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 そして、時代は平成から令和へ、2019年9月、「令和仮面ライダー」の第1作が華々しくスタートします!


 テレビ朝日「仮面ライダーゼロワン」番組公式サイト

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 2019年7月17日の今日、新仮面ライダー正式発表がおこなわれ、公式に、そう書いてあるのだからそうなのである。

 『令和仮面ライダー』シリーズが、これから紡がれる。

 思えば『平成仮面ライダー』シリーズのはじまりは、あいまいだった。

 私もしっかり観ていた『仮面ライダーBLACK RX』の途中で昭和が終わって平成になったから、RXが昭和ライダーにカウントされるのは納得しよう。

 だが、平成初期にビデオ映画や劇場映画として制作された仮面ライダーたちは、まぎれもなく平成生まれであり、以前に語ったこともあるが、

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『仮面ライダーG』のこと。

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 いまも私がシリーズ開始を待ち望む『真・仮面ライダー』や『仮面ライダーJ』『仮面ライダーZO』は、コンセプト的にも人造怪人という特殊な仮面ライダーの立ち位置を推し進めて、町の平和を守る脱走怪人昭和ライダーたちとは一線を画し、平成末期の『仮面ライダーアマゾンズ』に、むしろ近い。

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『仮面ライダーアマゾンズのオートバイ』の話。

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 しかし、平成生まれの彼らもまた、現代のお子様用仮面ライダー図鑑では、昭和ライダーにカウントされている。単発劇場版だからか。シンは続ける気満点だったのだから、意欲だけでも買って平成ライダーにしてあげてもいいような気がするが。

 なんにせよ、継続したテレビシリーズが平成もなかばになって視聴率をとりはじめたからこそ、振り返って昭和の線引きをした。歴史とは、まあそういうものだ。善悪でさえ未来で振り返った者が決めるのだとうそぶく指導者だって多い。

 そういう意味では、本来予測しえないはずの新元号元年に、準備してそれにふさわしい仮面ライダーをはじめることができるだなんて、まさに国民が混乱しないようにと退位されたあのかたの思慮の深さよ。

 考えなさい。
 こんな機会は二度あるかわからない。今回が特例だということもあるし、でも元号というのは大昔には、国に危機が訪れると縁起を担いで変えたりしたものなので、ある特例が認められたのなら、前例のある改元など、あっさり復活するかもしれない。考えたくはないが、大災害や、近くの国とのちょっとした武力衝突などが起こって、復興を後押しするために改元しますということだってありうる。そういう改元は突然だし、正義の味方にせよ「祝え! 復興新元号の一号ライダーである!!」などと声高らかには発表できまい。

 考えなさい。
 初代令和仮面ライダー。
 考えました。

「仮面ライダーゼロワンでふっ!!」

 興奮気味に噛んだりしても笑って許されるくらいにしあわせな誕生の瞬間。ほお、と私は左手の親指の爪を噛み、ようしわかったと噛みちぎった爪の欠片を三十五センチほどは飛ばす。

「レイ=ゼロ、ワ=ワンやな!」

 推理するほどのことでもなく、きっとそうだ。仮面ライダー同様に、石ノ森章太郎が原作者とクレジットされる『キカイダー01』とカブるのも逆にモヨる。これも準備期間が与えられていたからだろう。昨日の今日なら昭和の『一号』を意識しすぎて変化球的に『仮面ライダー壱番』だの『仮面ライダー初号機』だとか『仮面ライダースーパー1』に引っぱられて『ギガワン』だの『ハイパーワン』だとか、後々になって真珠湾を想起させると訴訟を起こされるに違いない『仮面ライダーダイヤモンドワン(二号ライダーがパールツーで三号がゴールドスリー)』みたいなことを回避できてよかった。

 『ゼロワン』。日本語の美しさがナンタラ言っている令和にベストマッチなマリアージュ。サンダーバード1号のよこっぱらには『1』と書いてあったけれど、スタイリッシュなガンダムの持つ盾には『01』と書いてあったりする感じで、あたらなつかしい。

