というわけで〆切も越え、GWも終わり、今日は一日(というか昨夜からずっと)立て続けに映画を観続けている。さっきやっと観た『ゴールデンスランバー』で元祖ドリームキャスト版シーマンが出てきて笑顔になりました。予約特典のマウスパッドもマグカップもいまだに我が家の棚にある。最近、アニメとか小説とかでも、あのころのセガへの愛をちりばめたシーンをよく見ます。気持ちはわかる。ファミコンの現役時代を知っている私だけれど、あれがスーパーファミコンになったときよりも、MSXがMSX2+になったときよりも、ゲームセンターでセガの『バーチャファイター』を見たとき、近未来に来たと感じた。最初は段ボール人形みたいだったポリゴン君たちも、ドリキャスの時代には、とぼけた人面魚を描けるまでになり、いまやエロゲどころかエロなしの純愛アドベンチャーゲームさえポリゴンで描けるように。あの段ボールに疑似であれ恋することも可能になるときが来ようなんて、近未来はとっくに越えています。
で、いまは『ボックス!』観はじめたところなんですが(どうしても邦画が滞留しがちなんですよねえ)、ボクサーのお話でってわけでもないんですけれど、ふと気づけば、二十四時間以上、食事を摂っていない。
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・花屋の娘な妻が実家に帰りカーネーション売りをしているこの時期、残された私は、そういった商店街の個人経営店を喰う大型店で、おなじくカーネーションを売っている。盆も正月も母の日も、売上げとか価格とかの話には触れない。もう慣れたけど。

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そんな理由で家にひとりなので、ごはんですよー、という時間がなく、いつのまにやら二日目の晩ご飯を食べる時間。でも『ボックス!』観終わった私は、原稿書いていたあいだ、それを気絶するまでプレイし続けたいと願っていた(触れたら本当にそうするので触れずにいた)『Halo:Reach』へ凱旋中。みんなひさしぶり、忘れてないッスか殺しあおうぜ! というような状態で。もういいや、晩ご飯いらない。

と、なんだかんだで。
肉体労働なお仕事はお休みだったのですが、日課なので、腕立てだ腹筋だはやっています。あったかい紅茶や烏龍茶はずっとそばにあって絶えず口にしていた、そのせいなんでしょうか。それとも、過剰な贅肉(ってすごい字だなといま変換して思う。贅なるお肉。おいしそう)が絶えず備蓄されているから、それをエネルギー源にしてってことなんでしょうか。
まったくもって、二十四時間とか過ぎたくらいじゃ、ぜんぜん空腹を感じない。
んー?
出勤日で、走りまわっていれば、もちろん数時間で空腹極まってもう動けない! って状態に陥るのですけれど。このなにげにはじめてしまった二十四時間断食の場合、そもそも、おなかがグーと鳴らない。
肉体を酷使しなくても、原稿書いていたりすると、はっきり栄養が足りなくて頭が働かなくなる瞬間がある。私はいつもそのたびに悪態をつくクセがある。集中が、空腹とか、尿意とか、そういうもので中断されるのが我慢ならなくて。ぼくは機械になりたい、というウォーホルの名言に共感するけれど、よく考えてみれば、機械になったってエネルギーはいるわけで。だれかがそっと背中のネジを巻いてくれるならともかく、ひとりきりではロボになったって定期的な補給もメンテナンスも必要。
それがなんだか。
いまならずっと食べなくても平気な気がする
ていうか、この文章書けているんですけれど。
映画もゲームも内容が頭に入ってきているし、あまつさえついさっき『Halo』で連続三回ヘッドショットの実績を解除したところ。
集中できていないわけじゃない。
なんなんでしょうね。
少し考えて、たぶんそういうことなんだろうという結論になる。
ストレスの存在。
家にひとり、溜まった映画観て、飽きたらゲームして、ほかにもこそこそいろいろして(笑・もちろんこのブログを書いている行為含む)。好きなことだけやっているぶんには、空腹を感じないどころか、胃袋が鳴ることもない。鳴らないということは肉体ちゃん的に、
「こっちは一日二日くらい、たっぷりある贅なる肉で大丈夫だから、せっかくの時間、たのしみなさいよご主人様」
と、殊勝な気づかいをしてくれているものと思われる。
肉体労働はともかく、同じ文章書くのでも、あきらかに本人が苦痛を感じている執筆作業だとグーと鳴る、という点をかんがみるに、それはカロリーが脳のために必要だとかそんなことの前に、精神状態を安定させるために必要なのではないのか。
いわゆる、ストレス太り、とかいうのは、そういうメカニズムなのでは。
というのを、ちょっと今度はアニメ観ながらノートパソコンで検索していたら。
近年、そういう研究は花盛りなのであった。
花盛り過ぎて、どこにリンクをはっても胡散臭いことこのうえないので、勝手に要約するならば、こういうこと。
空腹になると鬱から解放される。
それは。
becoming dinnerのかわりに
find dinnerするための進化だった。
そうなんですって。
おおもとになっている論文(これもいくつか見つけてしまったのでリンクはしないが、引用数が多かったのはこれだった)のタイトルは、
「The orexigenic hormone ghrelin defends against depressive symptoms of chronic stress」
食欲を司るホルモンのグレリンは慢性的ストレスによる鬱に対抗しうる。
ええっと。私の訳がよくない感がありますが、上手に訳してもきっとわかりにくい。もっと平たく平たく意訳するならこういうコトであるらしい。
「おなかがすくとグレリンってのが脳でどばっと出る」
OK?
「そのグレリンは、ヒトに空腹を感じさせる」
当たり前の話ですね。
おなかが空くと、なんか食べろと命令する物質が放出される。
それがグレリンっていうホルモン(の意味は深く考えなくていい)。
なんだけど。
ここからが最近流行の研究成果。
「そのグレリンは、集中力を高める」
言われてみれば、これも当たり前ではある。
野生動物、それもストレスにさらされやすい捕食されることの多いちびっこ動物にしてみれば、おなかがすいて動けなくなること=becoming dinner(自分が夕食になる)なわけで。それだと困るから、進化は、進化ってやつは、まるで神が実在するかのような真似をやってのけた。
find dinner(夕食を見つける)ための集中力が、空腹きわまると飛び抜ける。
まさにボクサー。
過酷な減量で、逆に闘争心が上がるという話はよく聞くところ。
もちろんこの研究がそこかしこで引用されているのは、つまりは空腹気味でいたほうがヒトだって集中力は高まるのでお勉強もはかどるはず、というわけで学力と体重の相関を考察していたりするのが胡散臭いんですが、まあ、説得力はある。
で、さらに先に進んだ話。
「ところでストレスを感じたときにも
グレリンがどばっと出る」
お。ここから少しややこしい。
ストレスを感じたらグレリンが分泌される?
でもグレリンって空腹を感じさせる物質のはず。
なんでそんなことになるのさ進化のバカ。
でも、まとめればそういうこと。
ストレスも生き延びるための敵だから。
空腹で走れなくなるのと同じくらい危険だから。
イライラして死にそう!
(グレリ〜ン)
じゃあ、食べなさい。
&
食べていないから死にそう!
(グレリ〜ン)
じゃあ、食べなさい。
とはいえ、食べろといわれても食べなくたって死にはしない。平和な世の王たるヒトにとって、私の場合のように、それが鬱陶しいとさえ思えるケースが増える。
ストレスまみれでも働くんだ!
集中しているんだから邪魔すんな!
