損傷を知らせているのではないかと思うのだが……

 そう。思うのだが。確証することができないのだ。

 マイクロソフト社のソフトが発するエラー番号を、マイクロソフト社のエラー番号検索で検索しても「該当なし」と表示されるのである。私は一介のパソイジリーだが、おそらくパソメーカーの技術者だってエラーが番号で表示されれば、そのソフトを作った人の提供するデータベースで調べるだろう。ちなみに、マイクロソフトの検索データベースはすばらしく良いできだ……検索システムが、である。中身は空っぽ。エラーを番号で表示しておいて、その番号の説明はありませんって!!!

 このことは、ググってみると証明できる。「0x80040017」を検索しても、世界的にヒットする文字列はない。えーとなに? 私のマシンは世界初の「0x80040017」という宇宙かどこかからきた未知のエラーにむしばまれたということ? いや違う。そもそもマイクロソフトがそのエラー番号が「どんなエラーを指すのか」をどこでも公開していないからには、世界中の誰一人としてそれを知るものはおらず、よってマイクロソフト社の検索データベースでヒットしない情報は、全世界のウェヴにつながる検索サイトで調べたってなんにもヒットしないということなのだ。

 というわけで私はこれを書いている。
 明日から、世界中の途方にくれて「0x80040017」って? と頭を抱えマイクロソフト社のサイトで「なにそれ?」と憤り、ググった迷い人たちがここに辿りつくだろう。
 あなたが私と同じ徒労を体験せずにすむように。
 悲しいお知らせです。

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 「0x80040017」はさがしてもみつかりません。

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 "Uncle Bill" is not kindness,so what do you think?

 古いWindowsを使っているやつはあらゆる危険を覚悟の上で使え、とビルおじさんに言われても、もはやアップデートされることもないOSをのせたノートを私はまだ使っている。古きものは切り捨てられ、新しきものには情報が足りない。"0x80040017"エラーの説明がデータベースに掲載される頃、Windows Vistaはすでに発売されているのだろう。

 もういいからハードディスクとっかえたらいいやん。てことなんだろう。マシンやパーツに対する愛着なんて、消耗品である歯ブラシを愛してしまって買い換えられずに虫歯になるサイコさん的な感傷。まだ走れるけれど、新しいのが手間かからなそうだからさよならだ、というわけで中古車市場は廃れないわけで。

 でもまだこうやって書けているんだよ。
 もうちょっと、がんばってみろよオレにできることならお前のために知恵を絞るし手も動かすから、と。
 今日も一日過ぎました。
 いたって順調にマシンは動いているので、うれしい。
 仕事は止まっているけれど、まあいい。
 お前のほうからさよなら言うまで、オレはとことんつきあうよ。

 起動不可は起動させなければ起こらない。
 電源を切らなければ、お前は生き続けるのか。
 怖い……電源を落とすのが。

 こうやって一生おびえて生きていくわけにはいかないのだけれど。
 今このなんの問題もない一瞬がずっと続けばいいと願う。
 眠らなければ死なないんだろう?

 その発想がもう、恋人を看取る準備ができたベッドの横での思考のようで、悔しい。
 根拠なくなにかを信じることができるか否かが、愛なんだな。
 いやほんと。

(実は、アメリカで私と同じように「多少はパソコンに詳しいつもりだがこのエラーに関する情報がどこにも見あたらずに困っている。再セットアップせずにどうにかする方法はないか」と某掲示板に書き込んでいる人は発見したのだが、それに対して「もっとパソコンに詳しい人」が提示したリンクがこれであった。まったくもってこの情報は役に立たないと私が断言する。質問者さん。レジストリいじっても解決しません。それどころか再セットアップしてなお、そのエラーは出続けます。あなたはもうあなたのマシンを見限ってしまったあとでしょうか。その後の書き込みがないので、自己解決されたものと信じて私は希望を持って我が愛機をいじっています。英訳エンジンで翻訳されやすいように、なるべくやさしい日本語で書きました。この文章が(なんの問題解決にもなっていないのだけれど)だれかの慰めとなっていればうれしいです(必死で日本語を訳して、こんな実りない結末でごめんなさい))

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※06/03/26
『0x80040017』のこと。(2)
へ続きます。