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 よろしおすなあ、と、みやびに発表を眺めていたら、設定ではなく、ガチの研究所が監修についているということで、姿勢を正す。

 国立情報学研究所( National Institute of Informatics 略称:NII )。

 情報学? それはつまり……デジタル的な? と言われて、そういえば。

 『仮面ライダードライブ』。

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『仮面ライダードライブ』の話。

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 ドライブが倒すのは、ロイミュードと呼ばれる電子生命体。本体は数字で表され『001』は参議院議員となっていた。数字で表されるデジタルな存在でありながら、デジタル世界の人間の想念に触れ、ヒトの悪意をコピーした怪人的立ち位置になることもあれば、ヒトになることを夢見たり、恋したり。ヒトを守る側に立つ者さえ現れた。

 ゼロワン……国立情報学研究所……『0』と『1』。

 二進法。
 黒と白。陰と陽。挿さっているか、挿さっていないか。あいまいなところはないので寝ていてもわかるロボ向きなカズの数えかた。

 その発想が、本当に令和=ゼロワンの発想のあとに出てきたのか疑わしくなるほどに今日的だ。AIか。その『01』か。

 劇設定を改めて読む。
 まとめると。

「AIに仕事を奪われたお笑い芸人が、祖父の跡を継いでAIロボット開発会社の社長に就き、AIを暴走させて人類を滅ぼそうとするテロリスト集団と戦うために「ゼロワンドライバー」を装着して仮面ライダーに変身する」

 ゴングが鳴ったからコーナーに戻ろうとしたのに後頭部にエルボー喰らったくらいにガッツリきた。近未来でも生き残るだろうとささやかれている創作的な分野でさえ人工知能に仕事を奪われた人類の一員たる男が、人類よりも人工知能のほうがすぐれていると標榜するテロ組織に立ち向かう。

 ということは。

 人類を救う仮面ライダーではあるものの、直接的に救うのは病んだ人類の手によって暴走「させられた」本来は無害もしくは善良な人工知能ということ。

 AIに夢も仕事も奪われたゼロワンがAIを救う。

「人工知能だとか人間だとか関係ない! おれが芸人としての仕事を得られなかったのは、おれに才能も努力し続ける忍耐力もなかったからだ!」

 叫ぶ主人公が目に浮かぶ。

 むずかしいところに令和のしょっぱなから手を出したものだと思う。それは国立研究所の助けも借りるべき。だってもうすでに将棋や囲碁でトップ級選手がAIに負ける世紀。AIにはできない人間ならではの笑いを追求すべきだったのだと元お笑い芸人であるところの仮面ライダーゼロワンが叫ぶのを、子供たちが「努力って大事だよね」「夢をあきらめちゃいけないね」と観る……えぇ……だけど、加速度的に進化していくAI棋士に、人間ならではの一手を極めていつか勝ってやると夢見続ける人生は正しいのでしょうか石ノ森せんせぇー……

 そんなところに明確な答えはないだろうに、毎回、叫ぶことを考えなくてはいけない令和新ライダー。ツッコミどころがあったらツッコミますよ、私は。

 という側面は置いておいて。いち企業が怪人を倒して回るというのは、前述でも出てきた『仮面ライダーアマゾンズ』を彷彿とさせる。テロリストが関与しているとはいえ、ロボットを売っている企業のトップが暴走したロボを狩るという構図である。

 言いかたを変えなくても、隠蔽だ。
 バグったのにパッチを当てるどころかライダーキックで排除して、当社の製品がバグったですって? 現物はどこに?

