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 ちょうどこのくらいの秋の終わりと冬のはじめ。

 いまもこれを書いている11月の半ばに、私はTシャツである。前日の酒が抜けていて晴れた日にはツーリングに出るが、長くて低いドラッグなバイクなので素肌に革のベストとか、牙のついたマスクとか、肩パッドトゲトゲとか、そういう指向。

 さすがに裸やTシャツでは転んだときに皮膚がべろんとなるので、シャツやパーカーくらいを羽織って出る。暑いけど。実際にコケて厚いジーンズ生地に穴が開いたこともあるから剥き出しでは怖い。

 と思ったら。お気に入りのツーリングコースの折り返しあたりで「寒っ」となることがある。冬に今年も出逢う瞬間。バイクの走る速度の風が前方から全身に当たっているわけで、いくら暑がりでも冬に扇風機の前に数十分いれば寒くもなる。

 上着がほしい。

 ちょうどそこに古着屋がある。逆から見れば、その店があるからお気に入りのコースになっているとも言える。

 革のベストとか、牙のついたマスクとか、肩パッドトゲトゲなどを微妙なラインで売っていたりいなかったりする。ライダースジャケットの売られている量からして、私とは逆に「暑っ」でも革ジャン脱ぐと邪魔。売って帰ろう、というひとたちがいるのに違いない。

 その日は、でもやっぱり革では暑すぎる(し、昨今は動物の皮を着ていると冷たい目で見るひとたちがいるし)ので、もう少し薄手の羽織れる(植物性の)ものを物色した。厚さもサイズも私に合った、妙に安い木綿のジャケットを見つけた。数年前にお気に入りのアイドルが出演していたので録画して観ていた朝ドラのモデルになった老舗ブランドのラベルが縫いつけてある。パーカーが数万円という店のはずだが、私の手にしたジャケットは千円札で買える値札がついている。なにか難があるのだろうとあれこれ調べるが、着古された感がそもそもない。タイトなデザインなので、勢いで買ったが身体にしっくりこずタンスの肥やしにしていたのだろうか。

 ところでこの古着屋には難がある。もとが倉庫だったに違いない建物で、大量に仕入れて叩き売るというスタイル。店員の姿も見えないし、夏も冬もエアコンが効いていない。要は店に金をかける気がない。

 で、暗い。たぶん倉庫だったときの照明そのままなのだ。その光量たるや、新品の衣服を売る店では許されざる塩梅である。シオウメではない。アンバイだ。

 なのでしかたない。

 買って、着て、帰って、まだ気づかなかった。

 また着ようかと思って、ついさっき晴れた陽の入る窓辺で眺めて、やっと気づいた。前の持ち主は、タンスの肥やしではなく、扉で閉ざされていない通気良好な場所でこのジャケットを掛けたまま、放置した。虫食いも傷も、汚れもないのだが。

 肩が日焼けていた。

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 だから安かった。しかし、ということは査定段階で安く仕入れたということで、この写真も明るい部屋でフラッシュをたいてようやく写っているくらいの日焼けを、きちんと見て取ったということは、査定カウンターには明るい照明があるのに違いない。

 それをあの薄暗い店で売ったら客が気づけないことは明白である。が、ならば高く売ればいい。古着屋は返品御法度。売りつければいいのに、妙に安かった。寒いので買ってきて、帰りは寒くなかった、それだけでもうもとが取れたくらいの価格。

 今日もあの店は私のお気に入り。良心的だと思う。

 肩が日焼けているけれど、着古された気配のないジャケット。もとの持ち主が、着ないのに日の当たる場所でハンガーに掛けたからハンガーの跡が肩に焼けて、でもそのおかげで私に出遭った。いうなれば、だれかに愛されなかったがゆえに不当な扱いを受け、それゆえにいまは私のものになったさだめを幸と呼ぶのかそうではないのか。そんなこいつを私までもがいちど着て捨てるのは忍びない。薄暗い店でだったけれど、見目は気に入ったから買ったのでもあるし。