自分のカラダとケンカするうちに。
なんにせよ、
(グレリ〜ン)
のあとの、
(じゃあ、食べなさい)
は省略。
結果だけおぼえて処理。
かしこい進化を遂げた。
つまり。
イライラして死にそう!
(グレリ〜ン)
イライラ解消。
食べていないから死にそう!
(グレリ〜ン)
集中力倍増。
別に食べなくても。
そういう反応が出るんですって。
グレリンを抗鬱剤として物理的に注射する実験もすでにやっているらしい。
つーことで。
今回の私の状態は。
おなかがすいても幸せを満喫しているかぎり、グレリンに酔っていられる。でもたとえば、ここで上司から電話かかってくるとかすれば、その途端に、お腹がグーグー鳴りはじめること確定。
そういうことである。
禅の修行を想い出さずにはいられない。
断食とは、精神を鍛えるすべだった。
グレリンどばっ。
それを、喰え、と取るか。
研ぎ澄ませ、と取るか。
幸せのサインと取って恍惚の表情を浮かべるか。
そこは修行なわけですよ、けっきょく。
グレリ〜ンの呼びかけに、食べて答えているうちは、食べないで益を取る進化を使い切れていない未熟者ってこと。
なんて、休日の開放感に食べるの忘れていただけの私が蘊蓄るのもあれなんですが。
最近の研究も示す、その可能性に魅力を感じます。
禅をきわめて、グレリン=集中と解放。
その境地に達した御方がですよ。
即神仏になる行為を思う。
死ぬまで食べない。
遠くから鐘の音。
まわりはあたたかな土。
ほどよく薄い空気。
人生最初で最後の、極限量のグレリ〜ン。
身悶えてイけるんでしょうねえ、きっと。
いや、まあ私はあしたの朝からがっつり喰いますけどね。
抗鬱剤として実用化もされつつあるグレリンの分泌を、空腹の命令に対し食べることで止めてしまうというのは、ひどくもったいないことでもあるのかもしれないと、おぼえるだけはおぼえてフライドチキンにかぶりつくことにします。
さて、もう一本、映画観つつ寝ますか。
なんにするかなあ。
せっかくの集中力フィーバー状態。
難解なの、いっとくか。
・十代の頃、ときどき訪れていた。入園無料だし、展望台や、峠、山深い公園もそばにあるし。こいつのことはグルグルって呼んでいた。久しぶりに見たけれど、いまも回り続けているなあ…
http://www.wombat-tv.com/
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ちょうどそのとき、花見に行こうかと友人と盛りあがり、まさしく桜の名所である大阪は池田の五月山では、桜が舞い散る見頃を迎えているという。
行ってみた。
これがウォンバットカメラである。

前日の雨もあり、地面もまっピンクという状態ながら枝にも花はあふれて残るすばらしい状態であるにもかかわらず、ちょっと長引いた寒さのおかげで多くの事前から周到に花見を計画していたのだろう人たちの姿はまばらで、まあ咲いているというなら見に行ってやるかという、ふらりとやってきた感のある少人数の集団が、奪いあうでもなくそれぞれ桜の下でまったり過ごしているような昼下がり。
桜の名所で桜の花でもなく、動物園なのに動物でもなく、珍獣ウォンバットの檻の前なのに、ウォンバットでさえなく。おお、これがいつも私の操作しているウェブカメラの生身かと、ぱしゃぱしゃ写真を撮っているのを、家族連れが怪訝な目で見る。ひそひそと話していたりもするが、その日も黒ずくめのライダース姿だった私に聞こえるように訊いてくれる人はいない。訊いてくれたなら、明快に答えるのだが。
「いつだってカウンターは0001人なウェブカメラだから、あなたは知らないかもしれないが、これこそは傷つき泣いて帰った独りの部屋から、あの愛らしいウォンバットを眺めることのできる奇跡の装置アルよ!! これのおかげで、自暴自棄にならず今日まで生きてこられたッス!!」
明快すぎて、あら怖い、と思われてしまうかもですが。
そう、そのカメラはクリックすると45秒間だけ好きに操作できて、我が家のトイレでノートパソコンを開きながらでもウォンバットを探し出しズームすることができる。これまで数十回は訪れたが、いちどたりとも0002人の表示に出遭ったことはない(いっしょに花見に来ていた在阪某ゲーム会社の精鋭が「持ちたくないけれど仕事で」買わざるをえなかったという高機能なスマホで試してもらったがウォンバットTV機能は使えなかったので、パソコンから限定。そんなところがミニマム動物園好きの客層とマッチしていないのかも)。
なので、45秒という括りは実質無効である。
何度でもくりかえし、ぐりぐりと飽くまでカメラを操作し続けられる。
できれば、だれかがぐりぐりとカメラを動かしているところをこそ生で見たかったのだけれど、むろん叶わず。いま、こうしてウォンバット観察用遠隔操作機械のことを書くことによって、ほんの微力でも世に知らしめたい。
「あ。いま、だれかといっしょにウォンバットを見ている。うん。どうぞ、お先に。あなたはいつも、どこにズームしているのですか」
そういうのが、ウォンバットそのものによる癒し効果を、倍増させてくれるはずだから。
そんなことを夢見て満足し、おにぎりを食べてビールを飲んで、仕事を辞めたいというだれかや、音信不通だったあの男から手紙が来たとか、そんなこんなを話しつつ、五月山をさまよい、動物園の裏手の川沿いに、こんな看板を見つけた。

「ガタロってなんですか?」
訊かれた。
その日は過剰な銀ブチ眼鏡もかけていたし、メンバーのなかでいちばんクイズ王っぽかったのだろうが、私はピンと来なかった。大阪弁を使うから大阪人だと思われがちだが、あのお笑い王ダウンタウンが育った尼崎だって兵庫県であり、私は今年は平清盛で沸いている赤穂の生まれで、尼崎の隣の甲子園球場の近所で育ったという、生粋の兵庫県人である。大阪の山に立てられた看板の、いかにも大阪の土着言葉っぽい「ガタロ」なんていうのがなんであるかなんて、さっぱり知らぬ。
しかしまあ、訊かれたので三秒ほど考えてみる。
銀ブチ眼鏡をかけている者の担わなければならないキャラ配分というやつであり、そんなふうに訊かれたくないならば眼鏡をかけないでいるべきなのだ。というわけで、ふだんはやらない、薬指でちょっと眼鏡を持ちあげる仕草など盛り込みながら、考える時間を作り出す。
(まったくの余談だが、某新日本プロレスの超新星、レインメーカー(団体にお金の雨を降らせる、という意味で、スーパースターのことを指す、どこかの方言らしい)を称するオカダ選手が、会見で眼鏡をかけていたんだけれど、慣れていないんだろうなあ。五分くらい話すあいだに、何回位置を直すんだっていうのを見て、私は自戒することにした。実際はズレていないのです。しかし、ふだんかけ慣れない、威圧的な大きいフレームとか、花見の日の私のようにチタンのがっつりした銀ブチとかは、なんかズレている気がするものなのです。そんな気がしているのは自分だけなんだけれど「落ち着きねえなあ。眼鏡逆効果」とオカダカズチカを反面教師に、ここぞという場面でだけ、薬指で眼鏡をそっとなおす技を練習中)
同じ看板に、同じ表現で「ウォンバットがいる」と書かれているのだから、ガタロも同じような存在なのだろうと推測する。ウォンバットが珍獣と呼ばれる代表格なのは周知のこと。しかし川のまんなかに「出た」と表現されるガタロ。私の頭のなかでは、チュパカブラ的な生物が思い浮かんだが、訊いてきた彼女があのウォンバットを越える珍獣チュパカブラを知らない可能性はある。それを説明するとなると、面倒くさい。そこでさらっと言ってのけた眼鏡。
「知らないなあ。ネッシーみたいなものかな」
川に出るんだし。
それでいいんだし。
いや、ダメでしょう。
最低の答えです。
そんなわけで、あとで調べた。
こうやって、ひとはどうでもいいことを知る。
近所の町工場に夜警さんとして就職することになったトメゴロウ。というわけで履歴書を準備しなくてはならないのだが、なにせこのトメゴロウが、自分の名字も言えない学のない男。履歴書がなんであるかがまずわかっていないので、自分の家をさがしたり隣の家をさがしたり……