 それを、社長が率先してやる。
 いち企業が主導しているにしても、仮面ライダーオーズとはまるで違う。

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『記念祭前夜の仮面ライダーオーズ』の話。

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 あしたのパンツがあればいい放浪者が、欲望のために怪人化した者どもを斬ってゆく。純粋に正義が動機の仮面ライダーが久しかったために、放送を観た私のテンションが上がっているが、いまちょうどテレ朝チャンネルで再放送をやっているので息子といっしょに観返しているけれど、二周目でも仮面ライダーの戦う動機がわかったようなわからないようなだ。正義とは主観なので、理由などいらないといえばそうだが、その点、ゼロワンときたら。

 うちの商品が暴走しとるからヒトを傷つける前に蹴っ飛ばす。

 観る前から納得の動機だ。正義かどうかは観てみないとわからないが、正義とは主観なので、なんだっていいっちゃなんでもいい。脚本が『仮面ライダーエグゼイド』のひとだというのも、興味深い。

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『仮面ライダーエグゼイド』の話。

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「最終目的は、人類すべてを救うスーパードクターになること。うん。平成ライダーのモチベーションって、ライダーになったのでやむなくとか、自分が生き返るためにとか、けっこう利己的な方向性なことが多いし。守るにしても、近所の町や、愛するだれか。そういう個人的なところではなく、職業人として患者を救うために変身し、果ては全人類を救うだなんて、今回の主人公はカッコいい。」

 と、私は書いたが、いざフタを開けてみれば一年間、ドクターだからみんなを救うんだというのは息切れしてきて、けっきょくのところ、泣きじゃくれるのは母と娘の記憶をもってせつないAIポッピーピポパポを巡るくだりになる。ヒトの精神をデジタルコピーしたものがヒトであるかどうかという命題が、ゼロワンに受け継がれていることは、国立研究所に監修を依頼するところからみても、わかっていて掘り下げようという気概が感じられて期待せずにはいられぬ。

 そういえば、ゼロワンの変身アイテムは、カセットテープ風の鍵なのだが、どう見てもエグゼイドの変身アイテムであるガシャットに類似している。脚本だけでなく、そのあたりの総合デザインもエグゼイドを継いでいるのかも。

 たとえば、変身フォーム。
 基本がライジングホッパーだそうだ。クウガのライジングフォームから来ているのだとしたら、カミナリバッタ。バイクにも期待が持てる、バッタ男仮面ライダーへの原点回帰。であると同時に、ライジングホッパーという変身アイテムがあって、それを変身ベルトに挿れると仮面ライダーゼロワンライジングホッパーに変身するということは。

 サイクロン&ジョーカー。
 タカ&トラ&バッタ。
 ラビット&タンク。

 というような、変身アイテムを二つ三つ組みあわせてベルトに挿れると、二つ三つ合わさった仮面ライダーになるという方式ではない。ゲームカセット型のガシャットを挿すと、そのガシャットに準じたライダーに変身できるエグゼイド方式。ひとつのゲームにひとつのガシャット。アクションゲームガシャットでアクションゲーマーに変身。これをゼロワンも継いでいる。

 単純に考えて、変身アイテムは多ければ多いほど玩具が売れるはずだ。現実に我が家でも、ボトルやウォッチは散乱しているが、ガシャットは一個しかない。収集要素がないと武器やソフビといった方向に子供の興味はいく。そんなことを仮面ライダー制作者たちがわかっていないはずはない。

 うーむとまた唸って、また改めて設定を読んでみると。容易に気づく。ゼロワンは、いわゆるマスクドライダーシステムだ。改造人間ではない。強化スーツを着た人間にすぎない。ゆえに、だれでも変身できる。ゼロワンの設定でいうと、社長が変身するのだから秘書も部下も変身するだろうし、ロボが暴れるのだから警察だとか機動隊だとか軍だとか、そのあたりの兵士たちも変身するだろう。当たり前だが、人類を滅ぼそうとするテロリストたちは間違いなく変身する。

 平成仮面ライダーシリーズのはじまりはあいまいだと最初に書いたが、設定においてのライン引きは明確だ。平成ライダー初代『仮面ライダークウガ』以降、仮面ライダーは改造人間ではない。