 色が抜けただけのこと。染めればいい。
 DYLON マルチ。
 ダイロンマルチ。
 公式曰く、七十年のロングセラー。

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 買ってきた。
 黒。黒は好き。
 でも買ってきて気づいた。

「濃色は二倍量を使用」

 そうですか。
 とはいえもう一個買ってくる気はない。ダイロンマルチを二個買うと、ジャケットの購入価格を越える。なにか本末転倒な気がする。

 鍋を用意した。

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 煮込まなくてもいいが、80度は必要。 それってたぶん、メーカーさんの気遣いだろう。バケツでも染められますよということをアピールしたいのだろうが、大きな鍋があって火にかけられるなら高温で煮たほうが染まるに違いない。

 あと用意するもの。

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 塩とトング。
 塩は色を定着させるために加える。

 手袋が必須とされているから用意はしたが、染料に手を突っ込んで揉むのだった。肘まですっぽり覆うような厚手の手袋でもないかぎり、どうやっても指が染まる。どこかの国で、子供たちが安いジーンズを素足で踏んで染めているドキュメンタリー映画を観たことがあった。青い脚の子供たちは、長靴を履こうとも思わない。そんなことは不可能だから。そう思えば、趣味でジャケットを染める私の指などいっそ真っ黒に染まれという気もする。

(ちなみにダイロンマルチでしっかりマルチに染まった指の先は三日間、ずっと黒かった。ペンキとか、毛染めとかの比ではなく、だれが見ても、なにやったの? という感じなので、なによりもこのことが作業のタイミングを思案すべき理由になる。毒手のコスプレイに黒ダイロンは最適)

 ダイロンマルチにはぺらっとした紙の説明書がついている。それによれば80度からトングで攪拌(なぜ金属製のトングかといえば、木製のヘラや箸だと染まるから)、手が入れられるようになったらひろげて沈めての繰り返しで二十分。あと二十分放置で完成と書かれている。が、これもメーカー推奨の最低限というところだろう。

 色を濃くするために水の量を減らし、ジャケットが浸からなくてムラになるほうが困るので、薄い灰色でも日焼け跡が消えればそれでよしと説明書の通りの6リットル。

 そして煮る。

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 はっきり沸騰しているので100度越え。生地が傷む件に関しては気にしない。もともとくしゃっとしたジャケットですし。

(結論をひとつ先に書いておくと、木綿は煮ても平気だったが、銀メッキされていたボタンが変色した。むらむらっとした私は好きな感じだったので愛は冷めませんでしたけれども。経験則として、ドレッシーな衣装を煮て染めようというのはハードル高い。ドレスは染まってもスパンコールはヘナヘナになる)

 説明書通りにトングから手もみで二十分。そして鍋を使った強み。もういちど沸騰まで温度を上げた。

(さっきタイミングの話をしたが、季節も大事。無臭ではないので窓を開ける必要があるが、夏にこの作業は目に汗が入ってたまらんだろうし、今回まだ冬の先端だったけれども、もうもうと立ちこめる湯気で鍋のなかの様子がまったく見えない。写真は、ふううううっと気が遠くなるくらい息で湯気を飛ばした瞬間を撮っている)

 ついでに、色の剥げた眼鏡の耳当て(プラスチック)と、カビとワインの染みが目立つ100均の生成りコースター(たぶんコットン?)も放り込む。きれいに染まればめっけもの。

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 完全に冷めるまで、二時間ほど放置。途中でジャケットは二度ほどひろげて沈め直した。

 最後に手作業で水が透明になるまですすいで、洗濯機で脱水。
 陰干し。完成。

 結果、完全に黒。

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 肝心の部分である肩の日焼けはまったくわからなくなったので、今回の作業は成功だった。間違いなく私はこのジャケットをこれからも着る。なかに白いシャツは着ないように、おそるおそるではあるが。写真の通り、生地は染まったが縫い糸が灰色にしか染まらない。ジッパーの脇布は化繊だったためほとんど染まらず、もとのジャケットとは別デザインのようになった。