 しかし、神というのは、悲しいかな実に多くの人が知っているように、ときどき用事で仕事を休んでいることがある。

 タニス・リー 『顔には花、足には刺』

mabyo

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 最初に謝っておきます。いや、私が悪いんじゃないが……たぶん。

 先週、寝ていたら首筋がかゆくって、八割眠ったまま指先で首をかくと……飛び起きた。首に激痛。払いのけたなにかが壁にたたきつけられている……殺虫剤っ!! ムカデである。ムカデの毒はハチと同じで、二度目以降はアナフィラキシーショックによる死も考えられる強力な神経毒。私を噛んだムカデを薬殺して、窓を開け空気を入れ換えるそのあいだに、すでに目眩を感じている私……風呂場に走り、水風呂の中で傷口から毒を絞り出す。水の冷たさのせいか、痛みが引いたのでさほど大したことはないらしいと安堵する。この騒ぎのあいだ、一緒に寝ていた妻が起きる気配もなかったのはすごいことだと思いながら、さすがに眠れないので死んだムカデを捨てにいくついでに夜風に当たりに外へ……何年か前にも噛まれて、それから家のまわりに殺虫剤をまくようにしていたのだが、そういえば今年はまいていなかったなと思ってもあとの祭り。

 神経毒は、リンパ腺を腫らします。猛毒に対抗するために大量生産され戦い死んでゆく我が白血球たちの活躍によって、私の右の首筋は腫れ上がり、翌日から首が回らない。私は腕立て伏せが日課なおかげか普段ほとんど肩こりのない人なんだけれど、その日はずっと首に意識がいっているせいなのか、ひどい肩こりに、頭痛。頭痛は三日以上続いて、リンパ腺のしこりも「あの程度のムカデで? 実は転移したガンのしこりなのでは?」と疑いたくなるくらいに小虫の毒のくせに猛威をふるいまくり。グロテスクな外見はダテじゃない……ていうか、そんな姿しているだけでもう充分誰も近づかないだろうに、そのうえ猛毒まで持っているとは、ムカデも考えれば哀れな生き物だ。死をおそれるあまりに、孤独な生命体に進化しただなんて。

 その頭痛のさなか起こったこと。

 非接触による読みとりなのにハードディスクは消耗品だという論拠がよくわからないが、まあヌンチャクは人を殴らなくても振り回しているだけで消耗するのと同じことだと思えば納得できないことはない。それにしたって私の使うメインパソのハードディスクは、はかったように二年でクラッシュする。

 通常使用で五年が寿命といわれるハードディスクだが、メーカーのいう通常使用とは、一日八時間でのこと。ほとんど途切れなく二十四時間録画しているハードディスクレコーダなどだと二年半で寿命がくるということだけれど、そう思えば某電気屋の五年保証はすばらしい漢気である(ジョーシンのロングラン保証はハードディスクを含むのだ。って書いちゃったが。宣伝になるのだからいいだろう。むろん、ノンジャンルで録画をし続ける私の愛HDDレコーダーもジョーシンによって保証されている)。

 ちょうどそんな時期だった。先月と先々月、締め切りラッシュでバックアップもとってねえや、と思った(本当に思った)、その日にブルースクリーン。九月の最初の休みがくる前に……つまるところ二ヶ月ほどのバックアップのないままに……今朝はメール書いて家を出たのに……その夜、我がマシンは唐突に危険な咳をし始めたのでした。

 しっかしXPの「システムの復元」って一度もそれによってシステムが助かったよ回復したありがとうビルおじさん、なんてふうに私を助けてくれたことがないのだが、やっぱり今回も傷を広げて二十分かかっていた起動が二十五分に延びただけだった。セーフモードでもハードディスクは息も絶え絶えに回っているだけ。そのあたりで覚悟して愚痴りだす……ハードディスク変えるなら、マシンごと買い換えちゃいたいのになあ……でもXbox360発売直前にして、一年後には次世代ウィンドウズの発売が控えている。この時期に予測でシステム組んでも、一年後にこれもあれもいるよ、くそ~一年待って必要なモノ見極めてから根本のシステム組むんだった。と歯がみするのは目に見えている。