そしてたどりついたのが「代書屋」。
上の動画では、二十分をすぎたあたり。
「はっきり言います。あたし、ガタロですっ」
実際に代書屋を営んでいたこともある四代目桂米團治の手によって創作され、三代目桂米朝に伝わり、三代目桂春團治と二代目桂枝雀が継いだ。ふたりが同時に持つ必殺技となったことで、性格的なものもあるのだろう、枝雀バージョンは物語の細部に手を加えていく作業が確信犯的で、後期にはトメゴロウが早口で口癖をもっていたり、代書屋の仕事ぶりもより司法書士の色合いを強め、現代にあわせたキャラ設定に変更されている。
その数多ある枝雀バージョンの、後期において変更されたトメゴロウの仕事が、ガタロだ。
私、この噺は観たことがあった。しかし、ガタロという単語は記憶されていなかった。おそらく、私の観たバージョンでは、すでにガタロは登場していなかったのだろう。芸に冒され、鬱を患い、最後にはみずから命を絶った突き詰めすぎずにいられない物語職人の潔癖が、大阪上方で演じても、もはやだれもその単語どころか説明をくわえてもピンとこないガタロなる職業を抹消したのは、師匠との差別化をはかるためか、きょとんとした顔をされるのが怖くてか、それともさらなる打撃力を持ったネタに研鑽するためか。
寄席が怖いと言ったそうである。
彼は、天才と呼ばれながら、己の芸に首をひねっていたという。
ガタロ=カワタロウ=カッパ。
もちろん、私たちの見た看板に描かれている「出た」のは、未確認生物の河童であろう。しかし、それはつまり、天才枝雀が庶民の腹がよじれるほどに笑わせた物語のなかで、当たり前に描いた、そういうヒトたちが、おそらくは当たり前にその川に暮らしていたということでもある。
川底の砂利のなかから鉄骨の折れたんやとかゴム靴かたっぽやとか拾ろてるやつがおまっしゃろ。そういう者たちを、ガタロと呼ぶ。河童になぞらえて? それとも、河童がそもそも、川でなにがしかの背を丸めて営む職業の人たちを、模して創造された生物なのか。
ガタロってなんですか?
こんど訊かれたら、こう答えよう。
「河童の大阪弁」
それでいい。
説明しても伝わらないことは、物語からはぶいてしまえ。
ガタロは河太郎であって河童であり、そういって指差されたヒトがいたからこそ、指差されている自覚なく、胸をはって「あたしはガタロだ」と言ってのける頭のネジのゆるいトメゴロウが笑われた。実にサディスティックな笑いである。そもそも彼の師匠たちのバージョンでは、ガタロのほかにも、手が震えて文字が書けないくせに代書屋の文字に難癖つけてくるクレーマーや、戸籍法違反の書類を書かせるカタコト外国人なんかが出てくる。しかしそのことごとくが、芸に悩み死に向かう天才の手によって改変削除されていった。
それでも、笑える。
きれいな笑いになっていく。
それでいい。
それでいいのに違うと首を振るから、天才は天才なんかも知らんけれども。
花見の席に、私はずいぶんと早く着いてしまって、山のなかを散策していた。
小さなほこらを見つけた。
すり減った、石彫りの地蔵があった。
顔ももう、よくわからない。
写真を撮って、気づいた。
骨壺が置いてある。
古いものだ。
葬式もあげず、地蔵に守護を頼んだのか。
ガタロが出る川を見下ろす山に、行き場のない骨壺。
そんなくだりも、二十世紀の落語職人なら、笑いに変えたことだろう。
ガタロが出たんだそうだ。
看板に描いてあった。
ウォンバットと並ぶくらいに、いまでは珍しい。
それはなにと訊かれても、銀ブチ眼鏡の博識な私でも答えられない。
あんまり、遭いたいとは思わない。
調べたりしなければ、可愛い河童を想像して私たちはきれいに笑えたんだ。
罪を感じる必要などない。
忘れてしまおう。
それでいい。
幻獣のほうの河童だって、きれいにフチをコンクリートで固められた川に、いまさら現れるとは思えない。もういないから、可愛くて、遭いたいと夢見させる存在でいい。怖がる必要はない。出たんだって、見に行こうか、いるはずないよ、いるかもよ?
それらはもう、実在しないのだから。
世の中にある
全てのものは
軍事
及び性的目的に
転用されるのです

久米田康治 『さよなら絶望先生』279話
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MOLLEをwikipediaで調べると、冒頭にこんなふうに書いてある。
( pronounced MOLLY as in the female name )
女の子の名前みたいに、モリーと呼んで。
綴りからしてモリーよりもモールと読んだほうが自然だし、だいたいそれがなんのアルファベットの並びかといえば、
Modular
Lightweight
Load-carrying
Equipment
標準部品群構成軽量行軍装備。
可愛らしくない言葉の並びだが、これの頭文字をすなおに取っていけば、MLLEもしくはMLLCEとなるはずで、それをModularからMとOをあえてもってきたのは、命名者にもそういう意識があったから。
モリー、って読ませたい。
モリーと呼んで。
モリー愛してる。
某国で、台風に人名をつける習慣があることは有名だが、戦争映画なんかを観ていると、彼らは戦闘機だったり、オートバイだったり、ときにはミサイルにまで、擬人化による命名をおこなって、恥ずかしげもなく人前で呼ぶばかりか手でふれて撫でさすったりもしているようだ。愛着あるテディベアに名前をつけている女子だって、二十歳も越えれば、ひとりきりの寝室でだけ口にするようになって、もしもそれをだれかに見られたりしたら、彼女を手篭めにできる脅迫のネタにさえなりかねないというのに、屈強な兵士が飛行機の腹を撫でて「キャサリン、今日もオレと成層圏までトぼうぜ」とか。
気持ち悪い。
そんな気持ちの悪いマッチョな集団は、基本ガキの集まりなので、金をかけて装備を作り与えても、文句ばっかり言いやがる。世は軍縮だ予算削減だと大統領の首だって飛ばす勢いで議論されているのに、兵士ひとりひとりのわがままを聞いて個別の使いやすい装備なんて作っている余裕はない。
そこでだれもに愛されるモリー嬢を作った。
彼女の特徴は、シマシマ。
ボディに引きちぎることのできないベルトが生まれながらにいっぱいついている。なんのためにかといえば、ぶら下げるために。彼女のカラダには縦にも横にもちぎれないベルトがいっぱい縫いつけられている。ちぎれない。ここ重要。ちぎれないのなら、そこにモノを下げることができる。しっかりと留めれば、まるでそれは彼女のカラダにもとからあったもののように固定することだってできる。
髪の毛における、エクステンションのようなものである。
禿頭ではどうしようもないし、ショートヘアでも難しいが、結わえつけられるだけの長さがあるのなら、それを付け毛でさらにのばすのは造作もないこと。
それができるなら、ステージに出るときはド派手に付け、平日は清楚に黒髪ロングでシンプルに。きゃりーぱみゅぱみゅ先生も女子のツケマは男子における仮面ライダー変身ベルトのようなものだと歌っているし、お子様向けにデコデコしたガンダムを売りたいがもとからデコデコしているとガンダムに見えないのでAGEシステムとか、そういうのが多様化するニーズへの答えである。必ずしもその思想がすべてにおいて上手くいっているとはいえない部分もあるが、でも、大筋で真理。
自分だけのゴージャス美女を要求するガキでマッチョで金勘定のできない兵士たちのために、どこかのわかっているヒトが、真逆な答えを大筋の真理として提示したのであった。
すっぴん清楚系モリーをきみたちに与えるから好きに自分色に染めたまえ。
それゆえにMとOは必要だった。
モリーっっ、と愛情込めて呼べることは必須だった。
テディベアだから抱けるけれど、タオル地の巾着袋に綿の詰まったモノを擬人化して愛せるヒトはいないだろう。抱き枕と枕の違いは、そこに抱ける要素が描かれているか否かであり、中身だけの真っ白いのに名前をつけて抱いているヒトがいたら、それは気持ちの悪い抱き枕カバーをつけた抱き枕を抱いているヒトよりもある意味、気持ち悪い。