 ちなみに100均のコースター。

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 染まったが、ジャケットのように漆黒とは呼べない。汚れが目立たなくはなったので満足だけれども、この比較によって大事なことがわかる。そこそこ名の通ったブランドのジャケットは、綿100パーセントと書いてあったら、本当にそうで、しかも質が良い。いかにも木綿に見える100均のコースターは、木綿なのかもしれないが、なんらかの質の問題によって、黒が黒と呼べるまでには染まらないうえに、ところどころムラが出る。生地自体が均質ではないようだ。

 眼鏡の耳当ては、マットできれいに染まった。

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 説明書にも、プラスチック容器を使用すると染まりますという但し書きがあるので、おそらく樹脂も染まるのだろうとは予測していたが、布のコースターや、ジャケットの化繊部分よりも圧倒的に黒く染まるというのは予想外。

 ダイロンマルチというマルチっぽい名前だけれど、説明書の通り、通常は黒色を黒色として出すには二倍量がいる模様(二倍にすれば真っ黒になるのかは、やっていないのでわからない)。今回のジャケットはたまたま染まりやすい素材だったのと、二度にわたり沸騰させたのが効いたのか。

 でも、こりゃ着られねえ、捨てるか、というものが、五百円で着られるものになって、明日の私をあたためる。素晴らしい話。

 そのうえで、いちど洗って干したほうがいいのかなあと迷い中。洗うと色が薄くなりそうだし、濃いままで着たら下に着るものに色移りするんじゃないだろうか、とか。某ドラゴンゲートプロレスの選手が、最近銀髪にしているけれど闘いが熱くなると白い汗をかいて見苦しいのを連想してしまう。専業プロレスラーなのだから手抜きしないでちゃんと銀髪にしなさいよと思いながら観ている……Tシャツ染めて夏着られないなんてわけないし、まして汗かく時期に着ないジャケット。大丈夫なんだよねえダイロンさんと信じてはいるが……

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(まったくの余談ですが、我が家に20リッター水が入る鍋があるのは、私が日に烏龍茶を3リッターは飲むから。ペットボトル三本と水筒を、毎日リュックに入れて出る。職場の冷蔵庫(本来は薬品を冷蔵する隅っこを拝借)にも絶えず二本。家の冷蔵庫の三分の一も烏龍茶で埋めている(あと半分はビールと炭酸水)。買っているとキリがないし、ヤカン程度では毎日湧かす必要があるので、一週間分を大鍋で。逆に、他の料理にはほとんど使ったことのない鍋。ダイロンの成分が残留していたとしても、飲むのは私だけだから家族は無事でしょう)


 




あれは悪人?
どうして?

だってサメだからさ

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映画 『ドライヴ』

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 このあいだ、私の母の生まれた土地である広島三次に伝わる怪談の話をしていて。

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『稲生物怪録』の話。

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 そういえばあれも、落ちぶれたスモウレスラーのせいで生まれた名物ではないかということを思いだしたので、書いておく。

 現在、広島県三次市の、ふるさと納税の返礼の品ラインナップは、米と酒と果物に肉で大半が占められている。ただ、ひっそりと魚貝類というツリーも用意されてはいるので、それを展開してみると、五種類。

 渓流の女王 君田町産ヤマメ
 渓流の女王 君田町産ヤマメの一夜干し
 鮎のわっぱ寿司(焼鮎)
 三次名産 鮎うるか
 鮎寿し

 ちなみに、うるかというのは鮎の塩辛だ。苦い。
 なんにせよ、川魚しかあげられるものはありませんと三次市みずからが主張するラインナップ。

 それなのに。
 裏腹に、三次はいま、海の魚の刺身を推している。
 海がないのに。

 ネズミワニである。

 地方によってはモウカザメなどといって売られているらしいが、三次のスーパーでは切り身がパックに入って、サメではなくワニとちゃんと書いてある。

 そう、ワニと書いてサメである。
 いや、あくまで肉の名称だ。三次のひと、つまり私の母もだが、サメはサメと呼ぶ。チキンナゲットがニワトリ団子では売上げが心配になるような理由によって、頭のよいむかしのひとが肉のことはワニと呼びはじめたのに違いない。