 なんとか息吹き返さないかなあ、でも見るからにハードディスクが回っていないし、今にも倒れて息絶えそうなおじいちゃんの様相を呈しているものなあ(実際、一度につき数十分の時間をかける中途半端に壊滅状態ではない起動状況の中で、数々の救命措置をとっていると「もういいよ逝ってしまえ」と殴りつけて終わらせたい誘惑に何度となくかられた)。試行錯誤のすえ「手の施しようがありません」と宣告して処置を終えた。この時点で、二ヶ月分のデータは損失決定。

 そもそも一太郎ユーザーの私は、文書と辞書登録はインターネットディスクで地球上のどこからでも即座に同期できるようにしているので、たとえ我が家が津波に飲まれてもジャストシステムのシステムが壊滅しない限り、昨日までの書きかけの原稿と育てあげた辞書を失うことはない。一番大事なモノはちゃんと保管してあるから平気(ちなみにフロッピーディスクにも原稿は保存している。実体験だが、フロッピーディスクはびしょ濡れになっても乾かせば読み込めるのだ。最近はDVDメディアを使うビデオカメラが多くなってきたけれど、デジタルビデオカセットやいっそ8ミリやVHS-Cのほうが、絶対に長く残るはず、とゲーマーな私は思うのだ。ほんとよくプレイするDVD-ROMってすぐ読み込みエラーがでるようになる。光にも熱にも弱いし。よく戦前に建てられた民家から貴重な8ミリフィルムが出てきた、みたいなニュースがあるが、CDやDVDの記録など、絶対に数十年後には無に帰しているに違いない)。

 ほかにも消えちゃうと平気でないモノはいっぱい入っている(たとえば写真。二ヶ月分の数十枚はちょっと痛い)。しかし、一番大事なモノは無事なので、失ったものは時間がかかってもまあどうにか復旧すればいいやと覚悟を決める。どうにもだめっぽいが、どうせハードディスクを変えるなら最後にOS再セットアップもしておくか、と初めてみたけれど、やっぱりマシン自体の挙動が恐ろしく遅いので再セットアップが終了できない。もうまったくもってだめだね、と半ば吹っ切れて笑いながら、マシンをばらしてその内部の隅々まで掃除機をかけ、再セットアップも最小の最小に限定して行ってみる。

 ……ん? なんか、動いてる?

 なんだかぎくしゃくしているけれど、ちゃんとウィンドウズが起動している。おー。でもオフィスがインストールできない。なんかファイルがコピーできませんとかのたまうので、そのファイルを使っているらしいワードとエクセルを省いてセットアップ。できた。ウィンドウズアップデート。あ、とまった。でもここまできたなら、いけそうな気がする……再び再セットアップ。でもまたアップデートすると青画面、ということを繰り返して数日……

 戻ってんだよね、なんか。
 いまこれ書いているの、メインマシンなんだ。
 なにが原因だったのかよくわからないし、いまもまだときどき不安定で、いまにも壊滅的クラッシュを迎えておかしくはないのですが、まあ動いているので気にしない。締め切りの直前にマシンが大破したことがあったけれど、それでもどうにかなったので、どうにもならなくなるまでは不安定なマシンでも息絶えるまで可愛がってやるのが私の信条。

 なくなったものはいっぱい。
 特に、某賞の発表の直後だったので、初めて私にメールをくれた、という方が結構いらっしゃったのですが……これが冒頭のごめんなさい。メール本文とメルアド、全部消えました。この二ヶ月に出逢ったすべての人々に、私のほうから次のメールを送ることは不可能な状況です。気が向いたらまた、あなたのほうからメールをください。ほんとすいません。私のマシンがつまずいたのは私のせいではないけれど、やつの失態は飼い主である私の責任です。下げられる頭のある私が頭を下げます。本当にごめんなさい。今後は、どんなに忙しくても、月に一回はバックアップとります(いや、そう何度も決心したのだが……いえ今度こそ)。

 大水害にあった地域もあるし、日本全国的にみればそんなことはないのだろうけれど、今年の秋は、大阪にまったく台風がきていません。昨年の今頃は、飛んでくる石ころや木の枝から守る以上に、横倒しになりかねないほどの暴風だったので、バイクを守るために何度も避難させたりした記憶があるのですが、今年はいまだ皆無。関西大震災で欠けた大皿を捨てられずいまだに使っているのは、災害の恐ろしさって忘れたころに来るんだと忘れないため。
  