 そして準備期間を与えられて生まれた令和初代ライダーゼロワンは。

 クウガのような未確認生命体でさえない。完全にヒトだ。テロリストもヒトで、暴走したAIはヒトではないが、ヒトが造ったものだ。つまるところ、初期設定を眺めるかぎり、仮面ライダーゼロワンとは近未来を描いているものの、怪人も魔法もウルトラの星も出てこない、人間社会での物語で、その社会を一個の生命体と見れば、自作自演。考えてみれば、人間界の争いのすべてがヒト対ヒトなのだから、礼をもって和をなす時代の仮面ライダーは、必然的にヒトでなければならない。

 シャイニングホッパーなゼロワンスーツを装着した兄やが、これから現実に起こりうる人間界の問題にライダーキックをかます。それが令和のヒーローのありかたと、まずは定めてみたのだから変身アイテムではなく、たくさん出てくる仮面ライダーのソフビやフィギュアや……そう、ライダーが多いということは、変身アイテムではなく根本的に、変身ベルトが多い。売れるならそりゃ儲かりますわ……いっぱいライダー出てきた平成初期作『仮面ライダー龍騎』では、出てくるライダーたちがみんな同じベルトをしていた。さすがにみんな違ったら売れねえしそのまえに怒られるわ、という判断があったのだろう。だがしかし令和は違う!!

 狙っているところが減る一方の子供だけではない。昭和や平成では夢物語だったが、令和では出せば出すだけ出たものぜんぶ買うという仮面ライダーファン層が確実に存在する。クウガは親子二代で観られると売ったけれど、仮面ライダー五十年。三代や四代ということを超えて、世界文化。仮面ライダーを知らない人類がまだ存在するとすれば、そのヒトを未確認生命体と認定してもいいくらいに。

 世界的には、令和? なのかもですけれど、ジオウで平成がまとめられまくっていたので、ホウあの日の本の国にはそういう文化があるのだなあ、それでゼロワン。純粋にスッキリした造形になったよね。昭和や平成に回帰するっていうのでもなくて、ハリウッドのヒーローにも似ていない。なんてふうに見られることも、意識したのかも。

 シンプルな変身、多くの立ち位置。
 扱いにくいテーマを、監修まで入れて描こうという心意気。
 さあ!

 最近は例年言っている感があるのですが。
 あと始まってみないとわからないのは、ほとんど演技経歴が見つけられない主役俳優が仮面ライダーの伝統にのっとって化けるかどうかだ!

 ここだけは、ヒトが作るものだけに、どこまでいっても賭け。だから目が離せないというのも、平成ライダーシリーズから継いだもの。令和っぽく、もっと安心感与えてくれていいのに。今年もはじまってから確認したいこと多しなので、凝視します。


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「ヤシの木、ジャマっ」

もちろんな感想が、花火大会の終わりまで続く。
こっちはまさにそこで座って観ている。
場所取りせずに座れる場所は限られていて。
幼い息子は、やはり今年も、おのが小さな手で、おのが両耳を塞ぎ、地面を見て泣いている。

それならば私は、立って抱いて打ち上げ場所から離れるより、ヤシの木の下で座って、炸裂音をカラダに浴びたい。
となりの女性グループも、

「逆に風流やない?」

ヤシの木越しの花火を撮ることに夢中。
笑い声も絶えない。
ここはここで映えているし、沸いている。
なのに背後のテンションが。
舌打ちまじり。

「あれあそこヒト少なくね?」

と来てみたらヤシの木。
ぶつぶつ言いながら通過。
いや大会始まる前ならば、まだしもと思うが。
プログラムもなかばで人混みのなかを移動し続け、すいませんすいません、観えへんやんちくしょうめ。ちくしょうめちくしょうめと、なじり続けているキミたち。
なにがたのしくて、なにしに来たのか。
場所確保なら早く来て。
眺めたいなら下がればいい。
近づきたいならここ座りな。
ヤシの木あるけれども。
わあーと笑顔で言える。
優先順位の問題。