 頭のよいってなに? いやだから、三次に海はないのだ。ないどころか鮎で有名なくらいなのだから川ばかり。それはつまり土地が凹んでいるので水が集まるということ。盆地も極まっているため、どこの海から来るにしても険しい山越えである。そこで海水魚の刺身っておかしい。しかし世のなかには、おかしいものに価値を見出す御仁がいらっしゃるもので。

 世界を見てきたスモウレスラーとか。

 超有名人で、金も持っていて、そのうえに素行不良で大都会のエンタメ業界から放逐され地元にもどってきたような巨漢が、言うわけだ。

「あー大阪で食った刺身が忘れらんねえなあ。そういえばおれ来月デビュー十周年なんだよなあ、祝いだなあ、祝いごとといえば刺身だよなあ」

 反論できるものなどいようか。

 そういうことが、くり返される土地なのだ。田舎だ。しかし、意外に交通の便がよい。米も肉も農作物も売るほどあるし、結果ひとの出入りがあり、情報もある。

 天狗がわがままを言いがちな土地だ。

 逆説的な解釈ではあるが、清流は豊富ということが欲望に火をつけるのかもしれない。私は釣り好きな少年ではなかったが、三次の川で糸をたらせば小一時間でバケツいっぱい釣っていた。それも、釣りながらその川で泳いでである。下流では鮎を釣っているひとたちがいたが、上流で子供が騒いでいても文句ひとつ言わない。そんなもので釣れなくなる繊細さはそこにはなく、いっそ目で見て見えている魚に引っかけて釣るレベル。

 もちのろんのうんのかんので、糞ほど新鮮である。

 だが、その魚は刺身では食べられない。活きの問題ではない。スーパーの川魚のキングであるサーモンはなぜ刺身で売っているかといえば、養殖だから。天然の鮭を狩って喰うクマはそれが原因で亡くなったりもする。

 川魚には寄生虫がいる。
 海の魚にもいるが、内臓をとりのぞいたり、酢漬けにしたり、発酵させたりすることで人類はそれを克服してきた。しかし川魚の場合、全身寄生虫だらけなので、工夫を凝らすとかいう程度問題ではなくなる。ていうか、川魚が獲れる場所というのは、太古の島国においては、それが主食になるという土地。だれにも助けを求められない盆地の底で、危険をともなう美食に挑むものは、まあいない。

 だって焼けばすべからく安全なのだ。

 そして、塩焼きのヤマメやアユは、この飽食の現代においてもふるさと納税の返礼に使われるほどに美味。命がけで新レシピを考案する暇があったら米を植え牛を育てたほうが人生にとって実り豊かなのはわかりきっている。

 しかし、過程というものがあったのであろう。

 いまだから、三次の川魚を焼いて美味し。けれど、ちょっと飽食を知り、飽きるほど刺身を食ってきたものが、都会から三次にもどり、毎膳のように魚。

 焼くか煮るか。祝いごとなどあれば、たっぷり塩を振った鮎。

「さっき釣ったんだろうがよ、なんで焼くよ」

 都会にスレたのは言ってしまう。村のものたちが、いやわかんねえけど生で食ったら腹痛くなるんやて亡くなったものもおるんやて、と言ったところで、過程である。寄生虫がといった実科学的に納得できる説明のできるものがいない。

 ネズミワニが、その時代に成立したというのは、考えてみればホラーなことだ。

 鮫は、古代から島国で食べられまくってきた。まわりが海なのだから当たり前だ。鮫をワニと呼ぶ文献として有名な因幡の白ウサギの伝説では、ウサギが鮫の背を橋の代わりにする。それくらい海には鮫がいたということだろうから、海辺のひとたちは、巨大な肉のかたまりであるそれを消費する。