 高いところにモノを飾るときれいだけれど落ちてきて頭に当たると死ぬよ。

 本がどんなに好きでも、固定されていない本棚にそれを詰め込んでおくと、圧殺されるよ。

 噛まれてから殺虫剤まいても遅いんだよ。

 性格的なものかもしれないけれど、このあいだのアメリカのハリケーンで、避難勧告を無視して命を失った人たちが大半だったという事実は、私には理解しがたい。もちろん、書きかけの原稿のように、私にとって「それは置いてゆけない」ものはある。でも、数日後に巨大ハリケーンがやってくるとわかっていて、逃げろと言われて、でも逃げずに死んだ人たちは、いったいなんなんだろう。
 ニュース・キャスターが言っていた。

「でも、家や車や、買いそろえた電化製品を全部もって逃げるわけにはいかないから、だから逃げられないという気持ちはわからないではないですね」

 ……私にはわからない。そのニュースキャスターさんチのテレビほど大きなテレビではないからかもしれないが、私は家や電気製品を捨てられないから逃げずにそこで死ぬということに、一片の理解も寄せられない。実際、私はあの地震のあと、私を下敷きにしかけた巨大なオーディオセットを処分した。たぶん、いま避難勧告がでて、時間がもうないとわかったら、フロッピーディスクの束だけを持ってバイクで逃げる。財布さえ持っていれば、しばらくは家がなくても暮らせるはずだし、それだけの時間があれば、次にどうするかは模索できる。

 私の義父母は、和歌山の例の予測される大地震で「今後十年のうちにほぼ確実に津波に飲み込まれて壊滅する」地域に住んでいる。むろん、だからといって彼らは引っ越したりしないが、もしも地震がきて、津波が襲うとわかっていて、逃げることができるのに「家が」だの「車が」だの、ひどい話だが「犬や猫やおばあちゃんが」と言ったとしたら、私は許さない。自分が死んだら嘆くだれかのいる人は、なにかを守るためであっても逃れられる死から逃れないでいることなど許されないはずだ。そして、だれもにとって嘆く人はいる。おばあちゃんも逃げられるなら逃げるべきだけれど、逃げられないおばあちゃんと一緒に津波に飲まれるために、わかって留まるのは違う。

 大型ハリケーン襲来を想定して昨年実施されたアメリカ連邦緊急事態管理庁(FEMA)などの机上演習では、脱出の手段をもたない市民10万人が災害時に取り残されると推定されていたらしい。そして事実、避難勧告を無視したのは行くあても脱出の手段もない貧困層の黒人たちが多かったと聞く……だとしてもだ……それでも留まるのは違ったはずだ。ここにいて飛ばされたら不運とあきらめる、というあきらめは違っていたはずだ。その後の市内では、略奪の限りが繰り広げられたという。政府さえ、食べるために盗むのなら黙認するとまで言った。それをしているのは避難勧告を無視したが生き残った人たちだ。彼らは幸運だったのか。彼らは選んでそこに残り、一か八かの勝負に勝ったので無人の町で安全な盗みに興じられるのか。それは、勝ったというのか。

 たかがパソのハードディスク。それは、たしかに大事な手紙や、もう撮ることのできない写真を含んでいたんだけれど、それを失うことをためらって動かないマシンを見つめているのって意味ないわけで。「おれはこいつを守るんだっっ!!」と叫んで動けなくなることはドラマチックだけれど愚かしい。物も人も土地も大事にしたい。でもさ。もしものときには、きっぱり捨てたい。捨てることでしかどうにもならないことはあるし、いざ捨ててしまって、でも自分がここにいるのなら、時間をかけてどうにかすればいいのだ。

 ……地震以来、こんなパソの不具合だのムカデに噛まれただのってくらいの突発事態でも、災害に対する心構えとか考える癖がついてしまった。それはきっと「今回は予想外だったけれどどうにかなるくらいのことでよかった」という安堵。もしもあのムカデが巨大モンスターだったら、私は眠る妻を守って喰われて死んだだろうか。もしも私のパソコンに、失えば地球が滅ぶ最終兵器の起動解除キーが含まれていたら、あきらめずに死んでも直るまで直しただろうか。