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 「相生ペーロン祭」は、播州に初夏の訪れを告げる五月最終週の祭。ペーロンは、中国の船「白龍(パイロン)」がなまったものと言われ、兵庫県相生市では大正時代に旧播磨造船所の従業員らが始めたとされる。そのレースの前夜祭としておこなわれる花火大会から観るため、いまは空き家になっている、かつての祖父母の自宅に泊まりに行くのが、毎年の習わしになっている。

 ふだん暮らす大阪の夏本番な花火大会では、優先順位がどうとかいう前に身動きが取れない混雑具合。それが、目の前の海で、身動き取れないほどという混雑でもないし、汗が噴き出るほど暑くもない五月の末、缶ビール片手に幼児も連れていると、もうむしろここでいいやと座ったのがヤシの木のこっち側。

 周囲もレース状態ならこっちも急ぐが、全体にまったりと時間が過ぎているから、妥協も選択に思えてくる。そしてまもなく花火大会も終盤です、というアナウンスがかかったあたりで、電車組は帰途につき始めるので、近所組である私は、後半はヤシの木なしでの花火大会を堪能したのでした。

 毎年、帰ってきて、こういう文章を書きながら、ああそういえば写真コンテストがあったのだったと思い出し、今年の応募要項を確認して、うなだれる。

 過度でないデジタルの編集は許容されるし、データでの応募も認められるが、今年も変更なかった、最終一文。

「相生商工会議所に提出」

 データもディスクに焼いて提出。つまり、ペーロン祭が終わって、家に帰って、山ほど撮った写真はあるからよさげなのを賞金総額三十万円を狙って応募しようかと思いたっても、それを実行するためにはもういちど相生の商店街へ行かねばならない。その商店街の脇、相生病院で生まれた私は地元も地元な地元っ子だが、かたくなに現地提出を求めるこの縛りは「町興しって町を出た者たちに故郷を発信させてこそ成るものではあるまいか」という想いが渦巻いてちょっと寂しい。まあ、ウェブ経由のデータ応募ありにしたら、有象無象のスマホ撮影画像が糞石混淆に送られてくるのは目に見えているので、外すに外せない一文なのかもしれませんが。

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2018年相生ペーロン祭写真コンテスト入賞作品 - 相生市ホームページ

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 なので、自分のサイトでよさげなのを一枚載っけてこの回は終わろうかと。ヤシの木で隠れた花火も個人的には好きだけれど、賞金に届くかというと疑問符がつく(事実、会場で「花火大会するのにこの木置いとく? 切ればいいのに」という声は毎年のように聞くし(あちこちにそういうぽつんと立っているヤシの木があるのだった)、相生市も出て行った私のようなのに触れられたくはないだろう)。

 ここは、これで。

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 タイトルは、無難に『勝負っ!』あたりがよろしいか。騎士竜戦隊リュウソウジャーのキャップかぶった三歳児が屋台で買ってもらった千円のホワイトドラゴンソード(ノーブランド中国製。LED発光とともに剣戟音が流れる逸品)のせいでテンションが上がり、パレードの強面武士に勝負を挑んだら買われてしまって腰が引けて半笑いな状況。

 モザイク入れて縮小なのが残念。

 見せたい写真はもっといっぱいある。故郷の名を売ることにもなると思うが。こういうカタチでしか貢献できないのは残念なところでありんす。賞金代わりのおひねり投げてくださるなら、下のバナーをクリックで、ちょっと今日の収益を上げてくれれば私は満たされます。
 どうぞよろしゅう。




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 『トクサツガガガ』では、そういう雑誌をこよなく愛する娘と、嫌う母親の対立が描かれているが、うちの息子は今月もしれっと買ってもらって、大歓喜。