 食べたことのあるひとはご存じだろうが、鮫の肉というものは、こういう土地の名物の話の途中でぶっちゃけるのもなんだけれど、別段うまいものでもない。少なくとも、鯛も鮪もわんさか獲れる海辺のひとたちが、こぞって刺身で食うようなものではない。

 それでいて巨大な肉のかたまりなので、海辺では加工される。新鮮なうちに火を通して、いわゆるかまぼこのようなものにする。そうなると日もちがするため、外にも売りに出る。外とは海ではない。島国の内側だ。

「これなんの肉かいね」

 三次でも訊かれたに違いない。
 魚だ、と答えたろう。

「魚かいね。あんたらも焼いて食うんやね」

 そこで行商人は、知識をひけらかしたのかもしれない。

 海には巨大なワニという魚がいること。刺身で食うには多すぎて肉を消費しきれないこと……

「おん? いま、なに言うた」

 三次っ娘。すなわち私の御先祖さまは、耳を疑った。
 行商人はそう言ったのだ。

 ワニの肉を加工せずに余らせておくとテラテラ光りはじめていつまでも腐らない。

 ホラーである。怪談のたぐいだ。
 しかし我が御先祖さま、村を救いたい一心の萌えっ娘みよたんは、村で天狗になって、ときに暴れ出すこともある巨大な元スモウレスラーのワガママを思った。

「腐らん魚があると?」

 気弱そうな娘だったので、かまぼこを売りつけるついでに怖がらせてやろうかという雰囲気で話していた行商人はひるみながら、答えたかもしれない。

 腐らんみたいに見えるけどな、えらい臭いがするんや。

 厠みたいな臭いだとそのひとがいう。みよたんは、からかわれているのかしらんと半信半疑ながら、行商人に、こんど来るときはその魚を刺身でと懇願する。

 腐らないように見える刺身。
 臭いなど……腐臭でないのであれば、なんとでも。
 あのスモウレスラーは食うやろうねえ。

 腐らないようにみえて腐っているものを食わせてやろうと御先祖さまが思ったかどうかまではわからない。当時の見解としては、川魚の身に巣くう虫のせいでひとが死ぬなどということがわからないと同様、腐るということのメカニズムも正確にはわかってはいなかっただろう。

 結果として、ショウガ醤油でワニの刺身を食わされたスモウレスラーだか悪代官だか世捨てた殿様かは知らないが、そのあたりのひとは死にいたらず、みよたんに言った。

「うまし。次の祝いの席にも出せ」

 で、まあ、いまに至るまで、祝いの席に出される料理となった。と、三次の広報さんは言うが、我が家では、法事のときにひとが集まるのが常で、ひとが集まるとワニの刺身が出たから、私のなかでは、お坊さんの詠むお経とワニはリンクしている。

「ワニやで食うてみい」

 と、子供の私に食わせるために出されていたようなものだ。メカニズム的にいえば、鮫の刺身が腐らないのは、その身に含まれる尿素から変質したアンモニアが殺菌作用をともなって腐敗を防ぐから。天然の消毒液漬け。シメワニ。もちろんシメサバから酢の匂いが立ちのぼるように、シメワニからはアンモニア臭がするのであって、それゆえのショウガてんこ盛りだったのだが。

 現代では、スーパーで売られている鮫肉は、ほぼ匂わない。冷凍だから。冷凍車があるのに、アンモニア臭を出す必要はない。

 子供の私が食わされたのは、鮪の赤身となんら区別できない刺身だった。しかし慣例として、ショウガ醤油で食う。子供にとって、ショウガの辛さのほうが舌に痛い。

 うえっとなる。大人よろこぶ。

 鮫が泳ぐ海のない土地だからこそ、鮫=悪、のイメージは強く、それゆえに頭のいいひとが祝いの席に出すため、ワニと命名したのだ。きっと。タクシーの運賃を払わずに殴って丸藤さんを嘆かせるような元スモウレスラーは、当時も詳細は知らされず「ワニか! あのワニの肉か!」と食ったに違いないが、現代の幼子は詳細を知らされる「サメ? シャーク? ジョーズのサメ?」。味そのものは、なんということもないが、鮫を食べたことのないひとがよそから来たときには外せないイベントにはなっている。