さて、というわけで本題というか、本題などというものはそもそもここにはないのだけれど、私はモリーという名のバックパックを愛用している。

(↑見た目にわかりやすいのでこの画を選びましたが、私の愛用品は黒色で、それゆえに縦横のベルトもあんまり目立って見えたりはしない感じ)
といっても、通勤用なので、あんまりゴージャスに彼女をデコ盛りする必要もない。ポケットに入れると、からまったり切れたりしやすいヘッドフォンを収納するための小さいポーチをつけているくらいだ。その他の小物は、安全だとはわかっていても、やっぱりマジックテープの後付け装備ではなく、彼女の体内に納めておきたい。ただ、彼女のカラダに縫いつけられたベルトにはカラビナをいくつかつけてある。

これ便利。
こういう行軍用リュックというやつには得てしてポケットがいっぱいついているがゆえに大きいモノをどーんと入れるには適さない。かわりにそのポケットのひとつに私はいわゆるエコバッグなるものを畳んで入れている。なにせきっちり間仕切りなので、普段はエコバッグを持ち歩いていることさえ忘れているのだけれど、なにかを突発的に買ってしまったとき、または貰ってしまったとき(けっこうこれが多い)、手提げの大きなバッグを取りだして入れる。そしてカラビナでモリー嬢に提げる。
「重い? でもきみなら平気さ、モリー」
もちろんエコバッグも黒であり、雨が降ると折りたたみ傘もカラビナで吊る。夏場ならペットボトルだって吊る。傘もペットボトルカバーも黒である。かくして、私は、モリー嬢を中心とした黒くてイビツなカタマリを背負った行軍者となる。だっていつ襲われるかわからない。両手は空けておかなくちゃ。でもそんなモリーてんこ盛りの状態でたとえばレンタルビデオ屋に入ったりすると、他人に迷惑という以前に、自分が棚と棚の隙間に挟まって方向転換できなくなる。だからどこにも寄らない。まっすぐ帰る。買い物も立ち読みもしないなら、両手を空ける必要はないのではなかろうかと自分でも思う。だって私のふところには某軍兵士のように銃がぶら下がっているわけではないのだし。
それもこれも、バイク乗りだからである。
しかもアメリカン乗りなので、バイク自体に収納スペースは皆無。やむなく背負う。その発想が根底にあってのモリー選択なのだが……
よく考えてみると、そもそもバイクで買い物に行くときには、私は十年以上も前に無印良品で買ったリュックサックを背負っていく。モリー嬢のように、ポケットがいっぱいついていたりしない、たんに大きな袋というだけのリュックで、しかしそのシンプルさゆえに、トイレットペーパーの18ロールパックだとか、500ミリリットル缶ビールの24本ダンボールパックだとか、そういったものが入る。入ってしまえば、アメリカンのバイクというのは背筋をのばして乗るものなので、リュックの重さは関係ない。支えているのはタンデムシートである。
でも、さすがに重いモノやいっぱいのモノを買いに行くとき限定で使うリュックは、あちこちがほころびてくる。ジッパーまわりがやはりつらい。無印良品に行くたび、同じようなのは売っていないかと探すが、近ごろのヤツは多機能ポケット付きとかいらん知恵をつけてしまって、あのころの本当にシンプルな無印商品を、とんと見かけなくなってしまった。
というわけで、そのリュックはシューグーで補修されていたりする。

(革靴の底の磨り減り防止はもちろんだが、スニーカーのしゃがんだり立ったりしすぎて折れ裂けたゴム部品(仕事用のスニーカーって、小指の外側がすぐ穴開くんです)だとか、バイクのゴムパーツ(ステップのゴムとかね)とか、リュックのジッパーまわりとか。私は毎週のようになにかしらシューグーで補修している気がする。よくできた製品である(私が身につけるものすべてが黒いので、ブラックシューグー一本でなんでも直せてしまうというところはある)。)
なんにせよ、バイクでお買い物用リュックはそいつの指定席だ。
なので、別に通勤用のバックパックに両手を空けるための工夫なんて実は必要ない。でも、そういうのを選び続けてしまう。だってだって。軍事的にも性的にも、いつだってなんだってできるようにヒトは両手を空けておくべきでしょう。そのために私たちは後ろ足で立ったのだから。
世の中にある全てのものは軍事及び性的目的に転用されると言うが、逆説的に、死神の舞い踊る戦場でさえ手を空けたまま荷物を運べるモリー嬢の存在を、両手に買い物袋抱えてあごに傘はさんで歩いているオバサマとか見ると、薦めたくてしかたない。背中空いているじゃない。そこ使ったら、倍、買い物運べるのに。タコ焼き食べながらでも帰れるのに。
週末遊びのバイカーでさえ愛用しているのに、家事の効率化に命をかけている感さえある彼女たちが、なぜに軍事装備を転用しないのか、とても不思議に思います。自転車の荷台にロープでぐるぐる縛ってもぐらぐらしてるヒトを見るたび、それ毎日やってんの? サドルバッグとかつけたらどうさ? せめてベルトとバックルとカラビナの使い方を学ぶべきだよ、人生がラクになるよ。
って。
教えてあげたくてならない。
戦争は嫌いですが、極限状況でいかに快適便利に生きるかというのを実地で何十万人もが試して試してできあがっていく技術は、やっぱりすごいモノであり。ヒトは、ミサイルを打ち上げたくてその技術を完成させ、人工衛星を打ち上げて道に迷わなくなり地球の裏側と話せるようになった。逆ではない。過去の愚かな戦争ジャンキーたちが、それはもうやったことであって、だったらあとは、得た技術をヒトの世の平和に転用させるだけ。
って。
教えてあげたくてならない。
軍事技術を軍事技術として使いたいだなんて愚かしい。それは、転用してもっとラクに気持ちよい人生を送るために使うべきものなんですよ、平和な国の週末バイク乗りでさえ知ってる。

半額になったアサリを山ほど買ってきます。
半額神さまがシール貼りに出てくるくらいですから、
買うのはスーパーマーケットです。
パック入りのアサリは塩抜き済みです。
でも念のため。
濃いめの塩水につけます。
カップ1の水に小さじ1くらいの塩。
その塩水に、アサリ水没。
なにしろ半額シール貼っている時間。
眠いので、冷蔵庫にひと晩放置します。
なにしろ半額シール貼っている身。
死んでいるのも多いでしょう。
この行為は気休めにすぎません。
だいたい冷蔵庫の温度では、
生きていたのも仮死状態化するはず。
しかし翌朝、水を見れば、
砂だけでなくいろいろと浮いている。
水を換え、ざるにこすりつけるように、
シャカシャカ洗います。
水を切ります。
そしておもむろに、
片手でぐわしと握れるくらいを取ってはジップロックへ。
くるくると丸めて棒状にして、冷凍庫へ。
……こういうことを。
月一くらいでやります。
おもにパエリアのため。
鶏肉は冷凍が常備されていて、キノコも絶やさない。
パプリカとかニンニクの芽とか、冷凍があるし、
タコ焼きの残りのタコとか、
イカやエビもいつの間にかあったりする。
ただ、アサリは買わないと、ほとんどほかで使わない。
味噌汁に貝は入れない。
酒蒸しとかも作らない。
私、カラを取らないと食べられないもの、苦手だ。
カニも、ミカンも、お呼ばれして食べることはあるが、
自分で選んで食べることはない。
うん。パエリアに載せるエビも、剥き身がいい。
そもそも私は食事のとき、おしぼりを欠かさない。
自宅でも、なにかを触れたら指先を拭く。
潔癖症っぽいが、たんにグラスに指紋がつくのがイヤなのだ。
メガネ好きでもあるので、無意識に触ったメガネに
アブラがつくとかいうのもイヤである。
そんなだから、パエリアに載せたアサリも、
食べる前にぜんぶ剥いてカラを捨てる。
剥きながら食べるとか、ありえない。
だったら使わなければいいじゃないというところだが……
パエリアにアサリは必須なのである。
困ったものだ。
だから冷凍する。
凍ったままダッチオ−ブンにぶっこむ。
好きじゃない。
でもやつらの旨味ときたら……