 いや。大事なのはあきらめることだ。
 起こってしまった後ではどうにもならないことのほうが、多い。

 なんの救いもなく矛盾も含んだままの結論にうなずきながら、いまも私はウィンドウズアップデートを繰り返し、山のようなソフトをインストールしている。どこかでまた不安定になれば、今度こそあきらめて新しいマシンを買いに出るかもしれない。祈っていてください。

 これを書くあいだに、なんどキーボードの配列を設定し直しただろう。キー配列もディスクに焼けるようにしてほしい。機械は壊れること前提でいなくてはいけない。ハードディスクは消耗品だ。そして人が死に、地球がいつか滅ぶことも、みんな知っている。

 つまりは世界は、そういうところなんだってことだな。
 ああ鬱陶しい。
 かすかな頭痛がいつまでもとれないのは、本当に毒のせいなのだろうか? ……ちがうならば、なんのせいだ?

 以前も『全裸男』にからめてここで書いたけれど、ネット発の日本語で書かれた物語というものが市民権を得ると、それはそれでそこに特化した物語作家が生まれてくるんだろうね……という観測を加速させるかのように『痴漢男』の映画化が決まったとか。『電車男』の場合にはそれはノンフィクションをもとにしたフィクションであるというタテマエがあったのだけれど(実際どうなのかは私は知らない)、今回はほぼフィクションが確定している何者かの創作物なわけで、ほんと確信犯的にそこでの作家活動を始めるやつらって増えるだろうなあ、と。でもそうなると「また作家だよ」と思って親身になってコメントしない傍観者が増え、結果としてこの文化が廃れてしまいそうな予感も。私は2ちゃんねらーではないし、紙に印刷されるための小説を書いている人だけれど、日本語で書かれた物語がどんな形であれ書店にあふれかえる状況は夢見る未来なので、釣られる人は疑わずに釣られておもしろい話いっぱい作って欲しいなあ、と思います。『痴漢男』も、私はおもしろいと思ったし(未読の方は上記リンクの「双葉社まとめ」で読むといい。オリジナルは数日がかりでないと読めない長さだ)。デジタル文化の普及で本をだれも読まなくなるなんていう識者のコメントを、裏切って駅前には必ず本屋さんのある世の中になって欲しいものだ。ベストセラー文学だけが日本語じゃないだろうが。クーンツの新刊が最寄の書店で置いていなくてアマゾンで買ったのはほんと寂しかった。海外翻訳物の棚はどこの町の本屋さんでも縮小されつつあるうえ、ベッドタウンの老人達に媚びるためなのか二十世紀に映画化された原作本などで埋めつくされている。新刊でさえ一冊ずつしか入荷しないので、だれかが買えば、次の入荷待ち。だったらアマゾンで買ったらメール便で翌日にはポストに届いている。「触れられる」ということこそが、本屋さんの存在意義なのにさ。

 自分で自分の首を絞めているような店が多い。
 もっと長期的なこと、考えたほうがいいと思う。

 というとこから文学論に移行したいところだが、いまの私はそれどころではない。
 『~男』的に言ってみよう。

 聞いてくれおまいらっ。

 ……そういう日本語はどうにかしたほうがいいな。
 どうでもいいが本題。

 朝、まだ日も昇る前に目が覚め、手洗いに行って、台所に行きミネラルウォーター(アルカリイオン水)を父の手焼きの湯飲みで飲み、新聞を取ってくる。そもそもこの時間に一度目が覚めてしまうのは、近所の朝早くからご出勤のおねーさまが年季の入ったけたたましく鳴くスクーターを始動させるからで、私はやっぱりけたたましく鳴く自分のバイクが連れ去られてゆくわけではないのだということを確認するために新聞を取りがてら外界を覗くのだ。