 ……そういうふうに育てられた私が、法事だからといって我が子にワニを食べさせようなどとツユほども思わないという時代の流れからして、三次でも消費が減りはじめた。そこで稲生物怪録とワニ肉で観光客を呼ぼうと画策しはじめた彼らのとった行動は。

 照り焼きハンバーガーやソーセージなどが、三次へ行けば絶賛販売中だ。

 ショウガを効かせた照り焼きや、香辛料を効かせたソーセージなら臭いも消えて伝統も守って一石二鳥……って!

 否定する気はないし、話のネタとして、三次で有名なワニを食ったの引き出しがあってもいいとは思うし、私の幼少期においてすでにそういうイベントアイテムと化してはいたのだが。

 あなたが三次観光に行って旅館で同じ金を出すなら焼き魚コースを勧めたい。三次は良いところだ。そんなアンモニア臭、わざわざ嗅がんでいい。じゃなくてそのアンモニア臭もないんだってば。なぜ名物になると思うのかが不思議だ。いや、批判ではない。あそこには川があって川の魚が美味いということが言いたいだけ。

 火を通すなら、鮎の塩焼きでいい。
 いや、それが美味い。
 と、私は思う。

 冷凍車で運ばれてきたワニを座って待つよりも、折れ竹に糸をつないだだけの釣り竿で川に挑んでみるといい。いまでも釣れる。河原で開拓時代のアメリカのカウボーイみたいに焚き火をしても都会でのように怒られたりしない。焼いて食え。三次が、忘れられなくなるはずである。

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ワニ|観光スポット|広島県公式観光サイト ひろしま観光ナビ

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(ワニの産地としては和歌山が有名で。妻の実家がそのあたりなので、足を運ぶことも多く、あのあたりでは酒飲みが来ると特徴ある寿司が出される。なれ寿司という。腐りやすい青魚をあえて発酵させる保存食。日保ちはするがもはや魚の味ではなくなり表面にはカビが生えていたりもして、どろりとしたチーズのごとき食べ物になっている。正直言って、私は深く発酵させない早なれ寿司を美味だと感じるバッテラ好きにすぎない。でも、どういうわけだか「タクミさんはこういうんが好きよなあ」と深く深く発酵した本なれを私のために買っておいてくれたりする……でもまあ、それが土地の美味いもんの正しいありかたではないかとも思うのである。安全性の問題があるということか。技術的に難しいのか。しかし名物としてワニを山中で売るならば、当時同様のアンモニア臭がする刺身をこそ作らんでもいい時代に作って売らねばならんという気がするのだが……)

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 女房とは、いろいろあって。

 それで、有象無象の寄り集まりに属してしまうというのは、我ながらアホくさい話ではあるが。ハートランドのはずれ、ホースシューの丘の上に、俺たちはキャンプを設営した。

 ひどい冬だった。

 五月になってもまだ、雪が舞うどころか積もって動けない始末。

 ひとの前に馬が死んだ。
 流浪の民にとって、馬の死とは、それに乗る者の死でもある。
 そういうわけで、ひとも死んだ。
 孤独に嫌気がさしてぬくもりを求めた結果が、日々の喪失。別れが嫌だからつきあわないとうそぶく者も多いが、俺はきっと別れるための他人を求めたのだと気づく。

 つまり俺が殺したのであり、女房は察して去った。頭のいい女だとは思っていたが、俺の代わりに選んだ、あの男がましだということは認めたくない。

 死体を埋めた。
 雪がやっと溶けた。

 食うために、男たちは血の滴る獣の肉を見知らぬ町の連中に二束三文で叩き売り、女たちは腐りかけたスカンク肉以下の金で自分たちの肉を売る。

 丘には、何台かの馬車。
 雨風をしのぐためのテント。

 慰めあおうにも、プライバシーなどない。

 丘に風呂はなく、女たちはコルセットをはずせない。男たちは、永遠に強い振りをしつづける一派と、ケツをまくって怠惰に鹿の毛皮のあいだで眠りこける者たちに別れて無関心。