くそお、というところなのだった。
いや違う、好きじゃない。
これは好きってことじゃなくて。
ないと寂しい。
それだけのこと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし、この場合、問題になるのが砂である。
言いたくはないが、経験上、私が使うスーパーのなかでも、ダイエーのアサリの砂抜きは甘い。パッケージにも「抜いてあるがいちおう」ご家庭で砂抜きしてくださいと書いてあるところにもう、逃げ根性が見える。
それが、さらに半額神さまのシールを貼りたもうたものであったりすると、その「ご家庭での砂抜き」がままならない。なにせ、アサリの側に、もはや砂を吐く活きが残っていない場合が多いのだ。

(余談だが、私も月明けには半額神と化すことがあり、期限間近の米や菓子などにぺったかぺったか半額シールを貼っていると、これは安くならないのかと詰め寄られることがある。そんなことを言われたところで純粋に鮮度の問題なので、半額神は神だというけれど、なんの裁量もない。同じようなパターンで、毎年のように詰め寄られるのが「売れ残っているストーブが安くなると思って買い控えていたのに」という方々。これはもう、同情するしかないのだけれど、そんなシーズン終わりに店頭に箱で残っている商品は、メーカー側から残ったら返品してくれていいからギリまで置いておいて、とあずけられた類のものである。で、半額になるのを待っている人たちは、それが店頭から消えたら詰め寄ってくる。返品しましたまた来年。そんなんやったらそう書いとけや、とキレる方が本当にいるから大阪地方の怖いところですけれど、それもまた風物詩)
と、書いてからが要なのだけれど。
私、そのむかし、和食の店で働いていたことがあります。
料理のイロハを教えてくれたのは、一年の半分は大型船のコックをやっているというヒトで、一年のもう半分は、陸のうえで腕が鈍らないように包丁を握っているのでした。店の方針として「いかに少ない量を多く魅せるか」というところに重点が置かれていたのに、私がそのひとから学んだのは、刺身はどれぐらいの厚さで切ればうまいか、というようなことであり、大量のアサリを確実に砂抜きするにはどうすればいいか、というようなことでした。なにせ、船のうえだと、船員は食事が唯一の楽しみというヒトも多く、その食事でアサリがジャリッ、なんていう日には、刺されても文句は言えないという。
で、さっき私も「砂を吐く活き」なんてことを書きましたが、これがまずまどろっこしいし不確実。実際、アサリは水を吸っては吐きをくりかえしているので、海水的塩分濃度の水に入れておけば、吸っては吐きで砂が出てくるのですけれど、この砂、そもそも、アサリの内臓のなかにあったものではないんだとか。まあ、言われてみれば当たり前ですね。小さな砂粒でも、アサリの体長からしてみれば、人間がレンガブロックを飲みこむようなもの。わざわざそんなことをする意味がありません。
つまり。
アサリは砂を吐くのではない。
呼吸するときに貝が開くので、そのくりかえしと水の流れで、貝殻と身の隙間にもぐりこんでいた砂が出てくるというだけ。なんなら、ボールにアサリをいっぱい入れて、塩ばらまいて、ボールのまわりに白い紙を敷いてみい、と師匠は言いました。吐き出す水に砂は入ってないんや。私は試さなかった。たぶん師匠は試したのだろうから。刺されていないのだから、きっと正しいのです。ぴゅっぴゅとアサリが吐く水に混じって砂が出てくるわけではない。
なので、たとえばいちばん確実なのは。
「殻を剥いて洗うこと」
よく、冷凍の剥き身パックなんかがありますが、あれって砂を出す行程はおこなわず、剥いてから流水で洗っているそうで。だから、米とは別にアサリを調理し、それを剥き身で混ぜ込むようなアサリご飯などは、確実に砂のないアサリメニューとなる。
とはいえ、アサリといえばカラ。
貝殻のまま、皿に並べたいじゃないですか。
ましてパエリアなんて、その見た目こそが出オチなところがある。
というわけで。
例題として、このレシピを使いましょう。
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『ユウキ食品パエリアの素で作るパエリア』の話。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●作り方
1 フライパン(私は28CMテフロン加工のものを愛用)を強火で30秒加熱。
2 オリーブオイルを入れて10秒後、アサリを入れ、ぜんぶの貝が開くまで炒める。
3 アサリだけを抜き取り、残った炒め汁にニンニクを入れ、香りが立ったところでタマネギを加え1分炒めたところで適当に切った鶏肉を加え、肉の色が変わるまで炒める(トマトを加えるならここで)。
4 白ワイン、水の順に加え、パエリアの素を投入。
5 沸騰したら中火にし、米を加え、底からはがすように1分かき混ぜる。
6 中火のまま、トッピング用の野菜を米の上にのせ、フタをして5分炊く。
7 フタを閉じたまま、火加減を弱火に調整、15分炊く。
8 火を止め、アサリを散らし、3分蒸らす。
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このレシピの「3」の冒頭に補足します。
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3 漉し器、もしくはキッチンペーパーなどを用いて炒め汁を濾してアサリだけを抜き取り、残った炒め汁にニンニクを入れ、香りが立ったところでタマネギを加え1分炒めたところで適当に切った鶏肉を加え、肉の色が変わるまで炒める(トマトを加えるならここで)。
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はい。
完全なる砂抜きです。
アサリの砂は、身と殻のあいだ、または殻外側のデコボコの隙間にある。ならば、茹でるにしろ炒めるにしろ、すべての殻が開いたあと、その中身をゆで汁や炒め油で洗うように調理し、それを濾す。
これでよし。
この方法を使うと、買ってきたアサリを砂抜きせずそのまま冷凍し、調理段階で砂を抜くことも可能になります。
ですので「そんなの出汁をペーパーが吸っちゃうじゃないもったいない」という向きも、基本の塩水砂抜きに失敗したアサリを捨てるしかない、なんて思い悩んだときには、おためしあれ。
以上です。
(追陳。
完全なる、とか書きましたが、私の作るパエリアでも、たまにジャリッとなることがあります(妻は私を刺しませんが睨みます)。それはひとえにダイエーを信用し、とても急いでいて、まだ開ききっていないアサリ貝を、余熱だとか、無理やり箸でだとか、邪道な手段でこじ開けたとき。やっぱりまだ身が縮んだままだから、そのあたりに砂が残っているのですね。なので、しっかり自然に貝が開ききるまで待ち、身の裏まで洗うように調理するというのが必須。それでも私は調理段階で砂を抜けるこの方法が性に合っていて好きなのですが……いちおう、塩水砂抜きもしておきましょう。念には念を。手をかけた時間こそが料理の質を上げる、というのは真理です)
(追陳その二。
パエリアに限定した場合、アサリのダシは最初に炒め蒸したときにほぼ出つくしているので、トッピング用の殻と身は流水で洗ってしまう、というのも手です。噛んでジャリッとなるレベルの砂粒は、砂というよりは小石の大きさなので、顕微鏡を使わなくても肉眼で黒い点として目視できます。それを指先でちょいちょいのちょーいと取り去ってもいいのですが、どうせダシが出つくした見た目だけのオブジェ。水道水にさらしてしまえば完璧。身のなかに砂はない。噛んでわかる大きさの砂は目で見える。この二点を知る者であれば、あとは愛情の問題。一個ずつ見つめれば砂が残ることなどありえないのです(身と殻のあいだに目視できないものが残っていたという呪われた不運がない限り)。)
