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 シチズンさんの作る腕時計の、ソーラー発電には、独自の名称がついている。

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シチズン テクノロジーサイト[CITIZEN-腕時計]

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 エコ・ドライブ。
 上のサイトには、こう書いてある。

「1976年、シチズンは世界初のアナログ式光発電時計を開発。『エコ・ドライブ』と名付けられたそのテクノロジーは、太陽光や室内のわずかな光を電気に換えて時計を動かし、余った電気を二次電池に蓄える、シチズン独自の技術です。」

 さて。
 妻の時計が止まった。

wicca01.jpg

 シチズン製wicca(ウィッカ)。
 正確には、光に当てると動く。しかし、暗いところに持っていくと、二秒運針(電池が残り少ないですよと知らせるために、秒針が二秒で進む)になってのち、止まる。

 上の文言の通り。

「光を電気に換えて時計を動かし、余った電気を二次電池に蓄える」

 つまり、二次電池(充電池)に電気が溜まらないでも、光があればエコ・ドライブは駆動する。

 妻に言う。

「手首が出る服をいつも着ていれば大丈夫」

 室内の光でも発電できるし、彼女のウィッカは、電波時計ではないし、日付の表示もない。朝出るときに手動で時間を合わせれば、日が暮れるまで、動くはず。

 ……嘘。
 もちろん、そんなことは言わなかった。

 私は仕事で時計の電池交換もしているのですが。このエコ・ドライブの二次電池の交換は、通常の電池交換の料金では受けられない。というか、私には、さわれない。二次電池の交換は、どのメーカーさんも修理工場送りの決まり。

 シチズンさんの場合、二次電池交換は部品交換をともなう内装修理というカテゴライズで、お客さまに請求する価格は、一万三千円から。

 アマゾンさんのwicca特集ページを覗いてみましょう。

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Amazon.co.jp: wicca

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 モノによっては、一万三千円で新品が買える。

 さきほど「私には、さわれない」と書いたが、それは所属する企業の方針であって、私が技術的にウィッカの裏蓋を開けて二次電池に手が届くまでのところに到達できないという意味ではない。

 開けてみる。
 二次電池の型番を確認。

wicca04.jpg

 Panasonic MT621。

 ちなみに、電池の表面に傷が入っているのは、私がつけたものではない。ということは、入れるときについたのか。だとしたら、ロボットでなく人間が組み立てているということだろうか。どう見ても、工具をすべらせてついた傷に見える。

 コイン電池だが、特殊な金色のツメが、はずせない。

wicca03.jpg

 裏蓋にはていねいに、指定以外の電池を使うなとデンジャラスな警告文。何者かによってエコ・ドライブな時計の裏蓋が開けられてしまうことまでは想定されている。自社の従業員に向けてこんな警告を発するわけはないから、街の時計屋や、まさに、いまの私に向けてのものだろう。

 わかりました、指定の電池を。
 アマゾンさんでさがす。

 あった。

B0087WP6IY

 シチズン部品型番
 295-5100

 (注意: Panasonic MT621をベースとするシチズン二次電池は他にもあり、それぞれ金色のツメのカタチが違います。カタチが違うということは交換不可。お求めのさいは、くれぐれも、お手元のウォッチ型番から、ネットの海で対応電池品番を確定させる作業を省かないこと) 

 二千円ほど。
 公式修理による一万三千円のうち、三千円を部品代と見ても、残り一万円。ヒトに頼むか、自分でやるか。

 取り出せるものは戻せる。
 迷いませんよ行けばわかるさ。

 で、送られてきたのを、ただ戻す。

 迷うところはない。
 抜いた穴に、戻すだけ。

wicca02.jpg

 金色のツメが電極になっているので、嵌め込んだあと、その部分を上から押して圧着するのがコツと言えばコツか。エコ・ドライブの奇怪なところで、作業途中、二次電池を抜いているにもかかわらず、時計は動き続けていた。あくまで「余った電気を二次電池に溜める」仕組み。いま受けた光で針は進み続ける。優秀。

 以上。

 今日、こんなことをやりましたという日記であり、あなたになにかを勧めているわけではない。内部に破損のあるウォッチの修理は、一万円ごときではすみません。

 時計屋のひとりとして、言っておく。

 二次電池交換はプロにまかせて。
 大事な時計のために、払う金を惜しむべきではない。

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 余談ですが、裏蓋を開けた上の写真で、ムーブに「NO JEWELS」と刻印されている。これ、ルビーやサファイヤ。人工の宝石を、つるつるに磨いて軸を受けると摩擦が少なくていい感じ。なので、この時計は贅沢に宝石を何個も使った腕時計ですよとアピールする表記なのですが。最近では、宝石なんて使わなくても頑丈に動き続ける部品をロボットが平然と造ってしまうので「NO JEWELS」で、なんの心配もない。しかしいまでも、有名老舗各社は、高級時計のカタログに「宝石数」という記述があって何十個も宝石を内部に使っているとアピール継続中。その隣で、カジュアル価格のエコ・ドライブが、電池交換もいらないよ、なにも摩耗しない壊れず永遠に動き続けると謳っている。まあそれは、今回のように充電池の寿命もあるから話半分にしても。一方で宝石の数を誇って高級だから買えと迫り、一方では機械として進化したしたから買えと迫る、腕時計というモノの近未来での立ち位置の難しさを表す刻印だよねえ、と、いつも目にして思ったりもするのでした。