 丘に来たのが悪かったのかもしれない。

 壁のない、布の屋根一枚のテントでも家は家。
 流浪の民が家を持つと膿んでくる。
 夏も冬も、にどと来ないと信じているかのように。ここが暮らし続けることのできる家であるかのように。腰を据えるものたちが出る。

 おれは、女の、男の、手を振り払った。
 望んだ他人に望まれて反吐を吐く。
 救いがたい。

 狩りをすると決めた。

 だれも殺したくはなく、なにかを殺さねば生きていけないと。信じていると、信じている。

 伝説の獣というものが、棲くっていると聞く。
 伝説ときた。
 笑える。

 さしあたって馬を買う。
 どんな生き物も腰の頑丈さが清廉に生きるため必須だという宗教に俺は入信していたから、はちきれそうな尻の雌馬を選び、長い尻尾を編みこんだ。
 そういう髪型の女が好きなわけではない。
 髪を編みながらふと気づいたように話し出す女房が頭に巣くっている。
 編んで永遠にほどかなければ、永遠に話し出すこともないはずだ。
 馬はもともと話さないが、毛なんてものは邪魔なだけだ。
 特に馬だと糞がつきにくくていい。

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「よう俺の彼女。伝説のなにかを狩りに行こうぜ」

 口に出してみると、いっそう笑えた。
 この美しい世界から蹴り出されたのが俺でなかったのは素晴らしいことだと考えて、ほらみろやっぱりお前はそう考えたくて他人を欲したのだと……舞いもどりそうになったから、まずは小動物の噂を追った。

 伝説の熊や狼などというのも聞くが、ひとでさえ辟易しているのに、さらに大きな生き物に対峙するのは気が重い。

 伝説のビーバーなる生き物を追った。

 見つけるのには難儀したが、そここそが伝説であって、見つけてから襲われるなどということは相手がビーバーではありもせず。

 なぶり殺す。

 数発撃ちこんだ伝説のそれと、写真を撮る。

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 皮を剥ぐ。

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 手が脂でべとべとする。
 今夜はよく眠れそうだ。
 心臓が高鳴っている。
 伝説の喪失。
 俺による。

 昼間見た、奇妙な壁画を思い出す。

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 尻肉を信じるのは触れられるからだ。触れられないなにかを信じられる連中が、俺には信じられない。

 狼もやってしまおうかと思いはじめた。
 熊よりは小さい。
 近くにいるというのだ。
 ただ、さすがにひとを喰うという。

 動きの速い生き物に弾を当てる自信がない。
 矢に火をつけて射抜こうと準備する。
 獣は火に弱いものだ。
 伝説の狼とて、ひとではない。
 ひとは道具を持ち火までもあつかえる。
 ゆえに世界を好きにする権利を有している。
 すなわち俺がそうである。

 子供じみてはいるが、世界の王たる人類の代表として出向く。心臓の高鳴りはいや増し喋り続けてしまう。彼女はなにも言い返さず、俺の脚のあいだから去っても行かない。金で買ったということは金を出したのは俺なのだから承知しているにしても、これほど馴染むとは運命などと言いたくもなる。
 尻尾を編んだのは正解だった。

 笑いがとまらない。
 アメリカ、おおアメリカ。
 広大すぎてひとが砂のように感じられるときもあるが、いざひとがその気になれば、なんであろうが征服できないものはない。

RDR2005

 狼を射抜いてから、見ているものに絶句し、大きく息を吸ってから悲鳴をあげた。

「燃えたじゃねえかっっ!!」

 矢に火をつけたので。
 だれも止めないからだ。
 相棒は相性抜群だが雌馬なので喋らなかった。

 俺が悪いのか。
 伝説の狼を仕留めたが、毛皮が燃えた。
 黒焦げの伝説をコートに仕立てて着るなどとは、見る者も讃えていいやら笑っていいやら複雑なところに違いない。