・和歌山県立近代美術館で「ホックニーのグリム童話」展を観た。二十代のデイヴィッドは観客へのサービス精神にあふれていて微笑ましい。自分で自分をバラバラにするコビトの絵が忘れられない。

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ちなみに、こんな絵である。
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『artnet Galleries: He Tore Himself in Two (From the story Rumpelstilzchen) by David Hockney from Goldmark Gallery』・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いまや、リビングレジェンドのデイヴィッド・ホックニーは、プールの絵とかが有名なのだけれどご存じでありましょうか。写真をコラージュして、ひとつの画面に多重の空間と時間を閉じこめる手法で名をはせたりもした。
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『david hockney joiners - Google画像検索』・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近では、ソフトウェアを使って微妙に世界の時間軸をずらすとか、よくもまあそんな歳になって若かりしころと変わらずふわふわしたところをとらえようと毎日を送っていなさるなあ、なんか悟ったりとかないの? と訊きたくなるが、近ごろホックニー先生はこんな言葉が好きだという。
「絵は老人の芸術」
テクニックと、観察眼と、詩心と。
大事なのはそれらであって、パッションとか、パワーとか、ましてや性癖とか野望とか狂気とかはあんまりいらないものなので、老人になるほど純粋な絵描きスキルは上がるということであろう。まあ、そういうことを言う時点で、哀しいくらいに自分が失ったものは取り戻せないと理解している裏返しでもあり、それこそが年老いた賢者の得る悟りなのかもしれない。
ついこのあいだ、ホックニー先生は、とある大御所作家を名指しで「アシスタントにほとんど作らせた作品に自分の名を冠するのはどうなのか」とケンカを売って新聞にも載っていた。で、自分の展覧会で「これらの作品は作家ひとりで描きました」とパネルをつけた。本気で腹立たしく思っているのか、営業活動なのか、そのあたりが読めないのが、二十世紀の混沌を生き抜いた秘訣なんだな。
しかし、そのニュースを読んで、私は思い出す。あのアンディ・ウォーホルがシルクスクリーンで有名になったとき、感情を差し挟まず大量生産できる手法こそをアートだと呼んだウォーホルに、彼は共感したのではなかったっけ。ウォーホルのアクリル画は、たとえばユニクロのTシャツにもなっているスープ缶を「ただ描いた」ものが有名だけれど、ホックニーは、ウォーホルがキャンバスに写真をスライドで投影して、それをなぞり描く……いわゆる「トレース」……をおこなっていることを擁護し、それどころかそれはダビンチの時代からおこなわれてきたものだとの自説まで後年には言いはじめ、いまの彼は、まさしくそれでもそこにアートは存在するのだということを証明するためのように、ソフトウェア出力した映像に、独自のホックニータッチで筆を入れて作品を完成させている。
「な? けっきょく最後に描くのは作家なんだから」
つまりは、そこがホックニーの地雷みたい。
静観と爆発の分岐点。
トレースしてもなぞるのは自分なんだから、おれの絵。
アシスタントが描いたなら、それは別の話。
でも、その分岐点も確固たるものではないのかもしれない。いまや億の値がつくウォーホル作品が、ウォーホル自身は「元ネタの写真を選んだだけ」というものも多いのに、ホックニー先生は怒らない。ていうか、なにせ自分もポップ革命の一員だとか呼ばれることがあって、なにより、いまの地位を築いたのは、まぎれもなくエッチング作品によるものなのだから。
そのあたりが、よくわからない。
たぶん、本人もよくわかっていない。
それもまた詩心?
エッチングというのは一種の版画で、銅を腐食させたり傷つけたりして、そこにインクを流しこんでプレス機で印刷する。私もかつて美大生だったときに授業で習ったが、確かに味わい深い絵ができあがることは認めるけれど、なにせ金属を腐食させる液だとか、バーナーだの、プレス機だの、個人で管理するにはおおげさなものが必要で、当たり前だが銅を溶かす液は水道管だって溶かすし、飲んだら死ぬ。そういうことを考えると、ふうんこんな技法があるんだなあ、という以上の熱は私の身のうちでは起こらなかった。授業で刷った作品は小洒落たフレームにでも入れれば普通に売れそうな出来だったが、額装さえ面倒であれはいったいどこへしまったのか捨てたのか。
とにかく、エッチングは、ひとりでは、できない。
一枚の銅板で百枚刷るのがエッチングで、そこにアシスタントは不可欠で、大判ともなれば工場生産といってもいい。
彼の原点だって、そこなのだ。
ホックニー先生も、最初は学校で習った。
今回の展覧会で、グリム童話と並んでの目玉展示だった『放蕩者の遍歴』というシリーズは、最初の三枚を授業で描いて、それを見た先生に「本にできるよ、一冊ぶん描いちゃいなよボーイ」と言われて八枚になったというものである。
これが実に演劇的。
いや、もともと『放蕩者の遍歴』はストラヴィンスキーが作曲したオペラで、いかにも二十代の絵にハまりだした世界を斜めから見たい病の患者が好きそうな物語なのである。タイトルの通り、金持ちのボンボンが、女でも仕事でも失敗して飲んだくれて逝くという救いのない話で、しかし、そのストーリーこそが、成金を笑い、あいつら息子の代で滅ぶぜ、という庶民の側からも、うちら成り上がったし、息子どもがどうなろうと知らんし、というブルジョワの側からも、ケラケラ笑いながら観られる劇になっている。
それをホックニーは、いかにも小馬鹿にしたタッチで描いた。
先生も、その若造の作品を見て、なるほど、この話を世界を斜めから見たい病患者に描かせると過剰にブラックで笑えるなあ、と感じて、本にできるぜ、などと口走ったのだと思う。
ともあれ、それがデビュー作である。
で、ホックニーは次の題材を探す。
少しばかり、野心もあったかもしれない。
グリム童話を選んだ。
挿絵を描いて、文章もつけ、グリム童話として売る。
『6つのグリム童話』
本になっていまだに売れ続け、その原画見たさに車で二時間の距離を走る私みたいのが日本にいたり。いざ会場に行ってみれば、幼子に読みきかせを行っているママたちと、話が怖すぎるうえに意味不明すぎて、帰りたいようと泣きじゃくるちょっと年長さんたち。
もくろみは成功している。
グリムを冠すれば、ヒトの目を惹ける。
グリム童話というのは、ドイツの田舎に伝わる味わい深い小話を集めたものであって、グリム兄弟が創作したわけではなく、言ってしまえば日本昔話のようなものである。というわけで、日本の昔話にもよくある、わけのわからんところがおもしろくて語りつがれてきた、という性質のものが少なくない。グリム童話は本当は怖いとか、エロいとか、そういう本もいっぱい出ているけれど、田舎のおっちゃんやおばちゃんに聞いて出てくるような話は、たいていの場合、ブラックな内容を含んでいるものである。
日本でいえば、鬼、とか。さすがに子供に語り聞かせるときには、ツノが生えた怖いのがくるぜべイべーと舌を出して怖がらせる絵本にもできそうなソフィスティケイトぶりだけれど、大人のあいだでもそれが語り継がれてきたとなると、実際のところがまじってくる。多くの民俗学者さんも多分そうだろうと言っているように、鬼は差別を受けていた山奥の鍛冶職人だったり、流れ着いた異人さんだったりした。
というところこそが、グリム兄弟もおもしろかったのだろう。イタい話やエロい話が初版ではごっちゃに詰めこまれていたのが、いつしかやっぱり多くの人に読まれるうちに都会的な洗練を与えられていったと聞く。とはいえ。なんかわけわからんし、心がざわざわする、という部分が、近代では絵本になって売られてさえいる洗練されたバージョンのグリム童話のなかにも残っている。
