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 あのサイトはまるで第二の我が家のように思えたが、同時にそれが外からまる見えの金魚鉢であることは、前からわかっていた。友人の家のリビングルームのように居心地はいいが、一種のテキストベースの放送である以上、だれかがアクセスしようと思えば、その内容がそっくり入手できるわけだ。


 ウィリアム・ギブスン 『パターン・レコグニション』

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 電脳世界に純然たる意味でのプライベートはない。
 ところで私は、レストランで食事をするのが嫌いだ。
 五人以上のメンバーでなら酒屋で飲むのもアリだが、二人きりならどちらかの自宅かホテルの一室がいい。
 マクドナルドのチーズバーガーでさえ、できることなら家に持って帰って食べる。
 たいていにおいてマクドの店舗はガラス張りなので、一階席には座ったことがない。
 孤独が好きなわけではない。
 ただ、背後にだれかの視線を感じるのが不安なだけだ。
 別に、命を狙われる、なんらの理由もないのだけれど。
 職場の食堂でさえ、左腕が壁に触れていないと落ち着いて食べられない。
 
 『モンティ・パイソンの空飛ぶサーカス』で、こんなコントがある。

 レストランに入ってくる一組のカップル。
 席に着き、メニューを開く。
 と、すぐそばの席に座っていたバイキング(?)たちが、歌い出す。

「SPAM、SPAM、SPAM!!!」

 と、なぜかその店の店員も歌い出す。

「SPAM、SPAM、SPAM!!!」

 むろん、最初は眉をひそめていたカップルだが。
 「SPAM」の大合唱に囲まれるうち、ついには注文してしまう。

「SPAM!!!」

 ちなみに「SPAM」とはHomel Foods社の味付け豚肉の缶詰の商品名。
 ちなみにこれ。

 で、このコントが転じて、現在、頼みもしないのに大量に送りつけられてくる広告メールのことを「スパム・メール」と呼ぶ。

 「SPAM」缶のメーカー、Hormel Foods社は、迷惑メール対策会社が社名に「Spam」を用いることが自社の商標の価値を損ねたとして裁判を起こしたことがある。Hormel Foodsは、迷惑メールとしてのスパムは「spam」と小文字で表記して自社の製品と区別するように主張している。

 価値をそこねた?
 いや、「スパム」の語源を調べて、あの出来の良くない「スパム缶バーガー」のサイトにたどりつき、後日、百貨店の地下で「スパム」ハムを見つけてしまい、喰ってみて「あぶらばっかりじゃないかっ」と叫んだ人が世界中にどれだけいるか。
 「スパム」ハムの売り上げの九割はそのケースで占められていると思うのだが。

 ギブスンの『パターン・レコグニション』を読了した。
 現代を舞台にしたサイバーパンク。
 我々の棲む星で、我々の営むこの毎日はなんて奇妙なんだろう。
 モンティ・パイソンのコントもそうだが。
 作者は風刺というよりもおもしろがってそれを演じていて。
 そこには、でもおれらってそういうとこで暮らしてんのな。
 という達観めいたものがある。

 ともあれ『パターン・レコグニション』は、私が初めて読んだ、あの9/11同時多発テロをモチーフに使った作品だった。
 おれたちってこういうとこに生きている。
 そういうにはあまりにも非現実的で破壊的なあの出来事も。
 やはり、我々の日常なのだと、納得するしかない。

 ところで、SF翻訳界の大御所、朝倉久志氏(最近知ったのだが、氏の筆名は「アーサー・C・クラーク」のアナグラムだとか。言われてみれば。なんという純粋な人だ)が「訳者あとがき」で明かしているが、ギブスンが作中で「google」を動詞として使用しているのを、邦訳するさいに自分の保守的な姿勢のために「ググる」や「ググった」と訳せなかった、と。

 『パターン・レコグニション』の中で、何度も出てくるし、私の現実の生活のなかでも近頃はよくある。
 名前しか知らない相手と初めて逢って。

「なんでそんなことまで知っているの?」
「googleで」

 ──いや、私自身は別の検索エンジンを愛用しているが。
 ギブスンの二作前ではスパイの仕事だったその手の情報収集が、いまでは我々の手の中にある。
 わかんないことはとりあえずググってみる。
 料理のレシピも、あの人の素性も。