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 ふつうの絵本も大量にあるが、そういうのだって本は本で、私だって幼いときにプロレスラー大百科を買ってもらって、見たこともない外国の怪奇派レスラーを、ただその本の一枚の写真だけを見つめ続けて育って、自分のお金でケーブルテレビなどと契約できるようになってから観始めたアメリカンプロレスに、どれほど心を救われたかわからない。本は、どんな本でも世界につながっていて、心を宇宙の果てにまで解き放つきっかけになる。という怪しい宗派(周波?)の一員だから、どんな本でも本棚に増えるのはうれしいという悦びを我が子にも与えたい。

 ところで今週は、ウルトラマンタイガの放送が開始。

 ウルトラマンタイガは、ウルトラマンタロウの息子。

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「えぇ!?」

 と、なった、あなたへ教えると、平成のあいだには、すでにセブンの息子も登場しているので、タロウの息子も、現代ウルトラマンの世界では、登場すべくして登場した二代目。

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 完全に、かつての私。
 本でしか見たことのないウルトラマンタロウという選手の、ジュニアのデビュー戦がリアルタイムでテレビ放送される。ああこのひとのおとうさんが、あの、動いているのを観たことはないがスゴいことはよく知っているツノの生えたあのひと……

 『仮面ライダー1号』という映画が気持ち悪いというファンの声はよく聞く。

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 私は好きなのだが。仮面ライダーという特撮作品の四十五周年記念として、初代の「なかのひと」が、ふたたび初代仮面ライダーを演じている。当時十歳だったとしても「なかのひと」は五十五歳の計算になる。そして仮面ライダー俳優が当時十歳だったわけはない。しかし、この映画で、その初代アクターは十代の小娘とイチャイチャする。

 そういう風情の扱いは難しいところだというのは、以前も書いた。

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『愛のそよ風』のこと。

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 だが、それが仮面ライダーだ。仮面ライダーは改造人間であり、根源的な意味で老いてはならない。演じているヒトが老いてしまうのは人間界の都合であって、仮面ライダーサーガを紡ぐ者たちは、老いたライダーなど描いてはならないのである。1号は永遠に1号で、不滅。そこの齟齬が、人間界視点だと気持ち悪いと感じるひとも出る。

 その一方、ウルトラマンというのは、宇宙人。ヒトに憑依しているという立ち位置なので、この場合「なかのひと」が変わろうとも問題がない。ウルトラマンという本体は、ウルトラマンサーガのなかでも、人間界でも、もれなく永遠に不滅。あと二百年経っても、ウルトラマンタロウは、昭和のウルトラマンタロウとイコールで結んでいい。

 そういうわけで、ウルトラセブンも、二十一世紀になって唐突にジュニアが登場したが、母親の存在は明かされていないし、誕生の経緯も不明のまま。改造人間ごときとはちがって、そもそもヒトとは違う種……というか超越した神のようなもの(一部の作品に「ウルトラ人」なる表現が出てくるのは時代の限界だったのだと流し観しよう)だから、便宜的にウルトラの父だの母だの言っているけれど、人間界の常識とは違って、性行為やウルトラ工授精といった行程は、ないのかもしれない。

 そこもまた、プロレス的だ。実子なのか、ストーリー上で創作されたジュニアなのかということは、プロレス好きにとってはどうでもいいことだったりする。

(余談になるけれど、アメリカのトッププロレスラーは多くがモデル兼業のビジュアル系女性レスラーやハリウッド女優などと結婚するため、ジュニアも大型化。実子がプロレスデビューして大成するというパターンは多い。それに比べて、具体名は出さないが、昭和の日本のトップレスラーというのは、アイドル好きが多い。ロリコンの国なので仕方ないにしても、屈強な世界に名だたる大型レスラーが美少女系アイドルと結ばれてしまうために、ジュニアが父親の身長を超えられないケースが多い。北斗の拳のラオウが自分の手のひらに収まる華奢な女に子を産まそうとしていた有名なシーンがあるが、日本のプロレスのしきたりだと、ウルトラマンやアメリカのようにストーリー上の息子を創作することは滅多にないため、自分よりも背の低いリアル実子をデビューさせ親子でタッグなど組んで、けっきょく息子のひょろっひょろぶりに客が失笑するという興行が少なからずある。残念なことだと嘆くほうに私は寄るものの、かつての美少女が涙目で小柄な息子のデビュー戦を見つめたりするのが浪花節だよとウケる日本の風土もあって。アメリカンプロレスのチャンピオンに日本人が就く時代になっても、本邦国内ではガラパゴスな進化が続いている)