堕落していく男を笑うデビュー作からの成長路線。オペラの次はグリム。
で、若きホックニーが選んだ六編がそれ。
「あめふらし」
「めっけ鳥」
「野ぢしゃ(ラプンツェル)」
「こわがることをおぼえるために旅にでかけた男の話」
「リンクランクじいさん」
「がたがたの竹馬こぞう」
↑これらの邦訳タイトルは、和歌山県立近代美術館の表記を丸写ししたもの。グリム童話はグリム兄弟の聞いて書いたそれの著作権は消失しているものの、さまざまな言語で訳されたそれぞれには著作権があるので、そのあたりをまんまコピペってわけにはいかない。しかしまあ、美術館ではホックニー作品を前にしてアナウンサーさんが子供たちに読みきかせするというイベントが開かれたらしいが、それは情操教育的に平気なのかと良識ある私などは心配になってしまう程度には、ホックニー絵本バージョンのグリムも総じて暗黒混沌面を残した物語構成になっておりました。
やたら王子が死ぬし、やたら子供がさらわれる。
性的虐待と、肉体的苦痛のオンパレード。
そのあたりをやわらかく煮込んだグリム童話ではなく、あえてハードなエッジを残し、エッチングという版画に即興を盛り込みたいという野心的ヤングホックニーは、かなりちからまかせで、ま、これでいいんじゃね? 的なノリで描いている。前述のように、銅版はなにかと手間がかかるのだ。いわば、大金かけて大勢のアシスタントを用意した漫画家が、さて描くか、とペンを握り、え、ちょっとそれ一般受けしないんじゃないの? という作品を殴り描きはじめたようなものである。
ちなみに、冒頭の自分で自分をバラバラにした小人の絵は、この数年でもオークションで何枚か落札されていたが、金額はどれも日本円換算で十万円前後だった。同じ絵が、百枚ある。むろんそれはその後のディヴィッド・ホックニーあってこそなのだけれど、あの小人の絵で、一千万円が稼げるのだから、当時だれが「なんだこれ」と言ったにせよ、その行為は正解だった。というか、正解ではないけれどやりたいからやったその行為を意外にも賞賛するヒトは多く、それこそが彼の評価へとつながっていったわけだけれど。余談だが、私の尊敬は別にしていない恩師は、新聞紙に穴を開けた作品で世界的評価を得たヒトである。アートっちゅうのはそういうもんだ。やったもん勝ちであり、そもそも勝とうと思ってやっていなかったりすることが評価されたりする(新聞紙をバカみたいに貼り重ねた板に絵を描こうと思ったのは、単にキャンバスを買う金がなかったからなんだけどな、と公言している輩が大学で「絵」を教えているというのだから、別にその大学に通わなくったってあなたにもわかるはず。芸術とは無駄。無駄に人生を費やしたいと心底思ったりするのは、一種の病気)。
知らないヒトもいるかもしれないので、ヨシノギアレンジで「がたがたの竹馬こぞう」を物語ってみよう。「がたがたの竹馬こぞう」というのは邦訳では有名なタイトルなのだけれど、そもそも意味不明な妖精の名前(無理から訳すと「いえゆらしのがったがたたん」みたいな感じ)を、竹馬とか小僧とか言ってしまうと別の生き物みたいなので私は好きではない。日本の同じような妖怪のことも「家鳴り(やなり)」と呼ぶように、ここはそのポルターガイスト妖怪に具体的なイメージは付け加えず、かわいく「がったがたたん」と私は呼びたい。
あんまり見ない感じの、がったがたたん視点でいってみよう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
がったがたたんは、恋をしました。
その娘は、ワラの詰まった小屋に閉じこめられていて、がったがたたんがその小屋を揺らしても、ぜんぜん気づかない様子で、いちにちじゅう、ワラを手にとっては、ため息をついています。
がったがたたんは、しびれを切らして娘の前に姿をみせました。
「なにしてんだ」
娘は、チビでブサイクすぎる、がったがたたんを見ても、おどろきませんでした。
がったがたたんは、恋心をスパークさせます。
「こたえろ。なにしてんだ」
「王様に、このワラをすべて黄金に変えろと言われたの」
「できるのか?」
「できないわ。でもパパが王様にできると言ってしまったの」
「パパは頭がおかしいんだな」
「そうね。私を、王子様に嫁がせたくて、おかしくなったんだわ」
「けっこんするのか?」
「これを黄金に変えられるなら」
「さっき、できないと言った」
「できないわ」
「けっこん、したいか?」
「そうね。私もパパも嘘をついた罪で首を切られる。それよりは」
がったがたたんは、三秒悩みました。
で、ものすごくいいことを思いつきました。
がったがたたんは、女の顔とカラダにしか興味がありません。
中身は、どうでもいいのです。
それに、がったがたたんは、年をとりません。
「おれが、黄金にしてやろうか」
「このワラを? できるの?」
「そのかわり、やくそくしろ」
「なにを」
「おまえが最初に産む子を、おれがもらう」
「もらうって……」
「女でも男でもいい。おまえは自分に似た子を産め」
「私に? それは……似るんじゃないかしら」
「いいか?」
「いいわ」
どうやら頭が良くない娘のようでした。
がったがたたんにとっては願ったりなことです。
がったがたたんは、ワラを金に変えてやりました。
それから毎日、たのしみに暮らしました。
時間など、がったがたたんには意味のないもの。
あの娘に似た女か男が年老いて死ぬまで。
いったいどれくらい、なにができるか。
たのしみすぎて身が破裂しそうです。
そしてその日が来ました。
「もらいにきた」
娘は、黄金の髪飾りを頭につけていました。
ちょっと老けていました。
しかしその腕には、赤ん坊が抱かれています。
娘は、わからないようでした。
あいからずの頭の悪さです。
「おれだ。最初の子、もらいにきた」
娘は気づきました。
悲鳴をあげました。
鎧を着た騎士がぞろぞろとやってきます。
がったがたたんは、城を揺らします。
がったがた。がったがた。
「やくそくだ!!」
がったがた。がったがた。
「おれのだ!!」
がったがた。
赤ん坊が泣きはじめました。
あろうことか、母親である娘も泣き出しました。
がったがたたんは、城を揺らすのをやめました。
まったく、ひどい話です。
人間は、やくそくを守りません。
「わかった。泣くな」
思い出しました。
この娘は、頭が悪いのです。
「この子をつれていかない?」
「三日まつ」
「三日たったらつれていくのね」
「おまえがおれに勝てば、つれていかない」
「勝つ? なんの勝負で?」
「名前を当てる。おれの名前だ」
「三日で?」
「そう。やくそくしろ」
「いやよ」
「おまえには城の学者もついている」
「わかったわ」
とことん頭のネジのゆるい娘でした。
がったがたたんは、城の屋根にのぼり笑いました。
学者は、がったがたたんのことを知りません。
がったがたたんは、三日まてばいいだけです。
三日ならば、娘もやくそくを忘れないでしょう。
がったがたたんは、歌いはじめました。
「♪もうすぐガキはおれのもの〜」
ベランダから、合いの手が飛んできました。
「もうすぐ、だれのものになるの?」
笑いながら、がったがたたんは答えました。
「がったがたたんのものにきまってんだろっ!!」
見下ろすと、娘が笑っていました。
「あなたの名前は、がったがたたん」
がったがたたんは。
自分で自分をふたつに引きちぎりました。
それでも足りずに、もっと細かく。
やがてちぎるところがなくなってしまいました。
ちぎっていたじぶんもなくなってしまいました。
がったがたたんは、消えました。
がったがたたんのなげく声だけが、空に残りました。
「いっぱいいろいろやりたかったのにっ」
吉秒匠 『がったがたたん』
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だれかイラストつけてくれますか?
