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 パッと死んじゃえば、お父さん、お母さんと出会えるかもしれないと思うときがあるんです。小さいころ、そこに行けば、父と一緒にいられるって強く思ったこともあった。私、怖いことってないんです。ぶっちゃけ、死んじゃってもいいかなって思ったこともあるし。だから、自分がやることに、涙が出るほど怖いと思うことがないんです。


 一青窈

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 それなのに、涙の歌で有名になった一青窈。
 その名前の由来が知りたくてちょっと彼女のことを調べる。推測ではローマ字で書いて「hitotoyou」ということで「人とあなた」? みたいなことを思っていたのですが。

 本名なんですね。

 ところで、冒頭引用は、とあるインタヴューで彼女が語っていたことなのですが。
 台湾人の父につけてもらった「窈」という名前、女性らしい奥ゆかしさをあらわすというその字に、父親の死後、母親の名字であった「一青」(石川県ではポピュラーな名字らしい)を名乗り始めて「ひとと よう」。
 その母親も亡くした彼女が語っている。

 自分のやることに、涙が出るほど怖いと思うことがない。

 ──おかしな表現です。
 とてもひっかかった。
 そもそも、

 自分のやることを怖いと思う。

 という表現が、違和感を感じる。
 いや、日本語としてはおかしくない。
 けれど──

 自分の行いが、怖い。

 そんな場面が「ない」のだと彼女は語っているのだが、そんなもの私にだってないし、おそらく多くの人が、とっさには思いつかない。
 怖い、と思う時点で、人は自らにブレーキをかける。
 動物なのだから、当然のことだ。

 で、あれば。
 他人から見て「怖いよあの人の行動は」というような行動であっても、本人は怖くないから行動に移せていることが大半なのである。
 血まみれで刀を振り回すヤクザであったとしても、そのヒト本人は「自分の行いが怖い」などとは思っていない。むしろ、頭で決めたのに行動に移せないことだけを「怖い」と感じ、それを精神が凌駕したからこそ、行動している。

 強いて言うならば、こんな場面が思いつく。

 だれかにヒドいことを言いながら、頭の片隅で「表情も変えずにこの人にこんなヒドいことを言っている」──そんな自分の行いを「怖い」と感じる。

 逆説的ではあるけれど。
 自分のやることを怖いと思う。
 そういう瞬間とは、言いかえればそういうものだ。

 「怖い」と思っていない自分が「怖い」。

 私が彼女の発言に違和感を感じたのは、だからきっとそういうことなのだろう。
 彼女は、それが「ない」と言っているから。

 逆の逆は、正なのである。

 「怖い」と思っていない自分が涙の出るほど「怖い」
 ──そう思う瞬間が私には「ない」。

 なぜなら、

 ぶっちゃけ、死んじゃってもいいかなって思ったこともある

 から。

 はやくに亡くした父や母と一緒にいられると思うから、死ぬことが怖くない。

 その思想はわかる。
 けれど、そこに「だから」とつながるから違和感が生まれる。
 
 自分のやることに、涙が出るほど怖いと思うことがない。

 それは、おかしい表現だ。
 それは、ただまっすぐに言うならば、

 死んでもいいかなとか思ったこともあるけれど私はいまここに生きているんだからいまではなんでも平気。

 と、そういうことなのである。
 それはとてもポジティブな思想。
 それなのに「涙」や「怖い」などという言葉で逆説的に語られているから──だから私は違和感を覚えたのだった。

 彼女の書いた『アリガ十々』という詩のなかにある──「ふたりがもし出会わなきゃあたしは生まれなかったの 1千回も1万回も アリガ十々アリガトウ」──その言葉もまたそうだ。

hitotoyou

 ふたりが出逢ったからあたしが生まれた。
 だから何度でもありがとうと言いたいの。

 ──それをすべて逆説で書く。

 ふたりがもし出逢わなければ。
 私はここにいない。

 逆の逆は、正。

 でも私はここにいて。
 死にたいと思っていない。
 生きている。
 だからなんにも怖くない。
 泣くほど怖いことなんてない。
 私は私の行いに肯ける。

 とても強く、自然で、きれいな思想だ。
 それを、逆にして読んで見せる。
 言葉の遊び。

 ダークファンタジーの唯一無二の代名詞であるジョナサン・キャロルの言葉を引用しよう(ところでキャロルのひさびさ久々ほんとにひさびさの新作『Kissing the Beehive』邦訳は完了して今年発売のはずだが。東京創元社、はやくアナウンスをくれ。もしもキャロルを知らない人がいたら、あなたはとても幸運な人です。まだ未読のキャロル作品があるのだもの。ちなみにキャロルはかのスティーブン・キングもファンレターを書いたと公言している、まさにホラーでありファンタジー界の生き神様)。

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 基本的に、私は、私が知っているものについて書きます。
 私の書く文字は、文字通りの意味でしょうか?
 いいえ、すべての文章は、あなたの混沌を形作っているのです。


 ジョナサン・キャロル

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kiss

 私が知っているものについて書く。
 すべての作家が、そうなのだろう。
 一青窈は彼女の知っているものについて語る。
 素直な逆説を語る。

 私のカオスを形作るために。
 私は彼女の言葉にひっかかる。
 そして彼女の素直で強い想いに触れる。
 立ち止まったのは、彼女がまわりくどい言い方をしたからだ。
 彼女は、知っていたのである。

 詩人は偉大だ。