(※ 今回の記事の最後には、美しくない私の抜歯の画像が含まれます。そして内容も、個人的な記録の域を出ないどうでもいいことです。法的に問題がないパーツだからといって、己の肉体の内部を公共の場でさらすことに悦びを見出す変態なんてアルカトラズの地下へでも閉じ込めておけばいいとお考えのあなたには、読んでいただくと互いに不利益しか発生いたしませんので、ここでお帰りください。重ね重ね、別におもしろくないですし)
 
 それは三月のこと。

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『奥歯を抜く』の話。

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 いますぐ、その歯を抜きましょうと予約を入れてから、世界は変わった。

 春を越え、もう夏が来ようかという。

 そろそろいいかな、と。

 抜いてきた。

 痛くない歯である。
 親知らずを抜く理由として、痛むからというのは至極もっともな理由だが、私の場合、ただただ単純にいらない汚い歯を残しておくとあとあと良くないと説得されての抜歯。

 痛くない歯を抜いて、痛むと損な気がする。

 薬を売っている。相談にも乗る。
 有名な『今治水』という商品がある。

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 なんども買いにくるひともいる。
 そういうひとをいさめるのも、私の仕事のうちである。

 ところで、変わってしまった世界のなかで、咳止めを大量に買おうとするひとが増えた。そもそも咳止めには依存性のある成分が含まれるうえ気持ちよく(悪く)なる成分も入っているから、まとめ売りはいけないと習うのだが、この世界で咳止めをまとめ買いしようとするひとの多くは、ラリりたいわけではなくて、咳をして周囲から白い目で見られることを過剰に怖れるたぐいのひとたちで。そういうひとたちに、依存性がどうのという話をするのは、なんだか的が外れているような気がする。なので、やんわりと、咳止めトローチなんていうのもありますし、そういうのはどうでしょうというようなことを言うと、そんなのは仕事の関係でダメなのよあなただってアメ舐めながら仕事できないでしょう、と返されて。そうですねえ、そうなのよ、と困りつつ一気飲みできる咳止めを売りながら、このひとは近所の別の薬屋にも行くのだろうなと確信しつつ、しかし依存症とは違うし、病院へ行けというのもやっぱり的が外れている気がして。

 わかっていて選ぶひとに、語りかけるのはむずかしい。

 歯痛の薬も。

「病院行かれたほうがいいですよ」
「いやもう何本もやってんねん」
「なにがです」
「歯の根元まで腐ったら痛なくなんねん」

 それまで、痛みを止められればいいのだと。
 これが困ったことに、よく聞く話なのだった。

 もうすでに何本も、である。
 そのひとに、いまさらなにが手遅れになると、歯医者へ行けとすすめられようか。私の家族でも友人でも愛人でもないし片想いもしていない。そのひとたちがどうなったところで知ったことではない相手が、覚悟を決めているのである。そういうひとたちによりそえと習うには習った記憶があるけれど、いやいやあなたの歯の健康のために私はいま一時しのぎに痛みをおさえるための薬など断固として売りませんよ、などと言えようか。言わないし、言う気もないし。

 なので、先生の言うように、もう少し年齢を重ねて、残しておいた役立たずの親知らずが腐り、あごの骨に浸食したとして、大変なことになるのはわかってはいるが、世界が終わるわけではないということもわかっている。

 私はタトゥもピアスもしていない。どちらも好きだが、自分でする気にはなれない。脱毛したり染髪したりはするが、整形に興味はない。

 歯を抜くと、もどせない。

 たぶん、それが引っかかる。
 毛を抜いてもまた生えるけれど、歯は抜けたままだ。

 それがいま、抜けたままだ。

 歯茎に穴が開いている。
 舌先でさわるとわかる。

 麻酔の注射がチクッとしたのが、痛いとも呼べない程度の、ゆいいつの痛みだった。私の半分くらいしか体重のなさそうな女医さんが、ペンチ的なそれで、腕力で抜いた。あっというまで、さわった瞬間に「動きましたよ」「いきますよ」「ほら抜けた」、それで終わりである。

 抜けた歯を見る。

Wisdomtooth01

 ジャマにならないように削った結果、変なカタチになっている。モノを噛むのには機能しない、私の口腔内の奥に、生えているだけの硬いの。歯石がついている。奥の奥で、いびつなカタチのそれをクリーニングするのは無理だというのが、今回の処置の大きな理由だった。

 帰って歯を磨いたら、奥歯の裏側をふつうの歯ブラシで磨けるようになっていた。

 そりゃあ、このほうがいいに決まっている。

 一ヶ月ほどで傷は埋まると言われた。

 臼歯抜歯 265点。

 痛み止めのロキソンニンなどを処方されたのを合わせても、千円。

 整形に興味はないが、どちらかというと、いらない乳首や耳朶を取りのぞくよりも、シリコン製でいいから大きな胸がほしいとかツノを生やしたいという欲求のほうが、まだ理解はできる。