自分で描くのは面倒くさい。
面倒くさい以上に、この物語と向き合うのは重たくてイヤ。
グリム童話でもよくあるモチーフで、世界的に見ても、童話にはこの手の展開はありがち。
追いつめられたとき悪魔が現れ未来に産む子供を要求する。
深く想像するまでもなく、これはひとりめの、本当はふたりめかさんにんめの子供に、そっと語ったことがマトリクス。
「おまえには、ねえさんがいたの」
そんなこと、言わなくてもいいのに。
言わずにいられないのがヒトのサガ。
いまでもあれを罪だとは思っていない。
だってあのときは、ああするしかなかった。
そうしなければ、私たちが生きていけなかった。
そこここで語られる似たそれは、やがてプロレス劇化(真実を装飾することで説得力を増し娯楽として成立)される。
死やそれに準ずる飢え、幽閉。
現れる悪魔。
私は子を売る。
産まれてからなのか、産まれる前になのかは同じこと。
特に、避妊や中絶を罪とする教義がこの世にあることを、信者ではないけれど知ってはいる文化圏では、悪魔の誘惑は熱く語られることになる。
死にたいのか?
いや、おれに差し出せ。
だからそうしたの。
しかたなかった。
ルンペルシュティルツヒェンは、いつでも最後にミスをして、人間はそれにつけこんで、約束をたがえる。否、たがえてはいない。名前を当てたら赦される決まりだったのだから。みずから手にかけることさえせず、物語のなかで悪魔は悪魔自身で破滅する。
プロレス劇化されたルンペルシュティルツヒェンの物語に、世界の毒を知りはじめた年頃の子供たちは、よろこぶだろう。追いつめられたヒトに交換条件なんて突きつけて調子に乗っているから自分で自分を殺すはめになったのだと。けれど大人は、涙ぐむ者もいるだろう。いいえ、悪魔は命を救ってくれた、人生を成り立たせてくれた、かわりに奪ってもいったけれど、それを悪と呼んでしまうならば、私はなにもの?
悪ではない、と自分の子供に語っては聞かせられないから。
おもしろおかしく、演出して語るしかない。
ちょっとひどくて悪趣味で間抜けなルンペルシュティルツヒェンのキャラ造形は、ヒトの心にある罪悪感の裏返しである。
先進国で、生物学的な繁殖期に選んで子供を産む人類は減った。
それは逆説的には、選んでルンペルシュティルツヒェンに、差し出したということ。
ルンペルシュティルツヒェンの物語のプロレス劇化は、これから先、まだ変質していく可能性があるだろう。
若かりしホックニーの描くコビトは、怖い。
むきーっ、と世界でなく自分を破壊する。
ほら笑え、とホックニーは描いている。
おなじマトリクスで私も書いてみた。
私のがったがたたんは、無常になってしまった。
時代だろうか。私の性質、人生のせいか。
がったがたたんは自分の半身を求め、もうすぐそれが叶う予感に驚喜して自滅する。
私は、そのがったがたたんに共感している。
そして娘は生まれた子供と末永くしあわせに暮らしました、かつて追いつめられた自分のことを救った悪魔は消えたから。
めでたしめでたし。
そうは、書けなかった。
この物語に出てくる、人間を私は嫌悪している。
がったがたたんは、たぶんよみがえってまた同じことをする。
いつか、彼を愛してくれる人類が現れることを祈りたい。
なんとなくだが、がったがたたんのベッドでのテクニックはものすごそうな気がしたりする。
ホックニーが選んだグリム童話。
なるほど、いろいろ考えてしまった。
即興をくりかえし刷る、という行為に魅せられていた若き日の巨匠が、わけのわからない、でもなんだか奥になにかある、そういう物語たちを描くことにした理由が、わかる気がする。
売れる、ということは。
すなわち、わかりやすいということ。
でも、グリムは。
その兄弟が、世間にある種「売れて」語り継がれてきたものとして集めた物語たちは。
わかりにくいのに、語り継がれてきた。
いまでも、なんだか惹かれる。
その、わかりにくさこそに。
理解できないけれどやってしまっていることが、自分の人生にも多すぎて。
画家が売れるということを考えつつ、でも、もう半分は、銅板を腐らせて絵を描いて、おれはなにを探しているんだろうと日々思っていたに違いない、青臭い、矛盾した、あーくっそ、なんだこれっ、というじゅくじゅくした爆発が、そのコビトの絵にあった。
いい絵だとは思わない。
ただ、好き。
忘れられない。
そういうことを、つぶやきたかったんだけれど、140字では足りなかった。
そんな補足の話な今回でした。
泣く子供たちがうるさかったが、有意義な展覧会で、学芸員のおねえさんが、黒ずくめの革スーツ姿の私が熱心に覧ているうしろで、その子供たちを注意すべきか、でもこの展覧会は子供たちに読みきかせもやっているくらいでそれなのに出て行けとかいうのはちょっと……な感じで逡巡し続けているのが、むしろ気になってしかたありませんでした。気をつかわせてすいません。
(良い展覧会だったが、企画展のチケット買ったら入れるはずの常設展が、ちょうど入れ替えで入れなかったのは、むきーっ、てなった。和歌山県立近代美術館、行ったのはじめてだったのに。だったら百円でも安くすべきだと思うのな。金額の問題でなく。そう、気持ちの問題で)
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『DAVID HOCKNEY: 公式サイト』・・・・・・・・・・・・・・・・・・