 その日も、そこまではいつも通りだった。

 新聞をめくる……選挙前だということで、見慣れたおっさん(自分よりも歳上の女性をお姉さんと呼ぶのは、たとえその相手がしわだらけの三桁年齢に突入しようかという御高齢でも自然にできるのだが、なぜおっさんはどうしてもおっさんだとしか思えないのだろうか。おにいさまと呼べるおっさんに私はついぞ出逢ったことはなく、それは逆説的に私もおっさんにしかなりえないということでげんなりしてしまう……唯一の望みは、五十をまわってサングラスで全力疾走する「あぶない刑事」の館ひろしのようなおっさんもいるということだろうか。お兄さんとは呼べないが、兄貴とは呼べる)たちの顔ばかりで、おもしろくもない。そんな新聞をめくっていた、私の手がとまる。

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 経済産業省 『石綿(アスベスト)を含有する家庭用品の実態把握調査の結果について』

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 アスベストとは、その語源が「消すことができない」あるいは「永遠不滅の」という意味のギリシャ語(asbestos)に由来していることでも知られるとおり、この地上で永遠に近い場所にある鉱物である。

 すり減らないし、熱にも強いし、音も遮断する。
 経産省の公表したように、熱かったり冷たかったりうるさかったりする電化製品なんかにもたっぷり使われてきたわけだけれど……

 私は小説も書くが、セメントも売っている。

「……うそん」

 いや、嘘ではない。あの日から、大工さんにコーキング材を売るぼくらは「これには石綿はいっとらへんのやろうな兄ちゃん」と言われ続けて三千里。壁材はもちろん、接着剤や塗料のたぐいのすべてにその質問がついてまわり、むろん、その含有が認められた製品はすでに売り場から撤去されているのだから、かえってその質問には答えづらい。

 毒を含むものを毒入りだと断定するのはたやすいが、安全なものを安全だと断定することは、スタートレックの非破壊物質成分組成測定スキャナを手にしているわけではないぼくらにはできない。よってメーカーに電話する。これまた即答できない担当者が電話を取る。時間が浪費されてゆく。しかしまあ、私は塗料の担当者ではないので、訊かれれば一緒に調べはしたものの、しょせん他人事だったのだ。その朝、新聞をめくるまでは。

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 ブリヂストンサイクル株式会社 ニュースリリース

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 私は小説も書くが、自転車も売っている。
 その子供用自転車は、とても見覚えがある。

 先月、広告の品として二回もチラシに掲載され、店頭在庫がなくなってお取り寄せしたほど売れ、そのすべてを私が整備してお客様にお渡ししたのである。身をかがめ、後輪のブレーキに顔を近づけてテストしたのは私だ……だが、そのことに不安はない。すでにアスベストに関する知識を過剰摂取させられている私は、固形状の物質にアスベストが含まれていても、その物質をおろし金ですり下ろしてのみこみでもしない限り、平気なことを知っている。しかしだとしても子供用自転車にいまそれが見つかるのはイメージ的にまずかろう……

 小学校入学前のお子さんを持つ母親こそ、人類のなかで最強に傍若無人な最強生物であることは、私が指摘するまでもなく事実である。

「…………出勤したくない」

 というわけにもいかず、むろんすでにその記事を読んでしまったからには眠ることもできず、確実に憂鬱な一日が始まったのでした。

 詳細は省く。楽しいことなどなにもないから。ただ調べてみたらわかったことに、一年前にもエコキッズ(名前がまた苦笑を誘う。アスベスト入りエコキッズです。ブレーキは軽く握ってください)を取り扱い、何台か売っていた……それはそれはお客様の反応がおもしろかった(楽しくはないがおもしろいということは多い)。「まったく子供のものでそんなのって」と全員、憤っているふうを装うのだが(むろん実際に腹立たしくは思っているのだろうけれど飛散のおそれがないアスベストに過剰反応しないくらいには、みなさんニュースをごらんになっていた)、なにせ、幼児用の自転車である。それを一年もたってから販売店の担当者が言うに、