 いや、どうせ、だれとも喋らないのではあるが。他人が俺を、俺が他人を思うように思っているかと思うと、ツバの広い帽子をかぶりたくなる。

 黒焦げの伝説の皮を剥いで馬に乗せる。

 次の伝説を狩るか。
 いつのまにかまた笑えなくなっている。
 あいつらはどうして他人を買って笑ったりできるのだろう。

 走ろう。
 アメリカ。
 おおアメリカ。
 出て行く道がないどころか果てにたどりつくことがない。

 俺はひとりでいる。
 雌馬は別にしてだが。
 なぜこうなったのか、よりも。
 なぜそれなのにまだここに俺がいて、だれもいないアメリカを走りながら他人のことを考えないようにどうすればいいのか悩んでいるということに、笑うべきだと思う。

 この謎がもし解けたなら、きっとそのとき旅は終わる。
 終わらせる。
 のだろうなとも思うのだけれども。

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 ゲーム『レッド・デッド・リデンプション2』(Red Dead Redemption 2。略称RDR2)をプレイしはじめた。

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 以前、『スリーピングドッグス 香港秘密警察』のときにも対峙した事態。

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『エルマーパラドックス』の話。

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 XboxOneのパッケージ版は日本語化されていない。あのときには、だったらと英語圏のひとになることを決断した私だったが、今回は、ロックスター社公式発言として「脚本を印刷したら高さ8フィート(2メートル40センチ)になった」というのを気合い入れて日本語化したとも言っておられたので、だったら日本語収録のあるダウンロード版をいただきましょうと。

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・ 『レッド・デッド・リデンプション2』の事前ダウンロード完了後、アップデートが発売前なのに来る。日本時間テッペンからプレイできるようだが、明日は早いので寝る。起きるな俺、はじめてしまうなあした帰ってからだ...

RDR2001

twitter / Yoshinogi

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 11月からは、オンラインも整備されるそう。そういうこともあり、ディスク抜き差し面倒だから、これはこれでいいやと100GB。

 はじめてみれば。

 『レッド・デッド・リデンプション』のときもこうだったと想い出す五年前のこと。長年のバイク乗りで、このゲームって広大な仮想の大地を生馬で駆け回るゲームで。

 バイク乗りというのは、どこかへ行くためにバイクに乗るのではないという、そういう性質を再発見する。

 1899年の広大なアメリカ大地に、ばらまかれた小さな出来事。壁画だとか、伝説の動物だとか。宝の地図なんかも序盤から与えられてしまう。

 馬で走り、細かなことを眺めてまわるのがたのしい。というか『レッド・デッド・リデンプション』も、宝の地図が指し示す土地が、メインストーリーを進めないと開放されない場所だったときにやっとメインストーリーを進めるといったプレイスタイルだった。

 西部劇の箱庭世界がバカ広いって荒野と山やんけ、という評も散見されるけれども。『GTA』シリーズのときにも私はたえず言っていたように、バイクがあって、広大な土地がある。それのなんと素晴らしいことか。今回は馬だが、なにも変わらない。

 逆に『GTA5』をプレイしながら、オンラインで他人の存在が煩わしくてそっちは長続きしなかった私にとって、オフライン状態でただただ散策する、いまこそ最上のときかもしれない。

 散歩好きなら、間違いなし。
 至極。

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Red Dead Redemption 2 日本公式サイト

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(西部劇の帽子に拒否反応がある? 写真見て。私は脱いでいる。そして今回、毎日ヒゲものびれば髪ものびる。ヒゲのびてきたな、剃るか。という仮想体験のできる希有なゲームにもなっているので、オッサン好きもぜひ。私はふだん社内規定でのばせないため、きれいに剃らないでちょっと残すのをたのしんでいる。オッサン好き)

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