 そんな私だが。

 いらない歯がなくなって、歯ブラシのヘッドがすっぽり収まる空間ができて、痛くもなんともない、ぬるっとした治りはじめている傷が、だれにもバレないでいちにちになんどでも舌先でなめ回せるという現状に、快感めいたものをおぼえていないかといえばそんなことはなく。

 これはいいものです。
 幸福度が上昇する。

(それにしても、ロキソニンを使う必要がまったくないどころか、なんら違和感さえないのはどういうことなのだろう。麻酔が切れたら多少なりとも痛みはあると思っていたら、まったく。使っていないとはいえ、生きた肉体のパーツだ。その歯が老いたら地獄的展開の起因になるかもということで抜いたのに、それを抜いてもなにも感じないというのは。肉体の神秘? 実は、健康なひとが小指を詰めても痛くなかったりするんじゃなかろうかとか、いらぬ興味も湧いてきてしまう)

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●緊急事態宣言を受け、2020年4月8日から休業。

●1920年創業のため、ちょうど100年での閉店となる。

 というデータだけでクイズ王ならば正解を出してしかるべきニュースになってしまった。

 大阪、ふぐ料理『づぼらや』。

 『吉秒匠 / とかげの月』に、直近で出てきたのは、昨年の暮れ。

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『天王寺動物園入園無料日』の話。

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 この写真。

NoElephant04

 その日も、世界中のひとがそこへやって来て見上げていた。そのフグのハリボテだけで=大阪をイメージする向きも多いはず。

 『づぼらや』という語句で検索してもらっても、出てくる記事がある。

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『ひれ酒、するめ酒』のこと。

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 『づぼらや』のヒレ酒。

hirezake

 そういう店は雰囲気のものだ。フグのハリボテで有名な『づぼらや』でなかったら、私は、足を運んだことがなかったかもしれない。大阪に棲んでいるのに、あの有名な、あそこに行ったことがないから行ってみようというノリで盛り上がることがある。大阪ローカルなテレビ番組ではイヤというほどロケされるから、行ったつもりの通天閣に「あれ? 実際に登ったことあったっけ」と、登ったことがないという地方民を連れてはまた登って、けっきょくなんどとなく登っているという、そういうもの。

 疾病大流行で休業して、そのまま再開せず閉める。

 ふつうに考えれば、来年閉店しますと発表すれば、わんさか惜しむ客が詰めかけて、傾いた経営も立て直せそうなものだけれど。客を呼ぶために閉店するという矛盾をヨシとしない健全な商売人根性は、さすが100年の極み。

 なくなるのか。
 いや。
 なくなるのだ。

 フグのハリボテの看板が、どうなってしまうのか、まだ決まっていないらしい。

 だ、と断定しておいてなお、本当なのかという気がする。

 一等地も一等地にあるので、それはお高いでしょうが、看板も含めて丸ごと買い取ろうというナイトが現れないものか。現れるでしょう。現れないの?

 懇願するトーンで再開してという電話は鳴り続けているそうなので、それこそクラウドファンディングでも組めば存続はできるのかもしれない。私も少しなら出せる。

 だが。

 鍋を囲む業態で、密を避けての営業は無理というのが、店側の結論なのである。密。鍋で乾杯。密を売っているようなものだというのは、確かに。同じ箸で同じ鍋をつつくなんて、エロいもので。濃厚接触で。もとから、ぐっちょりねっとりしてOKな関係でないひとと特別な鍋屋で特別な酒を飲んだりしますかねという感はある。

 残っている写真を、載せておく。
 こんなでした。
 『づぼらや』。

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 白い身を、生で喰い、ダシで喰う。映える、と表現するほどのシャッターチャンスはない。かといって、そういう時代だからショッキングピンクに着色しましょうというようなモノでもなく、100年やって来たのが通じなくなったなら、時代に幕を引く。

 密を避けよ、なんてことが、100年なかったのに、今年はあったわけで。

 歴史の一部に、私もなる。
 鍋は無理。
 無理ですか。
 今年はあった、ではないのか。
 これから、ずっとそうなのか。
 だから閉めるのですか。
 それはまた、イヤな世界になるものだ。

 100年が終わるくらいなのだから、これからは、鍋でも喰うか、という誘いは、軽々しく口にしてはならない隠語のたぐい。

 大阪のあの界隈に、巨大看板の乱立するのは、芝居を魅せていた名残。いま演っている役者のデカい看板で客を呼ぶ。それが芝居目当ての客にメシを出す店にまで広がった。

 フグ、喰えるよ。

 という演目だったのが、100年で、ぐっちょりねっとり人目につかない場所で頬を染めながら食すプレイになる。

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づぼらや:ふぐ鍋/てっちり・ふぐ料理

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hirezake04

 This puffer shop is discontinue I'm saddened, destination of the beautiful and ridiculous sign is still undecided...

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