「メーカーとも協議いたしまして、当該ブレーキ部品の無償交換か、全額御返金ということにさせていただきたいのですが……」

 当たり前だが、全員が返品を選び、一年前に払った一万円ちょっとを受け取る……軽トラで回収されてきた自転車は、すり切れた補助輪も痛々しく粗大ゴミとして出されていておかしくない様子で、もちろん一年もたっていればお子様は成長しそのゴミのように傷だらけのアスベスト含有自転車のサドルは低すぎて乗っていられなくなっていたはず……でも取っておくものね、乗りつぶしてから御返金させてくださいだなんて……憤っている風な仮面の下で、我慢できずほくそ笑んでいることが全員から伝わってきた(みんなも経産省のサイトを参考に十年前の電気ポットなどを持って販売店に詰め寄るといい。いまなら返金を勝ち取れるはず。メーカーからは、すべての責は負うのでお客様の納得のいくようにしてくれ、とどの店も言われているはずだ)。

 そんなこんなで一段落……できなかった。

 問題は残っている。

 いま現在、連絡をとることができない「アスベスト入りワンパク」をご購入されたお客様が、あと一名。わらにもすがる思いで、こんなところにまで書いてみる。ご注文でも、配達でもなかったため、名前も住所もわからない。クレジット払いでもなく、店のポイントカードも使われてはいない。

 売り場には、その残り一名の方に呼びかける貼り紙をした。心当たりのある方は、ぜひ申し出て欲しい。まったく持って悪いようにはならないし、私の気も晴れる。

 そして、これを読む、すべての人に言いたい。月に一度でも使う店で、ポイントカードなんてものがあるのなら、ぜひ入って。個人情報保護法によって、いまではその情報はとても厳重に扱われているし、店側だって、お得意様のあなたに得してもらいたくてそんな制度を考えついているんだし。そしてなにより、あってはいけないことなんだけれど、毒入りのリンゴが混じっていたと判明したとき「食べないでくださいっ」と即座に呼びかけられるたった一つの手がかりになる。

 本当に、お願い。なによりも、どうやってその人を捜したものか……とモニタの前で途方に暮れる、私のようなレジャー担当者の一日を無駄にしないで済むのだから。

 にしても……永遠という名の物質にこれだけ人類が怯えおののくさまは、なにかファンタジー物語風でもあるなあ、とおののき走り回っている当事者の一人でありながら、思ってしまった。聞けば、肺の肉壁に突き刺さったほんの小さな永遠のひとかけらが、溶けることも吸収されることも排出されることもなくそこにとどまり続け、その結果として細胞が突然変異を起こしてガン化するのだという。

 小さな命の集合体である人間は、絶えず死を迎え、七年から八年もあれば、全身の細胞がすべて入れ替わる。つまり、八年前の私は、物質的にはもうこの世に存在していないのだ。小さな死の積み重なりこそが、人間の「生」である。しかしもしも、私の肺胞に小さな小さな永遠のカケラが突き刺さっていたら、それはそこにあり続けるのだ……私自身が消え去ってしまったのに、私に突き刺さったトゲは消えない……パラドックス。そこには矛盾がある。人の肉体はその矛盾に解決策を見いだそうとするのだろう。その結果が、永遠に増殖する死なない細胞……ガン細胞。

 そう考えると、永遠とは決して人が触れてはいけないものなのだと実感できる。なぜ、耐用年数数年の製品に永遠などを組み込まなければならないのだろう。人が滅んだあと、砂漠にそびえ立つ無人の朽ちないビル群を想う。人は人が生きる以上の永遠を追い求めてはいけないし、自然という大きな生き物の含むそういった部分にも、近づいてはいけない。人は永遠を御することはできないのだ、それこそ永遠に。

 汗でべとつく? フケをなんとかしたい? 抜け毛をとめたい? 生理がわずらわしい? 爪を切るのが面倒くさい? 髪がのびるとスタイルが決まらない? せっかくいいところなのにどうしてトイレに行きたくなるんだろう?

 死ねばいい。
 
 永遠を求めるのってそういうことなんだなあ、と自転車回収しながら、切に切に思いましたよ。ブレーキ部品って簡単に交換できるものなんだ。だいたい幼児用自転車に十年乗る人なんていないんだから、摩耗したって交換するレベルまでいかないだろう(実際に酷使されたマシンを見たが、ブレーキはまだ数年は交換不要の状態だった)。なのに手をのばせばあったから安かったからと永遠のカケラなどを躊躇なく使ってしまう……

 人類が滅ぶとしたら、
 絶対人類のせいでだと、痛感した。
 長期的に考えること、覚えなきゃダメだね。
 みんなみんな。