 だから気持ちはわかる。息子にとって、その雑誌の付録であるウルトラマンタイガのお面は、私にミステリオのマスクをあたえるようなものだ。

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 夜店の屋台でウルトラマンのお面を買えば軽く千円を超えるのに、千円を切る雑誌にマスクだ武器だとあれこれついてくる。

 しかしまあ、そういうことだと、質が落ちるのはやむを得ない。得ないにしても今月号。水鉄砲を付録につけて、的が厚紙。待て待ってと息子を止めた。

「それ撃ったら一発でシオシオのパー」

 シオシオのパーはブースカの口癖である。

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 息子には伝わる。やるせないという意味である。でもそれでは困る。

 というわけで、ラミネートした。

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 ログから私が勝手に推計したところ、世界三十一カ国で子供部屋の床に展開されている『吉秒匠 / とかげの月』謹製ミニカー用道路。あの回で使用した、本田翼も恋に落ちる便利マシンを使用。

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『ミニカーのための道路を印刷する』の話。

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 プラッティックコーティングなので、水鉄砲の的にしたって繰り返し使用可能。

 で、お、と思う。
 着けて暴れて、すっかりツノの折れたウルトラマンタイガのお面。メキシコでは観戦用のマスクが売っていたりするけれど、そんなぺらっぺら生地よりももっとアレなのだから仕方ない。なにせ紙である。夏の男児が紙のマスクを着けて五分も暴れれば、全体が汗でしんなりする。あれもラミっちゃえばよくね。

 ただ、私の所有ラミネーター、A4サイズ。ツノが邪魔だわあ。ということで、いったん分解してラミネートフィルムに挟む。

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 ラミったツノの差し込み部分は大きめにカットして、差し戻したらセロテープで貼る。ぜったい取れない(写真はカット箇所が判別しやすいようにコントラストを上げてあります)。

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 さて、本題。
 この作業の注意点。

 私の安直な予想では、ウルトラマンタイガの瞳に開けられたのぞき穴は、プラッティック製の透明なカッコいい様子にできあがるはずだった。

 しかして、実際。

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 ……白内障っぽい。のぞいてみたが、なにも見えない。いや、ぼんやりと見えなくはないが。思いがけずそういう心持ちを疑似体験してしまう……薬屋をやっているのですが、白内障に効く目薬を売っていないかという客はけっこう来る。これこそ私の在る意味と、いますぐ病院へ行けと説得する日々。その白濁した瞳で車運転してきたんじゃないだろうな。できてしまう程度には見えるから逃げてしまうのだろうな。

 病院で処方される白内障用の目薬にしても、進行を遅らせるだけであって、白濁が透明に戻るわけではない。わかっているけれど、私もアイロンとか半田ゴテで透明にできないか熱を加えてみた。できなかった。むしろより曇った。

 結論。ラミネートすれば付録のお面は頑丈になる。ただ、のぞき窓の曇ったレンズは、手術で取りのぞくしかない。カッターナイフでやりました。数が多いので面倒くさかった。事前に、瞳の部分はラミネートフィルムを大きく切り抜いておけばよかったかもしれない。

 8mmの皮ポンチがあれば作業が早かったが、うちにはなかった。

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 タイガスパークをラミったのは、マジックテープも使って脱着を容易に仕上げたところ「なにこれ本物のおもちゃみたーい」と好評でした。

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 あっそう。本物のおもちゃではないと理解しながら一応はしゃいでいるのキミ。本物がほしいと駄々をこねないで手に入れたモノで充分に歓喜する。大人になったなあ……と思うと同時に、なぜかうっすら透明に視界の曇った初夏の午後。

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