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 この国では他国以上に汗を流さなければいけない。
 緊張感の欠如は、終わりを意味します。


 アラン・デュカス

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 週の半分、そこで買い物をする。
 ていうか日付が変わるころに帰宅して食事する我が家にとって、23時まで開いている近所のダイエーが「仕事が終わってから買い物に行ける」唯一のスーパーマーケット。
 まあそんな時間に買い物するんだから、総菜や寿司や肉なんてものはみんな半額なので、あんまり私がその店の経営についてうんぬん言えたもんじゃないのですが。

 入ってましたよ、先日のリストに。
 閉鎖リストと通称呼ばれているものに。
 本と電気関係の部材が食料品と同じくらいに必要な私にとって、それらの店がすべて入っているダイエーは夢のような場所だったのに……バイク停めやすい大きな駐輪場があるし。

 でも一方で、いついっても二、三人しか客のいない本屋がだだっ広い面積とっていたり、うちの店では私ひとりで回しているような面積の売り場に五人も六人も従業員がいたり。たしかに便利なんだけれど、これで大丈夫なのかっていうのはいつも思っていた。

「あれ、今日はいつもあるあれないの?」

 と閉店間際に来て半額の総菜を買っていく私が思うことはほとんどない。
 つまるところ、ほぼ毎日同じものが売れ残り、半額処分になっているわけで。
 仕入れの基本姿勢が違う。
 威張れることではないが。

「ま、切れたら謝ろう。安いんだし」

 というのはうちの店での合い言葉のようなものだ。
 そりゃまんべんなくなにもかも切れないように用意しておけるならばそれに越したことはないが、そのために黒字化できないでいては、結局のところ高い価格で提供することになり、あげく閉鎖リストにのせられる始末である。
 なくなったら困るっつんだよ。
 赤字でも続けようというその考えが、結果として私という近所の客に多大なご迷惑をおかけすることになるのである謝れ。

 だいたい、他に選択肢のない深夜客の私などにとっては、コンビニの価格と見比べるしかないのである。
 けっこう、深夜でも客は多い。
 なのに売っているのみんな半額。
 なんのための深夜営業だよ!
 ほかの店が閉まったあともうちは開いてます、って始めたんだろうに、選択肢のない客に高い物売りつけなくてどうする。

 そんなダイエーに、あのリストの公開があってからはじめて買い物に行った。
 ついさっき晩ご飯を買いに(ちなみにホットドッグ(パンが半額)を作ってチキンウィング(半額)とサラダ(レタスとアボカド90円))行ってきた。

 ……ひどい。
 あまりにもひどい。

 いやほんとひどいよ従業員の覇気のなさときたら。
 毎週二度は顔を合わすレジのいつも笑いかけてくれる女の子がはじめて無愛想に接客しているのを見た。
 近々消える店……というか、消えるかどうかももやもやとはっきりしない現状のなかで……働き続けなければならないっていうのは拷問だ。
 特にレジのバイトやパートの人たちにとっては閉鎖は直接的なクビなわけだし、閉鎖リストとはいえ同時に売却予定リストでもあるということは、もしもこの店がどこかのだれかに買われたら、私たちはどうなるんだろうと思ったら辞めるに辞められないだろうし。
 従業員達の困惑が、疲れの見える深夜であったからかもしれないが、空気感染するように客の心にも染み渡る。
 やるせなかった……

 総菜売り場の彼だけは、

「はい半額ですよ半額ぅー」

 と妙にテンション高めで陽気。
 きっと短期バイトのコなんだ、とムッとする私。
 深夜近くというほとんど同じ時間に買い物に来るので、レジの人たちはいつも同じメンツで、その中の数人は数年変わらずダイエーで働いているということを見て知っている。
 むしろ、落ち込んでいる彼ら彼女らと同じ心境になる。

 駅前の広大な一等地を閉めるそのダイエーは、千台規模の駐車場を持ち、そのすべてがなくなってしまうことなど到底考えられない……それがもし起こるのだとしたら、その某駅の前は広大な空白地になるのである。ひとつの町の消失と言っていい。

「駅まで三分、ダイエーまで一分」

 というウリ文句で昨年、高層マンションが建ったばかり。
 入居者は詐欺だと訴えるだろう。
 だれを?
 やるせない。

 ところで今日は、明日の夜のぶんも買い物してきたわけであるが。
 そのメニューに関して、最近、あれ? と思ったことがある。

 パエリア。

 私は料理に関してはひとつのだれかが作ったレシピというのをそのまま使うことはしない派なので、同じモノを作っても二度目三度目、四度目五度目とまったく違う味になっていたりする。その進化していく過程が料理のおもしろさだと思っていて、だれかが喜ぶとかいう料理人的な感覚よりもむしろ、化学の実験ってたのしいよね、といったノリのいわゆる「車磨くことが好きな男という生き物にトイレやお風呂を磨かせたら下手なはずがない」という理論を実践する料理趣味人である。ていうか主夫だ。嫁の弁当も作る。