 まして、どこかの仕事でスタッフ・ロールに名を連ねたり、名を名乗ってウェヴ上に文章を載せたりしているならば、初対面の相手が自分のなにを知っていてもおかしくはない。逆に言えば、ググればわかることさえ知らない相手と出逢ったときには「ああこの人は私の名をググったことがない」くらいにしか関心を抱いていないのだと思って間違いない。
 奇妙な世界だが。
 世界はいまや、そういう場所だ。
 舞台は現代。
 しかしサイバーパンクの新作なのである。

 モンティ・パイソンのコントが現実になり。
 ウィリアム・ギブスンのサイバーパンクが現代になった。
 我々の頭の上にビルの破片が振ってきたあの光景も。
 結節点ではなく、ただの日常の一部だ。
 花びらが一枚、舞い落ちる。
 それで世界のなにが変わるわけでもない。

 ドリームズ・カム・トゥルーの『go for it!』という曲で「あなたの好きなのは好きじゃない」一例としてモンティ・パイソンがあげられる。その後、やさしい気持ちになった彼女は彼の好きな『サンダー・バード』は観なおしてみるがモンティ・パイソンは観なおされない(笑・という話だと私はあの歌をとらえているのだが、正確な歌詞を知らないので耳で聞いた印象だけだ。ジュリー・アンダーソンは観なおされるんだよね、確か。それとも女優のほうか?)。

 想像もつかない毎日が。
 一緒なら、無敵の毎日が。
 音をたててやってくる。
 それぞれの引力が違えば、もっと世界が広がっていく。

 確かそんな歌詞。
 ま、そんなもんじゃねえとは思うのだが(笑)。
 まったく趣味が違う相手とのほうが、世界が広がるってことはある。
 だいたい、そんな相手を好きになった時点で、あなたの世界は広がっている。

 でも、モンティ・パイソンは好きじゃない。

 あなたが好きだからみなおしてみたけれどやっぱり嫌いだわ。
 というのも、ひとつの発見。

 でも、モンティ・パイソンは好きじゃない。

 私は好き。
 世界に端っこがあるという思想が好き。
 そこから飛んでゆくの。

 奈落まで。
 でも、モンティ・パイソンの描く奈落って、なんだか素晴らしい場所のような気がする。

 ギブスンのおかげで、私はいまの自分の毎日がSFに見えてきた。
 コンチハッ。
 初めてお逢いしますねコンニチハ。
 ローマ字でも書いておこうかな。
 KONNICHIHA。
 最後の「HA」は「WA」と発音します。
 あなたは私が好きですか?
 顔も知らないあなた。

 私は好き。
 愛してる。

 今日も新聞の一面では、爆発した電車の写真。
 殺し合うヒトとヒト。
 そんな日常。

 バイク乗って買い物してこよう。
 ソーダが切れているんだ。
 私の日常。

 追陳──『徒然』のlivedoorへの移行は中止します。規約を読んでいると、blogを「投稿」と言ってみたり投稿者に文章削除の権限を与えないとか──どうも、文章の権利を書き手に有させず、二次使用する気満々に思えてきたので(あの規約では、ある日突然『LiveDoorBLOGの愉快な仲間たち』なんていうおもしろブログをまとめた本が出版されても、そのブログの「作者」にはなんの権利も発生しないことになってしまう。イチ書き手として、そんな規約を認めるわけには断じてならない)。新たなプラットフォームを探してさまよう日々です。ちくしょうMEMORIZEめ。来月中にどうにかせねばならない。忙しい月なのになあ。それはさておき、昨夜の『新選組!!』では鴨が斬られたわけですが、私の予想に反して、藤原竜也の綺麗なほっぺたに鴨の汚い血がびしゃっと……という『BR』を彷彿とさせる演出は採用されませんでした。ていうか、まったく血の流れない惨殺シーンだった。例の小学六年生女児の同人小説のおかげで映画『BR2』のDVDも無期限の発売延期だっていうし。なんかなあ。どうもそれとこれとは違うだろうという気がそこかしこでして、憤懣やるかたない吉秒なのです。

 なのでした。

William Gibson