 たぶん、パエリアは数十回は作ったはずだが、最近、目から鱗なできごとがあった。
 それはおそらく、最初に見たレシピがそうだったからに違いないのだが、どういじってもこれは外せない基本、というものだとずっと思っていじらずにいたものがあった。

 ブイヨンである。

 四角い、キューブブイヨンというやつ。
 西洋ダシの素と呼んでいい。
 家庭におけるスープ料理には欠かせないアイテムである。
 (まったく料理をしないひとのために書いておくならば、要はそれをお湯に溶かせばコンソメスープができあがるといった感じの代物。厳密には違うが)

 いまも、ネットでパエリアを検索してみた。
 だいたい、九割方のレシピがこれを使っている。
 だから私もこれはなくてはならないものだと思っていた。

 のだが。
 ある日、買い物しながらふと思った。
 なにかの番組で、本場スペインで巨大パエリアを作る祭りとやらを取材しているのを見たことがある。
 そのとき、だぼだぼと水をホースで入れていたのは見たが、もちろんブイヨンなんて入れていなかった。
 でも、本場のパエリアの国で、それにダメを出す人はだれもいない。

 んーちょっとまてよ、と。
 わざわざ家で「パエリア作りましょう」というとき、最低限でも肉や魚や野菜といった具はのせるものだろう。
 だとしたら本来、パエリアとはその具から出たダシを米に吸わせる料理ではないのん?
 私は化学調味料を料理にほとんど使わない。
 かつおや昆布のだしの素も、ダシを取る時間があるときには使わない。

 なのにブイヨン・キューブはなにも考えず使っていた。
 というわけでなしで作ってみました。
 鶏肉とホタテとあさり、パプリカとキノコ。
 炒めれば脂が出る。
 蒸せば野菜のいい香りがする。
 ワインも料理用じゃないの注ぎ込んでみよう。

 結果。
 おいしかった。
 いや、ブイヨン・キューブで作ったスープは美味しいよ。でも、それをなしで作って、いままでそのエセブイヨンのせいで殺されていたワビサビある生身のダシの味が見えてきた。
 充分、これでおいしい。
 ていうかこっちがいい。
 ダシを取る時間があるなら、便利アイテムは使わない。
 科学の力をかりてダシの味を濃くしたからっておいしくなるわけではないのですね。
 料理の基本。

 アラン・デュカスは1956年フランス生まれ。72年に料理の見習い修業をはじめ、その後恩師であるアラン・シャペルのもとで経験を積む。87年、モナコの「ルイ15世」の料理長に就任し、90年、33歳で史上最年少の三つ星を獲得。96年パリに「アラン・デュカス」を開店、97年三つ星に。現在はパリ、モナコ、ニューヨークのほか、世界各地にレストランを持つ。昨年の12月には東京にシャネルとともに新しいレストラン「ベージュ東京」を出店。今夏には青山にも新店開店予定。レストランガイド「ミシュラン」で合計九つの星を獲得したフランス料理界の重鎮であり、書籍や調理師専門の料理学校など縦横無尽な活動で知られるフランス料理界の伝道師。結果として合計三回、店に爆弾を仕掛けられ近年も五人の逮捕者を出したという、フランス料理界の多くの凡シェフにとって「いつか殺ってやる」リストの最上位にも位置するまさにフランス料理界のドンである。

 至高の料理人にして、企業人。
 彼が言う。
 
「ビジネスよりも大切なのは、人間関係」

 料理と同じだ。
 なくなってみてはじめてわかる。
 なんかエロ親父みたいな感想なんだけれど。

 レジのあのコが微笑んでいたから、私はあの店のそのレジにならんでいたのだって……そして反面教師に思い知る。客商売にたずさわる以上、私の給料って、私の微笑みを見てだれかがいい気持ちになるかどうかってことなんだって。
 小説の書き手と読者の関係もそうだろう。
 ダイエーのあのコが、実はダイエーを支えているのだ。
 つらいときに、客のためにたのしい文章を綴るのはしんどいよね。
 でも、あなたが揺らぐと、私のあたりまえの毎日が揺らぐ。

 また、買い物に行きます。
 微笑って。
 箸はいらないという私に、えっという顔をして、こんな時間から料理して晩ご飯ですか、と言いたげな顔をして魅せて。

 私の心の中も、ワビサビあるいろんなひとたちの微笑みとか涙とかでおいしくなっていく。そして私を含めた、そこに住むひとたちから滲み出すものが町の味であり、地球のダシになっている。
 効率的で便利な画一的ダシも、常備はしておきたい。
 でも、やっぱり基本は生身から滲み出すダシの味なんだよなあ、と息苦しいダイエーの空気に思ったのでした。

 みんながんばれ。
 私ももっと滲み出そう。

Alain Ducasse